12 義手に込められた想い②

 教会と道を挟んだところに設けられた円形の芝生。それらはその上に静かに存在していた。カイルの背丈より大きな、石で造られた灰色の十字架。十字架の前には灰色の石板があり、人名が刻まれている。

 遠くから見た時はわからなかったが、石板の近くにはいくつも花が供えられていた。カイルの足が教会より先に墓石へと向かおうとする。けれどクラウンはそこについていくことが出来ず、芝生の外から墓石を睨みつけるばかり。


 クラウンがついてこないため、すぐさまカイルが振り返る。そして何が起きているのかに気がついた。それと同時に腕の欠けた左肩を右手でさする。

 クラウンは生まれつき両足がないため、車椅子に乗っている。その車椅子が問題なのだ。車椅子では芝生や砂利の上を走れない。墓石まで運んでもらおうにも頼みの綱のカイルは今、左腕が無いためクラウンを背負えない。


「……芝生の中に舗装された道は作れないのか? 今歩いてる道から墓石まで通じる道。でないと、俺が背負わない限りクラウンはここに来られない」

「そうですね。検討してみます」

「ありがとう。クラウン、俺の腕が直ったら、もう一度来よう。今日は俺も遠慮させてもらう。二人で来た時は、二人で会いに来たいからな」


 クラウンが墓石まで辿り着けないことに気付き、カイルは来た道を引き返す。道と言っても数歩歩けばクラウンの元に辿り着ける、僅かな距離ではある。だがその僅かな距離もクラウンにとっては大きな障壁だ。

 これまではカイルがクラウンを背負い、墓石に花を供えていた。だが義手が壊れた今、花を供えることはもちろん、十字架の前で祈りを捧げることさえ叶わない。


「あれから十年が経つのか」

「ええ。あれをきっかけに、養護院の警備も厳重になりました。門もインターホンも、今ではどこの養護院でも当たり前になってしまいました。本当はこんなこと、したくないのですが……」

「悲劇を繰り返さないため、だな」

「ええ」


 かつて、カイルが教会に運ばれてきた頃は違った。石壁に囲われた敷地は今と変わらない。だがその門は常に開かれていた。侵入防止の棘も存在しなかった。インターホンを設置する必要などなかった。養護院――特に教会はいつ誰が訪れてもいい施設でなければならなかった。

 その根底が変わったきっかけが十年前、カイルが義手を決意した日。ユベラで起きたたった一つの悲劇が養護院の在り方を変えてしまった。


 墓石から児童養護施設へと視線を移し、三人は舗装された道を進んでいく。クラウンの目は暗い。カイルはまだ何度も墓石に視線を向けてしまう。少し呻いてからカイルの口が言葉を紡ぎ出す。


「……クラウン」

「どうした、カイル?」

「入れ墨だ」

「何をだ? 何の話だ?」

「義手を決めたきっかけ」

「だから、入れ墨が何だって――」

の首に、あの入れ墨があったんだよ。あの文字列に似たやつが。だから俺は、義手にすることを決めたんだ」


 司祭は口をぽかんと開けたまま。けれどクラウンはここまで言われてようやく理解した。カイルの言う入れ墨は、カイルや先日捉えた捕虜に刻まれていたフェルメール語の奇妙な文字列のことである。

 つい先日初めてカイルが明らかにした秘密、右目の下に刻まれた奇妙な入れ墨。それと同じ物が刻まれていたから、カイルは義手をつけると決めた。なぜなら――。


「俺はあそこから逃げてきた。けど奴は違う。目的があってここに来て、あれが起きた。俺は奴を殺すために、もう目の前で誰も死なせないために、力が欲しかったんだ」


 カイルがようやく想いを吐き出したのは、三人が児童養護施設の入口に辿り着いた時のこと。その声に驚いたのか、木々で休んでいた鳥達が一斉に空へと羽ばたいていった。黒い瞳は黒いベールの下で大きくが開かれる。

 クラウンの口がカイルの右袖に強く噛み付いた。袖に噛み付いた状態で両手を使って車椅子を前進させ、カイルを養護施設の方へと引っ張っていく。「その話は外でするな」とその青いどんぐり眼が告げていた。


「カイル、お前は一体何者なんだ?」

「フェルメールでは『被験体3号』と呼ばれていた」

「は?」

「何をされたのかは知らない。けど、色々な実験をされて気付いた。……痛覚を感じない体にされたらしい」

「痛覚? じゃあ、お前――」

「右目を失くしても、左腕を切って義手にしても、痛いと感じたことはない。最後に感じた痛みは、この入れ墨が俺に刻まれた時だ」


 建物内に入るや否やクラウンはカイルに問う。皮肉にもそれは、先日カイルの話を聞いた時からずっと気になっていたこと。カイルは話を誤魔化すことなく真正面から受け止める。司祭は来客を知らせるべく建物内に消えていった。


「俺はフェルメールに連れ去られ、様々な実験をされた。何年いたかはわからない。どうにか逃げ出して今があるってわけだ」

「ほう。そんな奴がどうして父上からの手紙を運んでくる?」


 カイルに向けられるは敵に向けると同じ疑いの眼差し。息を呑む音がはっきりと聞こえるほどの静寂。息を吸う音さえ今は耳障りだ。


「俺のいた施設は、ディスガイアのとある部隊に壊された。俺は逃げようとしたところを見つかり、保護されたわけだ。そしてお前に会う二年前に試験的に暗殺部隊に配属され、そのまま名を上げた」

「聞いた話と少し違うな」

「説明するとややこしい、誤解される。名を上げ、王と謁見する機会を得た。その謁見の際にお前と同じ真名と判明し、任務を託されたわけだ」


 カイルの言葉は淡々と事実だけを紡ぎ出す。その間、眉一つ動かさない。けれどその言葉はどこか信憑性があるように思えて、クラウンは苦笑いを浮かべずにはいられない。


「なあ、クラウン。襲撃前に奴に会ったことはないんだよな?」

「当たり前だ」

「そうか」

「なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言え」


 青い瞳が赤い瞳を力強く見上げる。もうその歯はカイルの袖から離れている。けれどカイルはクラウンから離れようとしない。赤い瞳は瞬き一つせずに青い瞳を見つめている。


「俺の推測だがな」

「だからなんだと聞いている!」

「奴の狙い、フェルメールの狙いはお前だと思う」

「は?」

「理由はわからないが、ほぼ間違いないはずだ。だから俺はあの日、お前の剣になることを決めたんだ。奴は、フェルメールの被験体は俺の因縁でもあるからな」

「ちょっと待て、どういうことだ?」


 クラウンの瞳が右へ左へ揺れ動く。その手は胸で組まれ、何かを考えている。カイルはそんなクラウンをただ見ているだけ。クラウンの口が意味不明な言葉を呟いている。時折指先を動かすのは思考を整理するためだろうか。


「ここが狙われたのはただの偶然じゃねえんだよ、クラウン」


 クラウンの知らない何かを知っているカイルの言葉。二人の歯車が新たなる時を刻むべく動き出した。

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