3 与えられた名前③

 クラウンが去ってからまだそんなに時間は経っていない。だが、クラウンは再び教会にやってきた。教会の一階――礼拝堂にあるステンドグラスの前で、食い入るようにその絵を眺めていた。

 ステンドグラスに描かれているのは、二人の男性の姿。それは二人の男性が共闘している様子を描いたものだった。よく見るとその背景には正円の中に複雑な模様の描かれた魔方陣がある。だがそのステンドグラスの意味は、この国に伝わる神話を知らなければわからないだろう。


 クラウン達の生きる国「ディスガイア」。そこには強い者、勇敢な者を好む風潮がある。そのきっかけとなったのがこのステンドグラスの絵である。

 ステンドグラスに描かれた二人の目には色がついていた。一人は赤い目、もう一人は青い目。そして二人の後ろに描かれた魔法陣。それは、司祭の昔話に出てくる赤い目と青い目の関係に繋がるもの。

 このステンドグラスは、かつて建国に貢献したとされる二人組の魔法使いを描いたものだった。彼らはたった二人で敵国の大軍を蹴散らし、ディスガイアを勝利に導いたとされる英雄なのだ。これはディスガイアに伝わる有名な逸話であり、「英雄伝説」とも呼ばれる。


「もし僕に足があったら、何もかも違ったのか?」


 クラウンが突如発した悲しそうな響きを持つ声に、司祭は動きを止めた。見ればクラウンは膝から下のないジャガイモのような形の足を手でさすっている。


 司祭の存在に気づいた訳では無い。教会の礼拝堂に、今は自分以外の誰もいない。そう思ったが故に発した独り言だ。だがその独り言が、クラウンの心を強く反映している。

 「クラウン」という名は「王冠」「王室」などを意味する。様々な事情を持つ孤児の集まる養護院では滅多なことでは付けられない名前である。そしてその名前の由来もまた、クラウンを苦しめる。


「足があったら、棄てられなかった。足があれば、僕は――あの場所にいられたんだ」


 クラウンはある程度大きくなってからこの養護院にやってきた。養護院に来る前の記憶もはっきりと残っており、親族がどのような人間かも知っている。そんなクラウンはあることがきっかけで、この養護院で暮らすこととなった。


 両足がなく車椅子で生活するクラウン。彼は生まれてすぐではなく、ある程度経ってからこの養護院へと連れられてきた。すぐには殺さず、養護院の門前に置き去りにするわけでもない。クラウンの親族は、わざわざ養護院側に事情を説明してからクラウンを預けたのだ。

 足がないことを理由に家にいることを許されなかった、棄てられた。クラウンはそう思い込んでいるが実際は違う。本人は真相を知らず、司祭もまた必要最低限しか知らない。全てを知るにはクラウン自身が強くなるしかない。



 クラウンが苦しむのをこれ以上見ていられなくて。司祭はステンドグラスを眺め続けるクラウンの元に近付く。足音でそれを察したクラウンが顔だけ後ろを向いた。綺麗な青い瞳が司祭を見つめる。

 だがその眼差しは決して純粋な感情を映してはいなかった。普通の六歳児であれば単純な喜怒哀楽と、少しの複雑な感情を見せるくらいだろう。でもクラウンの見せる感情はそんな年相応のものではない。

 その青い瞳の奥に見え隠れするのははげしい。その目からは日々の出来事を楽しむ様子を感じられない。普通の六歳児が過ごすはずの穏やかで平和な日々からは程遠い、そんな少年がクラウンだった。


「クラウン?」

「ねぇ、司祭様。僕は、見返したい。英雄になって、僕を棄てた人達を見返したいんだ」


 英雄に憧れるのはクラウンだけではない。赤い目か青い目を持つ子供達は皆、夢を見る。英雄伝説に続けと、歴史に名を刻もうと。そしてその為に願う。同じ真名を持つパートナーに出会いたいと。


「僕は英雄になりたい。赤い目の片割れと、一緒に戦いたい。強くなって、名を上げて、そして見下していた奴らを見返してやる。片割れが見つからなきゃ意味無いけど」


 通常、生まれたばかりの赤子はまず目の色を確認される。もし赤か青の目なら、黒い目を持つ修道士に真名を見てもらう。そして、同じ真名を持つ者と引き合わせてもらうのだ。だがそれは過酷な運命の始まりでもある。

 同じ真名を持つ赤い目と青い目が揃うと、その二人は国に登録される。八歳になると強制的に国の運営する学校で勉強させられる。十六歳になれば強制的に国の運営する軍隊に入隊させられる。そこに「拒否権」は

 軍隊に入れば、国のために命を捧げることになる。魔法の力を行使して戦うことになる。それは、自らが死ぬか相方が死ぬまで強制される。これが赤い目と青い目を持つ者達の宿命である。


 両足こそ持たないクラウンだが、英雄候補の証である青い目を持っている。だからこそ、彼は諦めていない。英雄として名を挙げれば人に馬鹿にされないと夢見ている。だが彼はまだ知らない。同じ真名を持つ赤い目が誰なのかを。

 そして彼は一つ、忘れていることがある。何かしら問題を抱えているのはクラウンだけではない。自らの片割れも問題を抱えている可能性がある。そのことを、彼は考えていない。


「クラウン。あなたは、片割れがどんな人であっても認められますか?」

「それ、どういう意味?」

「あなただけが問題を抱えていると思いますか? もしかしたら――」

「言うな! 言うなよっ! 夢くらい……見させてよ、司祭様」


 司祭の言葉に、クラウンが涙声で反抗する。相方が問題を抱えている可能性を捨てたわけではない。でも考えたくなかった、想像したくなかった、夢を見ていたかった。なぜなら――。


「片割れまで何か欠けていたら、名を上げられない。そんなの、前例がない。だって、だって……」

「名を上げるより先に死んでしまうから、ですか?」


 クラウンの言葉の続きを引き取ったのは司祭だった。


 赤い目と青い目のデュオには国のために命を捧げることが強制される。手足や目の機能が欠けた者、意思疎通の出来ない者、などは真っ先に戦いの犠牲となる。名を上げるどころか生き残ることすら難しいとされているのである。

 故にクラウンやカイルのように欠点のある者と組むことになった相方は、高確率で片割れを片割れと認めない。弱いならせめて犠牲になって貢献しろと、自らの囮に片割れを使うケースが多い。強者を好む風潮があるこの国では、それは罪に


「前例がないなら、あなたがなればいい」

「何言って――」

「クラウン。あなたの夢はなんですか?」


 司祭の問いかけにクラウンは言葉が詰まる。爪が皮膚に食いこんで血が滲む程に強く拳を握った。絶望を映し出す青い瞳が司祭の黒い瞳を見上げている。


「もう一度あの場所に戻りたい。あの場所にいられるだけの力と評価が欲しい。そのためには……英雄になって見返すしかない!」

「なら、片割れだけに頼らず、あなた自身が力をつけなさい。これは神様があなたに与えてくださった試練です。乗り越えればきっと――」

「報われる? 馬鹿だろ。この世は常に強者と弱者しかいない。みんな強者を欲しがる。どんな存在でも、代わりが出来れば弱者を見放すんだ。この国はいつもそうだった」

「では、諦めますか?」

「諦めない。たとえ王冠クラウンを手にできなくてもいい。英雄として名を上げ、あの場所に戻る。……片割れがどんな奴でも、な」


 クラウンの言葉に司祭は優しく微笑む。その笑みの裏に隠された現実を知らぬまま、ステンドグラス越しに見える空は明るさを失っていった。もうすぐ夜が来る。

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