13 義手に込められた想い③

 時を遡り今より十年前。太陽光はこれでもかと地上を照らしている。薄い生地を選んでも、袖を短くしても、体を伝う汗は消えてくれない。悲劇が起きたのはそんな暑い日のことだった。


 養護院として教会に併設された児童養護施設。その一階に彼はいた。辺りには濃い血の匂いが漂い、廊下には見知った顔の子供や修道士が赤い水溜りの中に倒れている。

 襲撃の犯人はディスガイア人にはない細長く尖った耳をしていた。その首にはフェルメール語で刻まれた奇妙な刻印がある。数字と文字が混在したその文字列は彼の体にも刻まれていた。


 細長く尖った耳、炎のように赤い髪と瞳。彫りの深い整った顔立ち。その手に握られた鎌の刃は赤く染まっている。身長も体格も、幼い彼――カイルには到底勝ち目がない。

 カイルの手に武器はない。彼に出来たのは、誰かを探して鎌を振るう敵の前に何度も立つことだけだった。振るわれた鎌の切っ先を紙一重でかわし、その度に浅い切り傷から血を流しながらも再び敵の前に立ちはだかる。それを繰り返すことしかできないのだ。


「ちょこまかと邪魔だなぁ、君」

「誰を探してるんだ、あんた」

「ああ、ウザいなぁ」


 カイルの命を断つべく大振りされた鎌。けれどその切っ先はカイルの芯を捉えられず、眼帯の紐を断つのみ。右目を隠していた眼帯がはらりと宙を舞う。眼帯の下に隠された刻印に、敵はハッと息を呑んだ。

 右目の下、隈に沿う形で刻まれるはフェルメール語の入れ墨。それは犯人の首に刻まれたものと同じ入れ墨だ。放った攻撃はどれも紙一重でかわすカイル。他の子供達と修道士には通じた攻撃がカイルには効かない。


「そうか、君も同類か」

「違う」

「いや、元は同じだね。そりゃ、かわせるわけだ」


 犯人は鎌を捨てた。いや、床に下ろした鎌を蹴り、カイルの足元へと届ける。何か考えがあるようだ。カイルは托された鎌を手に取り、構える。


「丸腰はフェアじゃない。どうせなら、楽しくやろうぜ?」

「は?」

「探してるのは、第一王子だ。ここにいるのはわかってる。隠しても無駄。突き止めるのに二年もかかっちゃったよねぇ」

「だから、なんだ?」

「かすり傷一つでいい。僕に傷をつけることができたら、第一王子は助けてやるよ。その前に気絶したら君の負け」

「……その賭け、乗った」


 カイルは深く考えることなくその賭けを引き受ける。犯人は懐からナイフを取り出すを人差し指と中指の間に加えこんだ。院長の黒い瞳がその異様な光景を扉の前から淡々と見つめている。





 後に現場に駆けつけた憲兵は証言した。


 生き残った児童と修道士が集められた院長室。院長がその扉を守りながら息絶えていた。廊下には複数名の児童、修道士が倒れていたが、その中で生きていたのは院長のすぐ隣にいた子供だけだった――。


「賭けには勝ったんだぜ? ボロボロにはなったけど、鎌であいつに傷をつけた」

「では何が起きた?」


 青い瞳はカイルをまっすぐに見つめている。その瞳から顔をそむけ、そっとした唇を噛んだ。唇から滲む血を舐めとれば錆びた鉄の味がする。


「俺が勝てば第一王子は助ける。その代わりに院長を殺す。俺が負けたら第一王子を殺して終わり」

「は?」

第一王子クラウンを助けることしか考えてなくて、その代償を確認しなかった。院長は俺が殺したようなもんだ」

「言われなかったんだろう?」

「お前を助けることしか言われてない。よく考えたら、あれだけ殺しておいてただで帰るはずがないんだ」


 十年の時を経て明かされる、あの日院長室の外側で起きていた出来事。カイルの言ってることが確かなら敵は十年前の時点でクラウンのみを狙って行動していたことになる。そしてどういうわけか敵はカイルと同じ、フェルメールの被験体を味方につけている。


「後悔はしてない。院長も大切だがそれ以上に、第一王子クラウンを守ることの方が大切だったから」

「待て、カイル。少し考えさせろ」


 先程のカイルの発言とその口から紡がれた十年前の話。その二つを前提にこれまでの出来事を振り返ってみる。フェルメールの被験体、狙われた養護院、フェルメールとの争いが激化している現状。

 数分ばかり考えるとクラウンは一つの可能性を見出した。それはいくつもの事象が導き出す、信じたくない可能性。しかしそうでなければすべての出来事を説明できない。


「城に裏切り者がいて、フェルメールと手を組んでる、か」

「ああ」

「僕を狙うからには母上と第四王子が絡んでいる。十年前からということは第四王子はただ踊らされているだけだろう。当時、あいつはまだまともな会話も出来なかった」

「ああ」

「となれば狙いは、第四王子にある。事が終わり次第フェルメールと和睦するつもりか。その功績を元に力を示すつもりだな」


 急回転するクラウンの頭脳。カイルはその内容に淡々と相槌を打つばかり。否定しないことが、クラウンの考えが正解であることを示している。ただでさえ白いクラウンの顔が一層青白くなった。


「だから俺はお前の剣になることを選んだ。そのために使えない左手を捨てて義手にした」

「どうしてそこまでして僕に関わる! 城にいさせてもらえなかった出来損ないだぞ? 名を上げたところではたして選ばれるかどうか――」

「あの日、お前が望んだから」

「は?」

「『僕には夢がある。名を上げてもう一度へ戻ることだ。そのためには……両足がなくたって強いことを証明しなきゃならない』。そう、お前が望んだから」


 それは初めて二人が話した時、クラウンが告げた言葉。十二年前の言葉を一語一句違えずに述べたカイルに、青い瞳が大きく見開かれる。


「お前には頭脳がある、魔力がある。素質は他の王子に負けない。そう、陛下もおっしゃっていた。だから確実に生き残らせる道を選んだ、と」

「その話は聞いていないぞ?」

「聞かれなかったからな。お前が国王になること、陛下は諦めていない。両足が欠けているからなんだ。俺がお前の足になればいい。こんなのハンデにすらならないって証明すればいい。お前がそう教えてくれただろう?」


 クラウンの瞳の青は濃く鮮やかだ。カイルの瞳の赤も同じ。その瞳の色は魔法の発動に欠かせない魔力の強さを示している。強大な魔力は強者を好むこの国、ディスガイアにおいて所有するだけで価値があるのだ。


「もう気付いてるだろう?」

「なにがだ?」

「俺の言いたいことにさといお前なら気付いているはずだ」


 濃く鮮やかな赤が青い瞳を見下ろしている。上腕が半分ほどしか残っていない左肩を右手で抱えながら、クラウンの答えを待っている。右目を覆う眼帯が答えろと訴えている。


「フェルメールとの争いを終わらせるのが城に戻る近道、か?」

「そんなところだ。……まだ、王冠クラウンを諦めてはいないだろう?」

「当然だ」

「その答えが聞けて安心した」

「は?」


 建物内から足音が近付いてくる。司祭が戻ってきたのだ。クラウンの指が車椅子の肘掛けを短い間隔で何度も叩く。カイルが大きく息を吸った。


「せっかくの機会だ。義手を変えようと思ってな」

「変える?」

「攻撃に特化した物にしようと思う。日常生活は右手だけで頑張る」

「どうした、急に。今の義手でも支障はないだろう?」

「俺はお前に救われた。恩を返すために、お前に王冠クラウンを授けるために。中途半端な義手は邪魔だ」

「邪魔って……」

「義手を剣にする。ハーネスを使うのは不便だ。良くても休日のみ使用。けど、変えるならお前の答えを聞いてからだと思った」


 義手は制作が難しい代物だ。その形が一般的な物から離れれば離れるほど、作成者が限られてくる。そのような義手は一度作成すれば、すぐに変更することはできない。クラウンを真っ直ぐに見つめる赤い瞳に迷いはなかった。

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