16 交錯する思惑③
住民を隣町に避難させたアノーロ。今、この町には二種類の軍人がいる。元々アノーロに所属していた、憲兵が大半を占める中隊と、レルベアから五日かけて移動してきたジン少佐率いる大隊の二つ。町に走る車道の上には移動式家屋パオが並んでいる。
ミントはその中の一つに、一人で呼び出されていた。ミントを呼んだ張本人は今、つるりと禿げた頭を擦りながら苦笑いをしている。赤い三白眼が緩やかな曲線を描きながらミントの姿を捉えた。
通常、赤い瞳又は青い瞳を持つものはデュオで行動する。上官が呼び出す時も二人組が基本であり、例外はない。それなのにミントは今、相方抜きで呼び出されている。これに違和感を覚えない軍人はまずいないだろう。
「君は英雄専門学校の座学で学年トップの成績だったな?」
「……はい」
「特に戦略関連の授業でその才能が素晴らしいと聞いている」
「ありがとうございます」
「そこで、君に聞きたいことがあってだな」
ミントの上官にあたるジン少佐はそう切り出すと卓上に一枚の紙を置いた。それはディスガイア全土を記した地図。
地図には赤い丸で囲まれている地名、青い丸で囲まれている地名、何の印もない地名の三種類が描かれている。印のある地名には、数字も書かれている。その地図を目にした途端、ミントの喉がヒュッと音を立てた。
「襲撃地、ですか?」
「その通りだ。印の意味をどう捉える?」
「赤は他国からの襲撃のうち、フェルメール人が確認された場所。青は他国からの襲撃のうちフェルメール人が確認できなかった場所」
「では、赤と青が重なっている場所は?」
「フェルメール人が確認できなかったものの、例の入れ墨を持つ異国人あるいはディスガイア人が確認された場所、ですか?」
「さすが。噂通りだ」
その入れ墨は、今アノーロで交戦している者達の額にも刻まれている。今回の敵は入れ墨の上に横線が加えられているが、系統は同じと考えられていた。ミントの視線は地図の内容を把握するとジン少佐の赤い瞳を捉える。
「失礼ながら、こちらの地図に印を書き加えても良いでしょうか?」
「もちろんだ」
手渡されたのは緑の鉛筆。白い指が握りしめた緑鉛筆はいくつかの地名に五芒星を付けていく。だが一見しただけではそこに!共通点を見いだせない。ジン少佐も思わず首を傾げる。全てに印を付け終えると、ミントは再びジン少佐と目を合わせた。
「……608年以降の襲撃に印をつけました。608年を堺に襲撃が増えているように思えます。特に616年以降の増え方が異常です」
「608年で区切った理由は?」
「フェルメールからの襲撃はそれまで608年まで全くと言っていいほどありません。フェルメールからの客人が城に滞在した例もあります。フェルメール、赤い印の始まりは608年です」
淡々としたアルトの声がパオの中に響く。ジン少佐は口を半開きにしながら地図を三度確認した。言われてみれば確かに、赤い印のところに書かれている数字に608より前はない。
青い印は608より前も、608より後も一定数ある一年間に起きた争いの数としてはそこまで変化ない。だが赤い印は608年最初の争いを皮切りに爆発的に増えている。今ではその総数は青い印より赤い印の方が多い。
「608年というと……」
「私やクラウンが魔法学校に入学する年です。この年に、クラウンとカイルの暮らしていた養護院が何者かに襲撃されました」
「――ユベラ養護院襲撃事件か!」
「608年は、ユベラ養護院襲撃事件以外に大きな事件は起きていません。犯人を目撃して生きているのはカイルだけで、カイルは犯人について黙秘しています」
「……君はいくつの未解決事件を把握している?」
「全てです。国王が即位された593年以降の事件、襲撃は全て記憶しています」
「約25年分の記録を全て覚えたのか!」
軍部には事件や襲撃が記録されている。その内訳他国からの襲撃から民間人の小さな争いに至るまで多種多様。それらを25年分全て把握するのは容易ではない。
「ミント。その頭脳を特殊部隊で活かす気はないか?」
「特殊部隊、ですか?」
「そうだ。戦場に出るのではなく、そこから得られた情報を処理し、次に役立てるんだ」
「失礼ながら、特殊部隊の名前は初めて聞きました」
「新しく創設するから、知らなくて当然だ。フェルメールの件といい、カイルのことといい、今回の襲撃の裏に何かありそうな気がしてな。新規の少数部隊を設立することにしたんだ」
「他の隊員は決まっているのですか?」
「クラウン、カイルは確定だ。返事次第では君の相方ライムも確定と言えるかな。総数は十名以下、英雄候補でかつクラウンとカイルのことを認めている者を集めようと考えている。君にはその特殊部隊で情報処理を担当し、得られた情報を私に報告してほしい」
ジン少佐の申し出はミントからすれば随分前に諦めた内容であった。戦闘向きの魔法を扱えるのは赤い瞳と青い瞳を持つ者だけ。彼らは英雄候補と呼ばれ、その人数も限られることから最前線にいることを強要されてきた。
地位が上がったところで戦場で戦うことに変わりはない。ジン少佐も有事の際には最前線に赴いて自軍の援護を行う。英雄候補が戦場を離れるには死ぬか戦闘不能な体になるしかないとされていたのだ。
「私の返事は――」
ミントの返事は外から聞こえる大歓声にかき消され、ジン少佐の耳にしか入らなかった。
アノーロ全域に散らばったとされる、赤と青二種類の瞳を持つ敵達。彼らとの戦いはいよいよ終わりを迎えようとしていた。
元々は数、魔法無しでの戦闘能力共に優勢だったのは敵側。それなのにたった一人の声を機に大きく戦況が動いた。魔法を使い始めただけで劣勢を優勢に変えてしまったのである。
「カイル、他に留意点は? そもそもこの前の奴といい、入れ墨はなんなんだ?」
「優れた身体能力、回復力。横線がない奴はそこに固有能力がプラスされる」
「固有能力?」
「俺なら、痛覚麻痺だ」
「変な魔法使うとか?」
「それはない。感覚の一部が特化したり、麻痺したり、そんなのばっかだ」
クラウンは話しながらも敵に銃弾を放ち、隙を見ては装填と銃の持ち替えを行っている。カイルはクラウンと車椅子越しに背中合わせとなり、左手義手に仕込み剣を構えつつ右手でペンを握っている。
けれども二人がしている仕事は交戦とは少し違った。クラウンは襲ってくる敵を銃で牽制。カイルは死体を調べて何かを記録している。その鋭い赤い瞳が大きく見開かれたかと思うと、カイルは唐突に立ち上がった。
視線の先にいるのはクラウンとカイルを狙う一人の敵。赤い瞳と青い瞳を一つずつ持つオッドアイのそれは、丸腰のまま向かってきた。クラウンの放った銃弾がその右肩を抉る。敵の動きが止まった一瞬の隙を突いてカイルが一気に間合いを詰めていく。
カイルの左腕が敵の首の後ろに、右腕が敵の腋の下に回され、首の後ろで両手を組んだ。その勢いで敵の体を押し倒す。さらに両足首を敵の足首に絡ませ、足の下で組んだ。赤い瞳がクラウンを見つめる。
「僕は歩けなくはない。が、短距離しか無理だし、かなり痛いんだぞ?」
「すまない」
「……よかったな。僕が短距離なら歩けるタイプの人間で」
カイルの言いたいことを察したのだろう。クラウンの体が車椅子から離れた。腕の力を利用して座椅子から飛び降りる形となり、着地の際には顔を歪める。けれど行動することは辞めない。
通常より小さな歩幅で、頼りない足取りで敵の元へと近寄る。じゃがいもの様な足で短い距離を歩き、手錠と猿轡を仕掛ける。作業が終わったことを確認するとカイルが拘束を解除し、クラウンの体を持ち上げた。
「拠点に帰るぞ。また尋問を頼まなければ」
「何か手がかりを掴んだのか?」
「少し近付いた。けど、わからん」
「何がだ?」
「レルベアといいアノーロといい、フェルメールの被験体が投入されている。被験体を使用するなんて、十年前の事件を除いて今までなかった動きだ。なぜ今になって投入した?」
車椅子の座椅子に戻されたクラウンはカイルの言葉に相槌を打つことしか出来なかった。
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