41.5話 手土産を持って






 ミレーヌは天井を見つめて独白を始める。


「あーあ、私の三年間は一体何だったのだ…。信じていた者達に裏切られ、やりたくない総督の仕事をさせられて……、五月蝿い秘書の小言を聞かされて……。ああ、三年前からやり直して可愛いミリアちゃんの相手だけをしていたい……。三年前の11歳のきゃわわなミリアちゃんに会いたい。あっ! でも、今のミリアちゃんも負けず劣らず可愛い! ヤバイ、どっちのミリアちゃんも可愛くて選べない!!」


 彼女が訳のわからない独白をしていると、クリスがミレーヌの前に立って頭を下げてこう訴えた。


「今回の失態は全て私の責任です。罰は私一人が全て背負いますので、どうかそれでご容赦を!」


 それを聞いたスギハラがクリスの横に立つと、同じく頭を下げてこう訴える。


「クランが起こした問題なら、それは団長である俺の責任です! ミレーヌ様どうか罰は俺だけでお願いします」


「今回は私の落ち度です、団長の命令を無視して戦った私の完全なる失態です……。だから団長が責任を負う必要はありません!」


「普段から団長だって言ってふんぞり返っているのに、部下が失敗したら責任を取らないなんて、それじゃあ俺があまりにも器量がないというものだろう」


「ですが、”月影”はアナタが居てこそなんです! だから―」


 クリスとスギハラは、互いに責任は自分だと相手を庇いあう。

 その様子を黙って見ていたミレーヌは、二人にこう切り出す。

「私は別に今回は君達に罰を与える気はない。今回は大事に至らなかったからな。だが、君達に命よりも大事な物があるように、私にもあるということを覚えていて欲しい」


「はい、これからは気をつけます」


 スギハラとクリスはミレーヌにそう答えた。


 カシードがホッと胸を撫で下ろしていると、アフラがこのような事を言ってくる。


「すみません、ハゲ先輩! ドーナツ全部食べちゃいました!」

「別に構わんよ、あと、ハゲじゃなくてスキンヘッドな!」


 アフラのこの脳天気な発言に、カシードは”空気を読め!”と思いながら彼女を許す。


「あの……もう、よろしいでしょうか……?」


 その様子を怖くて部屋の外から見ていた紫音が、入口から様子を伺いながら部屋の中へ声を掛けてきた。


「ああ、もう構わないよ」


 いつもの表情に戻ったミレーヌが紫音にそう答える。


「クリスさん、これお借りしていたコートとお礼のケーキです」

「礼はいいって言ったのに……。ありがたく頂いておくわ」


 紫音はコートとケーキをクリスに手渡した。

 ミレーヌは話題を代えるとスギハラとクリスに、このような事を依頼する。


「ところで、このシオン君達のPTが三日後の要塞防衛戦に参加するのだが、彼女たちのPTには盾役がいない。君達ベテラン冒険者なら盾役の重要性は理解していると思う。そこで、君達のクランから優秀な盾役を1人、助っ人として派遣してくれないか?」


 ミレーヌの申し出にスギハラは、適任の人物を紹介した。


「では、カシードを派遣しましょう。アイツはああ見えても、うちでも1番の盾役です。自身を持ってその役目を果たすと断言します」


(あの人盾役だったんだ。てっきり両手持ちの大型武器を持って、ヒャッハーってしている人だと思っていた……)


 紫音は”人は見た目で判断してはいけない”と反省する。

 するとミレーヌが、紫音が思ったことをそのまま彼らに尋ねた。


「彼は盾役だったのか? 私はてっきり大型武器を持ってヒャッハーな感じに思っていたのだが」


「ええ、以前はそうだったんですが、盾役は成り手が少なくて…。そこでこのクランを立ち上げた時に、彼にコンバートして貰ったんです」


 クリスがミレーヌに説明する。


「だがいいのかい、そんな優秀な盾役を派遣して? 君達の作戦行動に支障をきたすのではないのか?」


 ミレーヌの質問に、クリスが続けて答えた。


「我々には、まだ人員がいるので大丈夫です」


「そうか、なら遠慮なく彼を借り受けよう。頼むぞ、カシード君!」

「大船に乗ったつもりで、自分に任せてくださいミレーヌ様」


 カシードのその発言にクリスが釘を刺す。


「解っていると思うけど、アナタはたまに下ネタを言うことがあるわ。彼女のPTは小さい子も居るのだから、くれぐれも気をつけるように!」


「わかっていますよ、副団長。自分はこう見えても空気はちゃんと読めるので」

「それならいいけど……」


「言ったらアイアンクローだからな、スキンヘッド」

 ミレーヌは笑顔でそうサラリと言った。


「はい、肝に銘じておきます…」


 カシードが身の危険を感じて即答する。


「カシード。調子のいいことを言って、当日に伝染症の高熱風邪に罹って、出られませんってなるなよ!」


 スギハラが空気を変えようとそのような冗談を言うと、カシードは自信満々でこう答えた。。


「大丈夫ですよ、スギハラさん。俺は今までのは人生で伝染症の高熱風邪に一度も罹ったことないですから。罹ってもただの風邪だけですよ」


「そうか、なら大丈夫だな、ハハハハ…」


 スギハラがそう言うと、ミレーヌも笑顔でこう言った。


「もし、そうなってミリアちゃんの大事な要塞防衛戦に穴開けたら、このクラン施設を”最高位魔法”で、跡形が無くなるまで吹っ飛ばすからな!   ……なんてな、ハハハハ!」


 ミレーヌは、冗談か本気か解らないことを言った後に笑い始める。


「「「「はははは……」」」」


 一同は一緒になって笑うしかなかったが、その笑いは乾いていた。


 こうして、“月影”の施設を後にして行政府に向かう途中馬車の中で、紫音はミレーヌに質問した。


「来る前におっしゃっていた、クッションを置くというのはさっきの盾役を派遣してもらうことですか?」


「察しが良いな、シオン君。そのとおりだ、優秀な盾役がいれば魔物の注意はそちらに向いて、その分他の者が安全になるからな」


 ミレーヌは紫音にそう答えたが、少し心配になってこのように考える。


(念の為、もう一枚用意しておくか……)


 彼女は馬車の窓から、外を見ながらそう思案していた。

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