8 赤き剣の秘め事①

 瓦礫と化した町レルベア。この地で戦が終わったのは一ヶ月前のこと。それ以来、軍は小隊一つをレルベアに派遣して生存者及び死者の捜索を行っている。

 だがその捜索もいよいよ終わりが近付いていた。毎日のように町を巡回するも、もう生存者も死者も見つからないからだ。町の至る所を調べた。あとは町の復興を待つばかり。


 小隊に捕虜が連れてこられたのは撤退まであと数日という時のことだった。しかもこの捕虜、何かがおかしい。見た目はディスガイア人な上に、敵国フェルメールの軍人にしてはそれを示す入れ墨が見当たらないのだ。クラウン中尉からの訴えもあり、現在取り調べが行なわれている。

 そんな軍の拠点は町の入口にある。木組みの骨格とフェルトの覆いで作られた移動式家屋パオ。軍はパオを用途別に使い分けることで拠点としての役割を果たしている。クラウンとカイルは休憩室として使われるパオにて取り調べが終わるのを待っていた。


「流石ね、クラウン中尉、カイル中尉」


 クラウンとカイルが入るや否や声をかける者がいた。パオの中央に置かれた丸テーブルでのんびりとお茶を飲んでいる女性。彼女はクラウンとカイルの姿を目にした途端その眼光を鋭くする。

 クラウン達と同じ紺色の軍服。ウェーブがかった茶色のミディアムボブ。クラウンと比べると淡い青色の瞳。青色の瞳に変わりないのだが、一見しただけだと灰色に見間違えてしまうほど青みが弱い。軍服の肩章が、彼女が少尉であることを示す。


「予期せぬ襲撃犯のせいで撤退は延期。レルベアに配属された兵はその半数が現地に残る。ここに残ったって大した結果が残せるわけじゃないし、こっちはさっさと異動したかったんだけど?」

「ミント少尉。身の程をわきまえてから物を言ったらどうだ?」

「それは、私じゃ他の戦地でも結果を残せないってことかしら?」


 ミントと呼ばれた女性は声を荒げることなく、淡々と問いかける。穏やかな口調で問う姿はまるで尋問でもしているかのよう。アルトの地声がその言葉をさらに冷たい印象にする。


「今いる場所でもがこうとすらしない奴が、他所に行ったからと上手く行くとは思えない。特にミント、お前は――」

「仕方ないでしょ。生まれ持ったものが違うのよ」

「その言葉を僕達に向けて放つ時点で、お前の底が知れる」


 クラウンが放つはミント以上に冷たい言葉。同じ青い目を持つ者だというのに、クラウンとミントでは目の色がかなり違う。クラウンは遠目からでもわかるほどに濃い青、ミントは近付かなければ色の区別がつかないほどに淡い青。

 ミントはクラウンの言葉を聞くや否や目を疑うような速さで両目を掌の下へと隠してしまった。そうしてからハッと口を開く。失言に気付いたはいいが少し遅い。その姿にクラウンはわざとらしいため息をつくばかり。


「……ここ数年で、襲撃が増えたと思わないか?」


 それは、先程カイルに問うたものと同じ内容だった。


「思うも何も、実際に増えてるわよ。古今東西関係なく様々なエリアで、フェルメールからの襲撃が、ね」

「フェルメールだけか?」

「少なくとも、全てのエリアでフェルメール人の、入れ墨を持った兵士が確認されてるのは事実よ。もちろん、フェルメール人以外にもいるとは思うけど」


 ディスガイアはかつて、英雄を中心とする人達が魔法の力を使って敵軍に勝利したことで領土を広げた。今でこそいくつかの国と協定を結んでいるが、ディスガイアを攻める理由のある国など数えきれないほどある。敵はフェルメールだけではないのだ。


 フェルメールは地図上では隣国に相当する。近年、頻繁にディスガイアに兵を送っていることからわかるように、仲はお世辞にも良いとは言えない。クラウン達が今いる町レルベアもフェルメールに襲われた。

 近年、フェルメールからと思われる襲撃が増えている。そのため、クラウン達軍人は襲撃のあったところへ派遣され、戦ってばかりいる。クラウンとカイルの胸元に光る勲章もこの戦いによって得たものである。


「フェルメールからの襲撃者の中に入れ墨を持たない者がいるか、聞いてるか?」

「うわ、カイルが喋った」

「……いいから答えろ。無駄話は好きじゃない」

「入れ墨無しのフェルメール語を話すディスガイア人ならいるって聞いてるわ。他にもフェルメール人以外の特徴を持つ異国人がちらほらと。それがどうかしたの?」

「……気になっただけだ」


 襲撃した中に入れ墨を持たないフェルメール人がいた。その事実を知るや否やカイルの様子が一変した。それまでは無表情でぼーっとしているだけだったのに、左目を見開いた状態で急に右へ左へ行ったり来たりし始めた。

 クラウンとミントはすぐに理解した。捕虜が雑兵でないと判断したのも、入れ墨のないフェルメールの軍人を気にしているのにも、意味がある。けれども肝心の部分に限って教えてくれない。


「クラウン中尉、カイル中尉はいますか?」


 落ち着かないカイルにクラウンが声をかけようとした時だ。突然扉が開き、一人の兵士がパオの中に入ってきた。クラウンとカイルに用があるらしいが、二人の姿を目の当たりにして体を硬直させてしまう。

 クラウン達を見つめる瞳は黒い。黒い目で軍服を着ている者は魔法学校を卒業しただけの、魔法を使えないただの兵士。彼らは下士官止まりで、クラウン達のように少尉以上の階級に上がることは決してない。


「固まってないで用件を言え、新人」

「あ、あ……あー、パオを間違えまし――」

「僕がクラウン、そこの眼帯がカイルで間違いない。いいから用件を伝えろ」


 クラウンは両足が無く、六輪車椅子に乗っている。カイルは右目に眼帯、左腕はだらりとぶら下がるだけで動く気配がない。クラウンもカイルも、世間一般の人が思い描く強者とは違う。

 だが、兵士としてある程度活躍している者であれば二人がどのような容姿かもどのようにして名を上げているかも知っているはずだ。パオに入るなり固まってしまった兵士へと注がれるクラウンとカイルの視線は冷たい。


「ジン少佐が、お呼び、です」

「ありがとう。カイル、行くぞ」

「し、失礼ながら! あなた方は本当に中尉なのですか?」


 パオを出ようとした二人を呼び止める兵士の声。ミントが大きくため息をついた。クラウンがわざわざ兵士の近くまで戻り、その黒い瞳を見上げる。


「僕が中尉では何かおかしいか?」

「だって――」

「両足の無い軍人が昇級するのはおかしなことか?」


 兵士に問いかけるクラウン。その右手は兵士の胸元にリボルバーを突きつけていた。車輪の一つが兵士の足を踏み、その動きを封じている。ミントが小さく口角を上げる。


「お前はその両足の無い軍人の足元にも及ばない。このこと、肝に銘じとけ。……行くぞ、カイル」


 結局、兵士はクラウンがパオを離れるまで一歩も動けなかった。魔法で拘束されたわけでも、物理的に拘束されたわけでもないのに、手足が震えて上手く動かせなかったのだ。


「あの二人に間抜けな質問をしたあなたの負けね。少しでも昇格したいなら、両足がないとか右目がないとか、そういう見た目だけで強さを計らないようにすることよ」

「しかし――」

「強ければ見た目なんてどうでもいいのよ、この国では。実際、あの二人は私なんかよりよっぽど強いわ。それじゃまたね、新人君」


 落ち着いた声音でそう告げたのは元々このパオにいたミント。いつの間にかお茶を飲み終えていたらしい。紺色の軍服を身にまとった彼女は、棒立ちしている兵士の肩を軽く叩くとパオを出ていく。静寂がパオを包みこんだ。

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