4 歯車が回る時①
それはよく晴れた朝のことだった。クラウンは車椅子に乗り、礼拝堂で英雄を表すステンドグラスを眺めていた。かつての英雄に憧れ、夢を見る。それはさほど珍しいことではない。
そんなクラウンの背後からゆっくりと近付いてくる二つの人影があった。一つは黒い瞳を持つ司祭。そしてもう一つは、司祭の肩を借りてゆっくりと歩く赤い瞳をした少年。
少年の右目は眼帯に覆われていた。濃い赤色をした左目はクラウンと同じく鋭い眼差しを宿す。その左腕はまだ三角巾に吊られていて痛々しい。所々ハゲた黒髪は、あの花時雨の日を思い出させる。
(あれ、こいつ、この前の……。目覚めたんだ。生きてたんだ。まだ怪我とかは残ってるんだな。――ってどうして人の心配なんかしてるんだ、僕は!)
それは、花時雨の降る日に教会に運ばれた少年、カイル。運ばれた当時はわからなかったが、彼は足も少し悪いらしい。院長に掴まって歩く時に若干ではあるが右足を引きずっている。
カイルはギロりとクラウンを睨むとすぐに視線を足元に向けた。クラウンはカイルではなく司祭に、状況の説明を求めるべく視線を向ける。
「この子の名前はカイルです。これから養護院で共に暮らす家族となります」
「赤い目なんて珍しいな。真名は? 片割れは?」
真っ先にクラウンが訊ねたのはカイルの真名と片割れについてだった。修道士と言えども赤の他人に真名を教えることは出来ない。だが、同じ真名を持つかどうかは伝えることが出来る。
養護院で暮らす子は様々な事情で親と暮らせない子ばかり。そしてそのほとんどが黒い目をした子供である。赤い目か青い目の子供が養護院に預けられることは非常に稀だ。だからこそクラウンは気になった。
英雄となりうる子を手放す親は、強者が好まれるこの国ではあまり居ない。まともな親族であれば、赤い目か青い目を持つ子を大切に育て、同じ真名を持つ片割れを探すのに必死になる。もっとも、黒い目をしているからというだけで子を捨てる親もあまりいないのだが。
司祭はカイルとクラウンを交互に見て大きく息を吐き出す。そして、深呼吸を二度繰り返してからようやく口を開くのだった。
クラウンはもう一度まじまじとカイルの姿を上から下まで眺めてみる。隠された右目、三角巾で吊られてこそいるがだらりと力の入らない左腕、痣だらけの顔に欠けた歯、引きずられた右足。
赤い目なのに養護院にやってきた「訳あり」の英雄候補。置かれた状況はクラウンと同じだ。クラウンもまた「訳あり」の、青い目を持つのに養護院で暮らす英雄候補だから。
「このステンドグラスは、神話を再現しています。青い目を持つ英雄ソロモンと赤い目を持つ英雄ダビデ。ソロモンは魔方陣を描く魔方陣師として、ダビデは魔法を発動する魔法術師として、知られていますね」
司祭の言葉にクラウンは何度も頷くがカイルは首を傾げたまま。ディスガイアで生きているというのに国の神話一つ聞かずに育ったらしい。
二人の英雄は魔法の力で大軍を蹴散らし、ディスガイアに勝利をもたらした。多くの領土を獲得した。二人の英雄無くして、今日に至るまでのディスガイアの発展は無い。
「クラウン、カイル。二人にはその目が持つ意味を話したと思います。そして、同じ真名を持つ者同士がデュオとなり、強制的に戦う運命にあることも」
同じ真名の二人は出会ったら最後、戦う運命にある。それがここディスガイアのルールだから。クラウンとカイルもその例外ではない。司祭が再び深呼吸をする。
「クラウン、カイル。あなた達は同じ真名を持っています。あなた達二人は共に戦うデュオです。あなた達二人が揃って初めて魔法を扱うことが出来ます」
その口が紡ぐはクラウンが知りたくなかった真実だった。
司祭はカイルが教会に運ばれてきた時にこの真実を知った。クラウンの夢を知り、カイルが後天的に失ったものを知り、そして決して変えられぬ二人の運命を知り。タイミングを見計らってそれを伝えることを選んだ。
「カイルは右目が見えません。声もまだ戻っていません。左腕は今後どこまで良くなるかわかりません」
「司祭様。医療魔法でどうにか――」
「なりません!」
「どうして……」
「あの日に出来る限りの手は尽くしました。ですが、医療魔法は万能ではありません。治らない怪我もあります」
車椅子がゆっくりとカイルに近付く。下から見上げる形で、俯いたままの赤い瞳に無理やり視線を向けた。
「右目には眼球が残っていません。右足はあと少しすれば動きます。左腕は……見た目こそ元通りですが、きちんと動く保証はありません。これが限界でした。生きているだけでも奇跡です」
「言葉は、聞こえてる?」
「聞こえています、理解できます。けれど声は出ません。こちらは怪我によるものではないので医療魔法では治せません」
カイルの顔が歪んだ。下唇を噛もうとしたが欠けた歯では上手く噛めず、唇には薄ら血が滲むだけ。口をパクパクと動かしてみても声は出てこない。
後天的な怪我で右の視力を失った。左腕には上手く力が入らず、動かせるようになるかすらわからない。どんなに声を出したくて口を開け閉めしても、肝心の音が出てこない。
右足はいずれ動かせるようになる。歩いたり走ったり出来る。けれど歩いたり走ったり出来たところで、他の部分が致命的だった。
片目の視力がない。左腕はもう動かないかもしれない。声を出せないとなれば意思疎通手段も限られてくる。英雄を目指す相棒としてはお世辞にも良いとは言い難い。加えて医療魔法ではこれ以上治せないときた。
(僕には両足がない。だからこそ、僕が英雄になるには、片割れが僕の分をカバーすることが必要だったのに……)
クラウンはデュオとして名を上げ、英雄になることを夢みる。しかし「訳あり」同士のデュオが名を上げた前例はない。だからこそ、カイルの現状を受け止めきれずにいる。
英雄になりたい理由があった。どうにかして名を上げて成し遂げたいことがあった。強さを重視するこの国「ディスガイア」で、力を認められる必要があった。弱者のままでは夢を叶えられない。
『片割れだけに頼らず、あなた自身が力をつけなさい。これは神様があなたに与えてくださった試練です』
先日司祭に言われた言葉は、片割れを頼って名を上げようとするクラウンの弱さを指摘していた。けれどクラウンは知っている。ディスガイアにおいて、弱者には居場所がないことを。弱者は強者に頼らずして生きられないのだと。
だからこそ片割れに期待した。けれどクラウンの片割れは、同じく「訳あり」のカイルだった。クラウンとは違い後天的に様々なものを失った方の「訳あり」。
「……だ。……そだ。こんなの……こんなの、嘘だ!」
気がつけばクラウンは声を張り上げて現実を拒絶していた。潤んだ青い瞳が赤い瞳を睨みつけている。次の瞬間、器用に車椅子を操って方向転換し、教会から出ていってしまった。
カイルは何が起きたのかを理解出来ず、オロオロと司祭の目と教会入口を交互に見るばかり。司祭はクラウンの行動に思わず大きなため息をついてしまう。柱時計が知らせる午前十時の鐘の音がやけに虚しく響いた。
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