14 交錯する思惑①
その工房はユベラの街に存在した。街中にありふれた民家と同じえんじ色の屋根、窓のついたクリーム色の壁。煤けた煙突が空に向かって伸びている。工房の主はテーブルに向かい手紙を読んでいた。
ウェーブがかった茶髪は胸元にかかる程の長さ。漆黒の瞳は彼女が英雄にはなれないことを示している。頭に巻いた赤いバンダナには黒い糸で「セージ」の名が刺繍されている。
「カイルとクラウンが来るから渡してくれ、ねぇ。手紙の一つや二つ、自分で送ればいいのに。まあ、そこがあの子らしいんだけど」
作業台には書きかけの図面が三枚用意してあった。どの図面も何度も描いては消しを繰り返し、走り書きでメモを残し、そのメモにさらに書き込みがされている。とても一日二日で出来るものではない。
図面のすぐ近くには一枚の写真が飾られている。髪の長さと目の色こそ違うが、彼女――セージがそう年の変わらない女性と映っている写真だ。淡い青の瞳に紺色の軍服を着たその女性はカメラを思い切り睨みつけていた。
「平和になればまた、一緒に暮らせるのかな」
セージが小さく呟くと同時に聞こえるドアベルの甲高い音。タイヤが床を走る音と壊れた義手の部品が鞄の中でぶつかる音が不気味な和音を奏でる。今まさに思い浮かべていた客人がやってきたらしい。作業台の上に立てていた写真に目をやる。
セージが写真を伏せるや否や彼女の前に見慣れた二つのシルエットが姿を現した。六輪車椅子に腰掛けた金髪の軍人と、左腕のほとんどを失った黒髪の軍人。赤い瞳と漆黒の瞳が宙で交わる。
軍服の左袖が体の動きに合わせてゆらゆらとはためく。右目こそ黒い眼帯に隠されているが、その顔は間違いなく顧客の一人のもの。セージが声をかけるより早く、黒髪の軍人がリュックの中身を床に並べていく。
それは壊れた義手だった。前腕は仕込み剣をしまえない状態のまま破損。上腕部分も前腕部分も隙間には砂埃が入り込み、義手表面にも細かな傷が付いている。上腕と前腕の接続部分には小型ナイフが突き刺さっていた。
「ねぇ、カイル。これはどういうことかしら?」
「壊れた」
「そんなの見ればわかるわよ。私が聞いてるのは、どうしたらこんな壊れ方するのかってこと」
「戦場だからな。何が起こるかはわからん」
「全くもう」
「そして、戦闘用義手を付けることにした。制作してほしい。今までのワイヤーを使うタイプは休日だけにする」
この義手の持ち主は右目に眼帯をした黒髪の軍人、カイル。セージの目の前に並べられたのは戦地レルベアにて負傷した義手である。床の上に広げられている義手のパーツを一通り確認すると、セージはため息を一つ吐き出した。
「急な上に大変申し訳ないが……」
「クラウンも何かあるの?」
「車椅子のメンテナンスをお願いしたい。そして、僕のもカイルのも可能な限り完成を急いでほしいんだ。頼めるか?」
「仕事?」
「ああ、今朝連絡が来たんだ。修理が終わり次第アノーロへ向かうことになった。やはり一週間は――」
「三日よ。三日だけ時間を頂戴するわ。私を誰だと思ってるの?」
人差し指、中指、薬指の三本を立てた右手がクラウンの眼前に突きつけられる。得意げに微笑むその顔は整備士の顔。卓上に置かれたままの図面が、三日で成し遂げることが可能かを物語っている。
セージは依頼内容が決まるとまず、カイルの上衣を脱がせて左腕を露わにした。上腕が半分も欠けたカイルの左腕。その先端はただの肌色ではなく鈍色の金属に覆われており、部品がついている。カイルが困ったように小さく笑う。
「そもそもここまで施術しておいてハーネスとワイヤーで動かすって方が無謀なのよ。金属は重いんだから」
「うるさい」
「この義手はね、ワイヤーなんて使わなくても動かせるの。それを、見た目を騙すためだけにワイヤーで動かす仕様にして、結果性能を落とすことになって」
「うるさい」
「最初からこうしてればよかったのよ。そしたら、ナイフが刺さったってこんなに壊れることなかったわ。見た目を気にするから
「わかったっての! 悪かった。痛いのは全然いいんだ、どうせ痛みはわからねえし。けど、普通の義手でありたかった」
「馬鹿ね。大馬鹿よ。バカバカバカ」
「今回からは戦闘用のにする。見た目にはもうこだわらねぇ。だから、頼む!」
通常の義手であれば素材をあえて重い金属にする必要はないし、腕の先端を金属で覆う必要もない。一般的な義手はワイヤーを使って動かす木製の物。ワイヤーが無くても動かせるという義手は通常の物に比べ高価で、リハビリには激痛が伴う。
セージの言う通りなのだろう。カイルは彼女の小言を全て反論することなく受け止めた。受け止めた上で、捨てられた子犬のような目で漆黒の瞳を見つめるのだ。カイルより小さな手が黒髪を優しく撫でる。
「仕事だからね。やってあげるわよ。代わりに一つ、お願いがあるの。私に三日も徹夜させるつもりなんだもの。お願いの一つや二つ、聞いてくれるわよね?」
「何かあったのか? 手伝えることなら何でもする」
「……これ。二人に渡すようにって頼まれたの」
作業台の上に乱雑に置かれた封筒と便箋。クラウンとカイルが来るまで読んでいたそれを手に取ると、頼まれた方の便箋をクラウンに托す。便箋には見覚えのある丸っこい文字が並んでいる。
「ミントからか」
「あの子、元気にしてる?」
「僕達を
ミントは先日パオでクラウンと対等に言い合った女性軍人である。近付かなけれ色の区別がつかないほど薄い青色の瞳を持つ頼りない彼女の地位はまだ少尉。英雄専門学校を卒業した時から変わらない。
「それならよかった。ほら、あの子は望んで軍人になったわけじゃないから。きっと今日も、ここに帰る理由を探してる。大怪我をすれば帰れると思ってる」
「だから『異動したい』か。……アノーロの状況が詳しく書いてある。僕達がアノーロに召集されることを察した上での手紙だな。ありがたく読ませていただく」
ミントから渡された手紙に素早く目を通すと、クラウンはそっと視線を落とした。手紙が盗み見られないよう、急いで降りたんで内ポケットへとしまう。なんとなく、今はセージに見られたくなかった。
「で、お願いなんだけどね……まずクラウン。クラウンには、ミントを見ててほしい。たった一人の肉親だから心配なの」
「ミントはセージの妹だったな。了解した」
「カイルには……月に一度メンテナンスに来てほしい。で、カイルの戦闘スタイルに合わせて改良していきたいの、義手を」
「メンテナンスの頻度を増やすくらい構わん」
「じゃあ、採寸しよっか」
頼み事を告げるや否や、セージの手が巻尺を構える。義肢は体に合わせたものでなければならない。カイルとクラウンの手足の長さを測定しては図面に書き込んでいく。
「戦闘用義手だけど、仕込むのは剣でいいんだよね?」
「ああ」
「指、動かせるようにするから。仕込み剣も自由に出し入れ出来るようにする。そうすれば義手は一つでいいし、日常生活も困らないでしょ?」
「可能なのか?」
「今なら、ね。技術は常に進化するの。でも基本的な使い方は変わらないわよ。指先をうまく動かせるかはカイル次第かな。もう十年以上も指先を動かさないで生きてきたわけだから、リハビリは大変よ?」
「それでもいい。強くなれるならそれで」
「よし、それならカイルだけは二日後に一度来て。微調整するから」
新たな義手を装着することに迷いはない。力を求めた赤い瞳の軍人はセージの申し出に力強く頷く。右手で作った拳に無意識のうちに力が入った。
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