10 赤き剣の秘め事③
木組みの骨格とフェルトの覆いで作られた移動式家屋パオ。円形の壁と円錐形の屋根が生み出す独特のフォルムは遠目からでもそれとわかる。ディスガイア軍の拠点は平地にいくつものパオが設営されているのが特徴だ。
休憩室や会議室といった仕事目的のものから、複数の軍人が寝泊まりするためのものまで、様々な用途のパオが集まる軍の拠点。とあるパオの中では不穏な空気が流れていた。
パオの中で上半身裸になっているのは右目に眼帯をした軍人、カイル。その足元には乱雑に無残にも千切られた上衣とが転がっている。両手につけていた手袋も脱ぎ捨てられている。クラウンの手がカイルの左腕へと伸びていた。
「こういうことは早く言えといつも言ってるだろう?」
「すまん」
「ったく。動くのか?」
肩にぶら下がったままだらりとして動かない左腕。先程までは軍服に隠れていてわからなかったが、上腕は本来の半分しか残っておらず、残りの部分は鈍色の義手となっていた。肘関節に相当する部分にはナイフが深々と突き刺さっている。
その義手はハーネスによって体に固定されていた。ハーネスと肘部分を繋ぐケーブルは無傷だが、ハーネスと手先を繋ぐケーブルは見事なまでに切断されている。原因となったのは肘部分に刺さったままのナイフだ。
「肘しか動かん」
「だろうな。そういうことは早く言え」
「戦うのに支障はない。見てろ」
カイルの右手が前腕へと伸びる。かと思えば次の瞬間、手首が手の甲側へ百八十度折れた。剥き出しになった義手の断面は、腕を模した筒状のパーツと骨代わりの金属棒で出来ている。手首が折れると同時に金属棒から細長い刃が伸びてきて、義手の先端が剣へと早変わりしてしまう。
カイルが上腕を動かせば、それに合わせて刃が空を切り裂く。前腕部分は全くと言っていいほど動いていない。だがその刃は上腕の動きだけで自在に振り回すことが出来る。クラウンはとっさに後退してカイルの攻撃を交わすと、タイヤを可能な限り早く動かして車椅子ごと体当たりした。
「わかったから、狭い屋内で刃を振り回すな!」
「すまん」
クラウンの一声ですぐさま刃をしまおうとする。だがそこで違和感に気付いた。手先のパーツ、肘関節部分、断端と義手の接続部分、ハーネス。上腕義手のありとあらゆる部分を弄ってみても、手首部分から飛び出した刃が引っ込まない。
何度も何度もいじっていると今度は前腕部分が肘関節部分から音を立てて外れた。肘関節部分にはまだナイフが刺さっている。床に落ちた義手からは刃が飛び出たままだ。
「こうなるから早く言えと言ってるんだ」
「すまん。壊れるとは思わなかった」
「流石にその義手じゃ……」
「帰還命令が下されるな。帰還して直せと。ジン少佐なら、まず間違いないだろうな」
「間違いない。ちょっとした武器の破損でも拠点に戻されるからな。さっき見つからなかったのがせめてもの救いだが。――くそっ!」
ジン少佐は先程クラウンとカイルを呼び寄せた上官である。ディスガイアは強者を重んじる国ではあるが、戦場での怪我人や装備品の故障には速やかに対応する。特にジンと呼ばれる人物は、僅かな損傷であっても安全を第一に考えて兵を撤退させることで有名であった。
先程呼ばれた際には、義手に刺さったままのナイフを車椅子の影に隠すことで誤魔化した。だが前腕が丸々外れてしまえば流石に誤魔化せない。明日の朝礼で発覚し、帰還を指示されるはずだ。黙り込んだ二人を待っていたかのように扉をノックする音が二回。
「ねえねえ、お話、終わったー? 俺達ずーっと待ってるんだけど」
扉の外から聞こえてきたのは弾んだ声。声の主に心当たりがあるのだろう。クラウンの顔があからさまに曇る。カイルは床に落ちている義手の部品や上衣を拾い上げると、自分のスペースへと乱雑に投げ始めた。
「あいつら、帰ってくるのが早すぎる」
「想定外だった」
「なんで他のデュオと同室なんだ」
「デュオ専用のパオが与えられるのは少佐以上の特権だからな」
「そんなことわかってる!」
「中尉と大尉は二組共用なだけマシだ。少尉は三組共用、兵士に至っては十二人共用のパオだ」
「そうだな。確かに六人共用は狭くて辛かった。って違うだろ」
クラウンとカイルが片付けながら話す間にもノック音が聞こえる。二人が許可を出すまでは入らないつもりなのが不幸中の幸いである。
「……入っていいぞ、グラス兄弟」
やっとの思いでクラウンが声を上げると、すぐさま扉が開いて二人の男性が入ってくる。だがその二人、背丈も体型も顔立ちも髪型も何もかもそっくりな瓜二つ。見分けるとしたらバンダナの有無と瞳の色、武器くらいのもの。
グラス兄弟と呼ばれたこの二人は文字通り兄弟である。しかもただの兄弟ではなく、瓜二つの容姿を持つ双子。クラウンの車椅子とカイルの義手や眼帯を見ても眉一つ動かさない、クラウン達を認めている数少ない存在。
「待ちくたびれたー。俺達ずーっと外で待ってたんだよ?」
「ツキヤ君。今回は僕達にも非があるよ。任務がこんなに早く終わるなんて思わなかったし」
「アンヤは甘い! そもそも寝泊まり用のパオなんていつ戻ってきてもいいわけ。それなのにわざわざクラウン達にまで気を遣ってさー。アンヤが駄目って言うから俺、我慢したんだよ?」
「ねぇ、ツキヤ君。謝ることも出来ないの? 僕、そろそろ怒るよ?」
「クラウン、カイル、ごめん!」
ツキヤと呼ばれた方は両腰に小鎌を装備した青い目の男性。先程外から声をかけたのも彼らしい。良く言えば明るいが、落ち着きがなく常に手足のどこかを動かしている。
アンヤと呼ばれた方は背中に弓矢を装備していた。頭には白いバンダナを巻きつけ、瞳の色は赤。ツキヤより低い声で口調も落ち着いている。立場的にはアンヤの方が上らしい。アンヤがツキヤを人睨みした瞬間、ツキヤの態度が変わった。
「ってカイル、義手壊れてんじゃん。何やったの?」
「敵のナイフが良くない所に刺さったらしい」
「そっか、今日雑兵を捕虜にしたの、クラウン達か。いいなー。こっちは敵どころか人がいなかったんだよな。負けたー」
「……あれは、フェルメールの、兵士以外の者だ」
「出た、カイルの意味深発言。ミントが言ってたんだよな。カイル、何か知ってるみたいだけど教えてくれないって」
「教えないんじゃない。確証がないからそうと言えないだけだ」
カイルの義手に目をつけたのはツキヤの方。床に落ちていたいくつかの部品を手早く拾うとカイルに手渡す。義手のカイルにも車椅子のクラウンにも平等に接しているのは優しさからかそれ以外の理由からか。
壊れた義手を見て、カイルとクラウンの間に漂う暗い雰囲気を見て、アンヤは顎に手を当てて考え込んでいた。捕虜の取り調べが行われたのは午後になってからだ。どれくらい耐えるかにもよるが、明日には少しは情報が入ってくるだろう。それを聞きたいのはきっと、敵を見事に捕えたクラウン本人のはず。
「どうせ寮も同室だし、戻ったら僕とツキヤ君が情報聞いて伝えようか? 多分明日には情報の共有と具体的な撤退指示がされると思うんだよね」
「いいのか?」
「いいよ。それに……今クラウンに恩を売っとけば、いつか別の形で返してくれそうだし」
「なんか言ったか?」
「ううん」
アンヤがボソリと呟いた言葉。クラウンとしても、アンヤの提案を断る理由はない。明日になれば早々に寮へと帰される。捕虜の情報さえ伝えてもらえるのなら、無理に戦場に残る必要もない。
「整備士に心当たりは?」
「ある。列車を手配しないといけないがな」
「遠いの?」
「まぁまぁってところだな。僕達の育った町だ」
「ああ、ユベラか。せっかくだし、休暇でも取って地元回ってきたら?」
「……それはカイル次第だな」
クラウンの青い瞳は、ぼーっと突っ立っているカイルの姿を捉えている。時折ツキヤにちょっかいを出されるもされるがままになっていた。
十二年も一緒にいたというのに、クラウンはカイルのことをよく知らない。養護院で出会う前のカイルについて何一つ知らない。それを、ジン少佐との話で嫌というほど思い知った。
故郷と呼べるかもわからないユベラを訪れるのはいい。これを機にカイルの過去に関する手がかりを掴みたい。それがクラウンの正直な気持ちだった。その頭はすでに、義手の整備を理由に休暇を取る算段を立てている。
外から美味しそうな匂いがする。まもなく夕食の時間がやってこようとしていた。
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