6 歯車が回る時③
クラウンがカイルへと手を差し伸べる。金髪が太陽の光を反射して眩しい。逆光のせいか、クラウンの表情は影になって見えない。カイルはクラウンの手を取ることを拒み、自力で立ち上がることを選択する。
が、上手く立ち上がることが出来ない。衰弱しているためか両足で体を支えることが出来ない。加えて右足にはまだ痛みが残っている。クラウンは手を引っ込めないまま言葉を紡ぐことにした。
「僕はここではクラウンて呼ばれてる。なんで
カイルの首が縦に動いた。器用に右腕と左足を軸にして立とうともがいているが、右足に上手く力が入らない。それを見兼ねたクラウンが手のひらを近くの地面に向ける。
次の瞬間だった。地面に金色の魔法陣が現れる。正円の中に記号と文字が散りばめられているのだ。けれどその魔法陣はカイルの肩幅より小さなものだった。
カイルが恐る恐る魔法陣に手を伸ばす。その指先が魔法陣に触れた瞬間、魔法陣が金色から銀色へと色を変えた。と思った次の瞬間、魔法陣が消え、魔法陣があった場所には人の背丈程の杖が現れる。
何が起きたのか理解したのだろう。クラウンとカイルが再び視線を交わらせる。カイルの右手が、魔法陣から出現した杖を掴んだ。杖を使って片腕だけで器用に体を持ち上げると、そのだらりとした左腕をクラウンが掴む。
「僕には夢がある。名を上げてもう一度あの場所へ戻ることだ。そのためには……両足がなくたって強いことを、戦えることを証明しなきゃならない」
クラウンに引っ張られながらもカイルが立ち上がる。鋭さの残る赤い瞳が青い瞳を見下ろした。
「カイル、だったか。お前、自分のことを僕の
カイルは最初、小さく頷いた。だが「人形ではなく相棒として」というところで首を傾げる。その瞳は困ったように左右へと小刻みに揺れ動いていた。
「一つ、昔話をしてやろう。お前も知ってるはずの、この国の王家にまつわる昔話だ」
クラウンの声が大気に混ざりこんで消えていく。六歳とは思えない凛とした声がカイルの心を掴んで離さない。言葉を紡ぐクラウンの目は烈しい憎悪を映している……。
ディスガイアは強者を優遇する国である。当然、その国を支配するのも強者でなければならない。だが民は支配者に力だけでなく血統をも求めた。こうして出来たのが国を支配する王族の少し奇妙な世襲制である。
現国王には五人の妃がいる。そのうち、正式に王妃を名乗れるのは第一王子を産んだ者だけである。だが王妃の子と妃としての評価はまた別物。そして第一王子が王になれるかと言うとそれもまた別問題。
王子達は強さを求められる。頭脳しかり魔法しかり。強さが全てのディスガイアにおいて、王となるには血統に加え実力が必要なのだ。そして王子の強さが妃達の評価となる。
クラウンはそんな王家の第一王子として誕生した。クラウンの母親はこの国の正式な王妃であり、本来ならクラウンも第一王子として城で育つはずであった。しかしここで問題が起きる。
英雄となりうる可能性を秘めた青い瞳を宿していた。王家に生まれた、現国王にとって初めての実子であった。けれど王が初めて対面した時、その体には両足がなかった――。
「今さら第一王子の存在を撤回できない。今さら王妃様からその地位を取り上げる訳にも……」
「しかしいくら血を引くとはいえ、このような弱者を王族として扱うわけには……」
「見た目だけでは強さなど分からない。違うかい?」
誰もがその見た目に目を奪われる中、国王ただ一人がその内面に目を向けていた。不便な見た目ではなく、その中に眠る頭脳や魔法といった王族に必要な強さを見出そうとしていた。
国王の声もあり、クラウンは五歳までの日々を城で暮らすこととなる。ただし、第一王子として表舞台に出る際は足を隠し、出入りが許されたのは城内のみ。それでもクラウンにはまだ居場所が残されていた、五歳になるまでは。
きっかけはクラウンが四歳だった時のこと。王妃はクラウンの弟にあたる第四王子を産んだ。こちらはクラウンと違い五体満足。それを見た王妃は、両足を持たないクラウンへの態度を変えた。
ディスガイアの歴史において第一王子が殺されるのは珍しいことではない。内外問わず標的にされやすいからだ。王妃はクラウンと弟を見比べ、その見た目だけで強さを推し量り、クラウンを殺すことを目論んだ。
食事に毒を盛られたのは一度や二度ではない。寝ている時に襲われたこともある。四年もの間暮らしてきた城は、実弟の誕生をきっかけに安心して暮らせる場所ではなくなってしまった。
けれどもクラウンは既に力の片鱗を見せていた。両足が無いその身で示したのは優れた頭脳。四歳までの間に複数の言語を習得してみせた。戦えないなら頭脳で強さを示すしかない。それを誰よりもクラウン自身がよくわかっていた。
「城に居場所の無くなった僕は、五歳の時に王の指示でこの養護院に連れてこられた。捨てるならいっそ殺せばいいものを。表向きには第一王子は療養中。どうして今生かされているのかもわからない。……僕は、両足が無いからこんなとこに来たんだ。両足があればあの場所にいられたんだ」
クラウンの話をカイルは黙って聞いていた。その鋭い赤い瞳が心さえも見透かしているように思えて、クラウンはさらに口を開く。
「僕に必要なのは思い通りに動く
『
「思い通りに動くだけの
青い瞳は強い光を宿している。見上げる形ではあるが、立場はクラウンの方が上。カイルの左腕を掴む手に自然と力がこもる。赤い瞳はクラウンの目を真っ直ぐに見つめるとゆっくりと瞬きをした。
痩せ細った体がゆっくりとクラウンの背後に回る。動く方の手が器用にも杖と車椅子の持ち手、両方を同時に握っている。しかし車椅子はすぐに前へと進み、カイルの手から離れた。
「一人で動ける。甘える気はない。守られる気もない。お前とは対等な関係でありたいと言ったはずだ」
クラウンに続いてカイルがゆっくりと歩き出す。引きずられた右足は、朝会った時より少しだけマシな動きを見せている。もう少し時間が経てば普通に歩けるようになるだろう。
カイルはクラウンの頭を軽く叩く。そしてその眼前に紙を突きつける。
『俺は
「馬鹿馬鹿しい。僕のデュオはお前しかなれないだろ。……僕はお前を待っていた。デュオとして戦う日々を夢見てた」
青い瞳を持つ少年は待っていた。同じ真名を持つ赤い瞳を待っていた。たとえその姿形が歪でも、その過去が普通でないとしても、望んで止まなかったデュオに間違いはない。青い瞳と赤い瞳、二つが揃わなければ戦う権利すら得られない。
「帰るぞ。司祭様が心配してるはずだ」
空は一部が赤く染まり始めている。夕刻が近い。クラウンとカイルはゆっくりと、自分達のペースで教会までの道を歩み始めた。
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