11 義手に込められた想い①

 えんじ色の屋根で統一された民家。舗装された道には街の人々が楽しそうに歩いている。ぽつりぽつりと灯り始めた街灯が街の賑わいに明るさを足している。

 クラウンとカイルが訪れたのは、そんな夕暮れ時を迎えたユベラの街だった。二人が出会い育った養護院のある街。砂埃と硝煙の臭いを感じない、久々に吸う綺麗な空気に自然と二人の口角が上がる。


「二人で来たのは何年ぶりだ?」

「二年ぶりだ。卒業した後、戦地に行く前にと帰ってきた。整備と、あれの為に」

「……そうだったな。あれからもう十年くらい経つのか」


 六輪車椅子を前へと進めながらクラウンが問えば、間髪入れずにカイルが言葉を返してくる。そのカイルはというと、軍服の左袖がひらひらと足の動きや風に合わせて舞っている。壊れた義手は背負っているリュックに詰め込んでいた。腰には武器であるファルカタがベルトで固定されている。

 平らな敷石で舗装された道。石の境目に合わせて金属タイヤがカタカタと音を立てる。目的地ならすでに決まっている。だがそこへと向かう二人の足取りはどこか重い。


「十二年前の春先だったか。お前、養護院に運ばれてきたよな」

「あれは誤算だった。本当は自力で辿り着くはずだった」

「あの日から、その左腕は動かなかったんだよな」

「そうだ。結局動かなかった。司祭様に言われたように、な」

「……でも、お前が左手を義手にしたのは十年前。魔法学校に入学する少し前だった。そうだよな、カイル?」


 クラウンの言葉にカイルの右肩が不自然に跳ねた。行き場を失った赤い左目は右に左に視線を動かし続けて落ち着かない。その動揺を感じ取ったのか車椅子が動きを止める。

 カイルが刃を仕込んだ上腕義手を手に入れたのは十年前。ということは養護院に来てから二年もの間、だらりとして動かない左腕を放置してきたことになる。本人にも自覚があるらしく、呻き声を上げている。


「あれの直後だ、お前が義手にしたのは」

「そうなるな」

「自ら進んで義手にしたんだったな。見た目を偽るためだけに、そんな使いにくい形の義手を選ぶのはお前くらいだと思うぞ」

「そうか?」

「なぁ、カイル。どうしてあれが起きるまで義手にしなかったんだ?」


 青いどんぐり眼がカイルの顔を見上げている。明るい金髪が太陽光に照らされて眩しい。眩しさから目を逸らすも、クラウンの手がカイルの右腕を掴んで離さない。


「どうしてだ?」

「……あの時に、クラウンの剣になることを決意したから」

「お前は物じゃないだろう?」

「力が欲しかった。お前のために戦うには、左腕が邪魔だった。それをあの時痛感したんだよ」

「それは、最初からだろう?」

「戦う覚悟を決めたからだ。あの時、クラウンと一緒に戦って、名を上げると決めた。俺なりの目標ができた。……ほら、行くぞ」


 カイルが器用に右手だけで六輪車椅子を前に進める。クラウンは頬を膨らませながらもタイヤに手を乗せた。途中、楽しそうにはしゃぐ子供達に視線が移る。

 不意にクラウンの手がタイヤを離れ、空へと伸びた。何かを掴もうとしたようだがその手には何も残らない。空を見上げれば持ち主を失った赤い風船がその高度を上げている。子供の泣き声が聞こえた。


「私の風船……」

「お前が手を離すからだろ?」

「お兄ちゃんが脅かすからじゃん!」

「悪かったよ。あそこまで上がったら……」

 

 赤い風船の持ち主は泣きじゃくっている小さな子供らしい。見かねたクラウンが車椅子を操り、彼らの元へ近寄る。カイルは小さく溜息を吐くと、足のストレッチを始めた。


「お前の風船はあの赤いやつか?」

「うん」

「そうか。……今からな、あの眼帯をしたお兄さんが風船を取ってくれる。だからもう泣くな。あのお兄さんのことをしっかり見てろ」


 クラウンの声が合図だった。カイルの足元に金色の魔法陣が一つ、姿を見せる。肩幅ほどの正円。その中には記号や文字が散らばっている。カイルは迷うことなく魔法陣へと右手を伸ばした。


 魔法陣が銀色に姿を変えるや否や、魔法陣が消えて石柱が現れた。カイルの腰ほどの高さの石柱。それを見ると、カイルは助走をつけて跳躍。石柱を踏んでさらに上へと飛んだ。空に伸ばした右手は風船の紐をかろうじて掴む。

 そのままどうにか着地。無言のまま、泣きじゃくっていた子供に赤い風船を差し出す。子供が苦手なのだろうか。カイルの赤い瞳は子供の方を見ようとしない。


「すごーい! 高いところにあったのに、取っちゃった! 左手がないのに風船掴まえちゃった!」

「……もう無くすなよ」

「うん! ありがと!」


 子供の手が渡された風船の紐をしっかりと掴む。それを確認してから、カイルは風船から手を離した。赤い瞳がクラウンを軽く睨みつける。子供達はスキップをしながら街中に消えていった。魔法陣から現れた石柱はすでに姿を消している。


「似てたな」

「お前、わかってて――」

「子供は皆、似て見えるんだ。あの子達もその一人。似てる子が困ってたら……手を貸さずにはいられないだろう?」

「だからガキは嫌いなんだ。あれを思い出すからな」

「案外、あの子らは生まれ変わりだったりしてな」

「寝言は寝て言え」


 敷石の溝に合わせてカタリカタリとタイヤが音を立てる。太陽光が伸ばす二人の影はどこか歪なシルエット。目的地へと向ける二人の視線は重く暗い。二人の表情が暗いわけは、目的地まで辿りつけばすぐにわかった。

 養護院は駅からそう遠くない場所にある。養護院の所以たる教会と児童養護施設はもちろんのこと、子供達が遊ぶための広い庭や物置小屋もある。


 その養護院は石壁に囲われていた。入口に門は閉ざされており、石壁の上には侵入防止のための金属製の棘が設置されている。教会は民間の者も利用するため、通常であればいつでも誰でも入れるように入口が開いている。なのにこの養護院では鍵のかかった門が来客を拒んでいた。

 門越しに見えるは教会と児童養護施設。教会の入口、門を入って少し進んだところには巨大な十字架と人の名が刻まれた石板が設置されている。その十字架と石板は、墓地に置いてあるそれとそう変わらない。だがその扱いはまるで英雄像と同じ。

 門のすぐ横に用意されたインターホンにクラウンの指が伸びる。インターホンを押す白い指は少し震えていた。カイルの右手がクラウンの肩を抱く。二人とも、養護院がこうなってしまった理由を知っている。


「こちらユベラ養護院です。どちら様ですか?」

「久しぶりだな。その声は司祭様か?」


 インターホンから聞こえたのは聞き覚えのある声。インターホン越しに、息を飲む音が聞こえた。クラウンは深呼吸をしてからさらなる言葉を紡ぐ。


「クラウン少尉と――」

「中尉だ。昇格しただろ?」

「そうだった。クラウン中尉とカイル中尉だ。かつてここにいた、車椅子のクラウンと義手のカイルと言えばわかるかな?」

「クラウンとカイル? 本当にあなた達なのですか?」


 金髪が風になびく。門越しに墓石を見る青い瞳は潤んでいる。同じところを見つめる赤い瞳が、教会から門に向かって走ってくる修道士の姿を捉えた。黒をベースとした修道服は見間違いようがない。

 少しすると、門越しに修道士が顔を見せた。シワこそ増えているが、見覚えのある顔が門の隙間からクラウン達のことを見ている。穏やかな黒い瞳が遠目からでもわかるほどに潤む。


「連絡せずにすまない。こいつの義手が壊れてな。修理がてら、しばらくユベラにいようかと。司祭様。ユベラに滞在中、ここに泊まることは可能か?」

「良いに決まってます! あの子達も喜ぶでしょう。クラウン、カイル、おかえりなさい。ああ、神様。二人を今日まで生かして下さりありがとうございます」


 来客がインターホンを押してから修道士が門を開けにくる。養護院では考えられない光景のはずだが、クラウンもカイルもそれに動じない。門を開けたばかりの司祭がクラウンとカイルに思いきり抱きついた。

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