9 赤き剣の秘め事②
木製の扉を開ければ円形の空間が広がっている。部屋の中央には机と椅子があり、そこに彼は座っていた。
ほうれい線や額のシワが少し目立ち始めた五十歳前後の男性。見事なまでに肌色一色の頭は天窓から差し込む夕陽をキレイに反射して光っている。キリッとした三白眼が来客の顔を見て柔らかな曲線を描く。
「よく来てくれたな、クラウン中尉、カイル中尉」
彼こそがクラウンとカイルを呼び出した張本人、ジン少佐である。そして彼の目の前に立つ奇妙な二人組がクラウンとカイル。ジンの前では手足の有無も瞳の有無も関係なく皆平等に扱われる。
クラウンが車椅子の上で敬礼する。カイルは車椅子の影に左腕を隠しながら右手で敬礼をした。ジン少佐が小さく手を上げると二人は敬礼を止め、ジン少佐のことを真っ直ぐに見つめる。
「呼んだのは他でもない、君達が連れてきた奴についてだ」
それは二人が魔法を使わずに捕まえた、敵と思わしき人物のこと。カイルが言うにはフェルメールの軍人ではない。しかしその口ぶりから、フェルメールの者であり軍人とは別の理由で戦地に連れてこられたことが窺える。
「フェルメール軍を示す入れ墨は無かった。が、代わりに奇妙な物を見つけてな」
ジン少佐はそう言うと机の上に一枚の写真を置く。クラウンとカイルは目を見合わせてから机へと近づき、問題の写真を眺める。
そこに映っていたのは奇妙な文字列だった。ディスガイアではまず目にすることはないであろう、フェルメールの言語。かつてカイルが筆談に使った言語でもある。
「二人共フェルメール語を読めると聞いた。あいにく、この大隊でフェルメール語の読み書きが出来るのは君達しかいなくてね。二百人近くいるのに情けないことだ。というわけで、力を貸してほしい。これはなんと書いてある?」
上官の指示には逆らえない。赤い目と青い目が再び写真を眺めた。数字と文字が混在したその文字列。腕か首か、皮膚のどこかに刻まれているらしい文字列はそれ単体では意味を成していない。
「文字列は『N53D752』。この文字はなにかの略称か?」
「現段階ではわかりませんが、何か意味があるのは間違いありません」
「単語ではないのか?」
「違います。これは例えるなら音節文字と数字を組み合わせたようなもので、それぞれが何を意味しているのかを知らないと――」
「俺は、似たようなものを見たことがあります」
クラウンが文字列を読み上げ説明している時だった。カイルがそれを遮り、真顔で答える。クラウンの知らないこの文字列をカイルは知っている。それが事実ならば、見たことがあるのはおそらく、クラウンに出会う前の話。
「本当か?」
「はい。彼は何か言ってましたか?」
「フェルメールから来た、軍人ではない、戻りたくない。そんな感じのことを言っていたそうだ」
ジン少佐の言葉にカイルは少しの間黙り込んだ。眉間にシワを寄せて何かを考えたかと思うと、赤い三白眼を真正面から見つめる。何度か深呼吸をしてから口を開いた。
「こう聞いてみてください。『お前はフェルメールから逃げてきたのか?』と。きっと、逃げてきたと答えるはずです」
「ふむ。何故、そう思った?」
「その文字列に似たものを、俺も持ってるからです。俺と同じならきっと……」
躊躇いがちに告げられたには衝撃の真実が含まれていた。クラウンは元々丸い目をさらに丸くし、ジン少佐もこれでもかと目を見開いている。カイルの言葉が真実であれば、それはとんでもない事である。
通常、デュオというのは同じ国の人間同士で結びつく。これまでのところ生まれた国の違う者同士が結びついた記録はない。加えてカイルはその身体的特徴がフェルメール人と大きく異なった。
フェルメール人には目立った身体的特徴がある。フェルメール人は獣耳と尻尾を持つ人種なのだ。長毛の獣耳にモフモフとした尻尾は、フェルメール人とそれ以外を区別するとにとても役に立つ。カイルの見た目が、フェルメール人ではないことを示している。
「どこに?」
「ここに」
カイルの手が右目を隠していた長い前髪を優しく持ち上げる。器用に前髪を持ち上げたまま眼帯を外した。閉じたままの右目。その目の下、クマに沿うような形で小さな文字が並んでいる。
「なんと書いてあるか教えてくれ、クラウン」
「……『S41D003』。確かに似たような文字列です。文字や数字は多少違いますが、字体といい文字の並びといい、よく似ています」
「私にはわからないが、音節文字や数字に法則性がありそうか?」
「本日捕らえたのはディスガイア人の見た目でした。我々に敵意こそ示していましたが。そしてカイルも、見た目から察するにディスガイア人。この文字、
カイルの体に刻まれた、捕虜と同じような文字列の入れ墨。これまでは右目を覆う眼帯と右目を隠す前髪でそれを隠していたらしい。クラウンも十二年という月日を共に過ごしていながら気付けなかった。
先程のミントへの問いかけも、捕虜を見つけた時の態度も、全てカイル自身の過去が関係していたようである。フェルメールに関する思わぬ情報にジン少佐が呻き声を上げる。
「それはどこで付けられたものだ?」
「……多分、フェルメールです」
「フェルメール?」
「二歳くらいですかね。フェルメール語を話す人達に変な建物に連れていかれたんです。で、すごく痛かった記憶があるので、その時につけられたのかと」
「でも八歳の時にはディスガイアにいたんだろ?」
「何歳かは忘れたけど、フェルメールから逃げてきました。途中で意識が飛んで、気がついたら今の親のところにいましたね」
それは、今回の捕虜の新たな可能性を示唆する事実。「俺と同じならきっと」発言の意味もこれならば筋が通る。
「……今の俺はクラウンの剣です。あんな国、滅んでしまえって思ってます。疑うなら監禁でもなんでもしてください」
「いや、それはしない。ただ、調べる事案が増えたなと思っただけだ。もしフェルメールがディスガイアだけでなく他の国からも子供を誘拐して育ててるとすれば……」
クラウンにはジン少佐の考えてることが手に取るようにわかる。今まさに同じことを考えていたからだ。そしてその答えは、戦場で見つけるしかないのだということにも気付いている。戦場で同じような者達を捕虜にして取り調べを行うしかないのだ。
混乱を作り出した当の本人は何知らぬ顔で前髪を元に戻す。眼帯をうまくつけられなかったらしい。砂埃の付いた黒い眼帯は右手に握られたまま。時折その赤い瞳が左腕の方を向く。
「そうだ! 要件は済んだ。パオで休むといい」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
ジン少佐に撤退を指示されるとクラウン達はすぐさまパオから出ていく。扉を通る際、ジン少佐に一礼することは忘れない。けれどもジン少佐の前にいる間、カイルの左手が車椅子の影から姿を見せることはなかった――。
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