第二章 招集

17 動き出す者達①

 ディスガイア北部に位置する町アムロ。この町にはジン少佐率いる大隊が暮らしている。その大半が営舎にて寮生活を送る。クラウン達も例外ではない。


 アムロはいわばクラウン達の駐屯地である。この町には営舎だけでなく、店も公共交通機関も大抵のものが揃う。しかしここに住む民間人はそう多くなく、ほとんどが軍の関係者である。クラウンとカイルはそんなアムロの町にある公園にいた。

 中央にある噴水。噴水を囲うように設けられたいくつかのベンチ。クラウンとカイルはそれらを遠目で眺めながら、木陰で会話をしていた。


「ずっと疑問だったことがある」

「なんだ?」

「他の王位継承者は狙われてない。狙われてるのはお前だけだ」


 できる限り他人に聞かれたくない会話。寮では他の同居者が、施設では他の利用者が邪魔となる。けれどもこの公園であれば、噴水の音が会話を打ち消すため他人の耳に入りにくい。


「何が言いたい?」

「お前だけが、第四王子にとって都合の悪い存在ということになる。そんなこと、あるか? 城にいた時、クラウンは何をしたんだ?」

「そうだな。わざわざ孤児院まで見つけて襲いに来るくらいだものな。おかしくも思うはずだ」


 クラウンがディスガイアの第一王子であることはほとんど知られていない。欠けている両足と関係者の口の堅さのおかげとも言える。同じ寮部屋で暮らすグラス兄弟でさえその正体を知らない。

 現在の王位継承者は四人。そのうち第一王子は留学中とされており、幼い頃の顔しか知られていない。クラウンの弟である第四王子は今や魔法学校の生徒である。


「僕は第四王子の秘密を知っていてな。王妃だけがそのことを知っている。第四王子の秘密を暴露されては困るというわけだ」

「なぜ困る?」

「……王位継承に関わる秘密だからな。しかも僕はその確かな証拠を持っている。だから、僕だけが狙われるんだ。王妃は、第四王子を王にしたいのだから、邪魔者を消したいのもわかるだろう?」


 なんてことのない日常会話かのようにサラリと告げられるは重大な秘密。秘密の詳細を語らないのは偶然か必然か。クラウンの秘め事を聞いてもカイルは眉一つ動かさない。


「なるほどな。だからお前は――」

「その先は言うなよ?」

「わかってる。俺の役割は、守り通すことだ」


 カイルの手が右目を覆う黒い眼帯に触れた。眼帯を指先で軽く叩けば、義眼がコツンと音を立てる。その音にクラウンが小さく頷くことで応じる。二人にしか通じない何かの合図らしい。


「できることなら一度、忘れ物を取りに戻りたい。まあ、叶わぬ願いだがな」


 カイルの左腕が不自然に動く。けれども上手く動かせたのは肘関節までで、手首や指先を思い通りに動かすことは叶わない。宙を舞う落ち葉を拾おうと伸ばした義手は、空を掴む動作すらまともに出来なかった。

 幸いにもカイルの戦闘用義手は普通の義手とそう変わらない見た目である。ただ、素材が木や陶器ではなく鈍色の金属というだけのこと。

 この義手のメインと言える武器はうまいこと金属板の下に隠し、戦闘時に肘から出して使用している。それは、まだ肘から先がうまく扱えないから。肘から先も自在に操れたなら、剣は上腕ではなく前腕に仕込んでいた。


「なぜ今、このタイミングで戦闘用義手に変えた?」

「は?」

「戦闘用義肢は神経と義肢を繋ぐことで本物の四肢と変わらぬ動きをするもの。痛みさえ克服出来ればいつでも変えられた。魔力可動式義肢とも言い、金さえあればいつでも誰でもつけられる。そして僕達英雄候補はその費用も免除される。どうしてなんだ?」


 カイルが義手を変えたのは最近の話。それまでは、わざわざハーネスを使いワイヤーを操ることで動かしていた。しかも、元々の義手もワイヤーを使わずとも動かすことが可能だったという。

 軍人の中にはカイルと同じ戦闘用義肢を付ける者も一定数いる。わざわざ普通の義手と偽る必要はない。カイルは何の為に戦闘用義手であることを隠そうとしたのだろうか。


「人相手なら、義手と悟られない方が隙を突ける。が、被験体が相手となれば話は別だ」

「なぜ被験体が絡む?」

「元々、もう一度狙われたら変える気でいた。魔法学校と英雄専門学校に在籍していた八年は襲われなかった」

「いや、最初から変えろよ。戦闘用を付けるための施術までしたなら、最初から戦闘用義手にすべきだろ?」


 戦闘用義手は通常の義手と少し異なり、施術を行う必要がある。施術によって戦闘用義手の適応か否かを判断するのだ。しかしこの施術には激痛が伴い、それを理由に戦闘用義肢を嫌がる者も多い。

 だがカイルはその激痛を乗り越えた。魔法学校入学前には施術を行い、わざわざ性能を落とした普通の義手に仕込みを用意した。当時から戦闘用義手にしていれば今頃自由自在に左手を動かすことができただろう。


「言い方を変えよう。お前が戦闘用義手それにしたのは、レルベアでフェルメールの被験体が見つかってからだ。……なあ、カイル。お前は何をどこまで知っているんだ?」


 青い瞳が放つ鋭い眼光はカイルの左目を的確に射抜く。


「知らねぇよ、何も。被験体がこんなにいるとも思わなったし。だから、レルベアで被験体を見た時はやばいって思った」

「被験体を見るのは初めてではないんだろう?」

「数、もっと少ないと思ってた。義手だって、例の奴と対峙したときに『まだ左腕は動かない』って思わせるための物だったし。他の被験体と戦うことは考えてすらいなかった」


 カイルがフェルメールを離れたのはクラウンと出会う前。逃げ出してから少なくても十二年の月日が流れている。当然、フェルメールにおける被験体の置かれた状況も変わっているはずだ。知らないのも無理はない。

 けれどもクラウンは違和感を覚える。カイルの話が正しければ十年前、フェルメールの被験体がクラウンを狙って養護院を襲撃した。過去の襲撃から今回の襲撃までの間に十年の月日が流れている。


「十年も空ける必要、あるか?」

「十年?」

「いや、なんでもない。妙に思っただけだ」

「……何かが起きてるのは間違いないだろうな。第四王子と王妃を巻き込んだ形で何かをやろうとして、焦って争いを激化した、とか?」

「焦る理由は? 第四王子と王妃を使って何をしようとしたんだ? 全くわけがわからない」

「クラウンにわからないことが俺にわかると思うか?」

「思わん。どちらにせよ、もう少し情報が集まらないと仮説の一つも立てられん。少しでも前線に行けるよう精進するしかない」


 アムロを拠点にするクラウン達は、主にディスガイア国北部の戦闘に配属される。戦いで活躍すればするほど昇進に近付き、クラウンの夢へも近付く。フェルメールとの争いに関する最新の情報を得るには、前線で戦い続けて存在感を主張するしかない。

 やることは至ってシンプルだ。車椅子や隻眼といったハンディキャップを乗り越えて成果を出す。これまでと変わらない。これまではただ漠然と戦っていた。それが、目的がはっきりしただけのこと。


を取りに行く方法が一つだけあった」

「何だ?」

「直近の定期報告。毎回補佐として一組のデュオが同行する。間違いなく、今回の件は報告に入るだろう」

「選ばれれば城に入れるわけだ」

「幸い、こちらにはお前という切り札がある。現時点で被験体に一番詳しいのはお前だ。僕達が補佐に選ばれる可能性は高い」

「本気か?」

「今が絶好のチャンスだろう? 定期報告の補佐を狙うぞ。あとは神頼みだ。というわけで任せたぞ」

「それ、頼みじゃなくて頼みじゃねぇか」

「似たようなもんだろ」

「いや、違うだろ」


 本題は口にしていないというのに、二人の間では確かに会話が成立している。今後の方針が決まると二人は固い握手を交わす。空がオレンジ色に染まり始め、夜に向けてその色彩を変えようとしている時のことだった。

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