41話  手土産を持って







 紫音とミレーヌ、眠っているエルフィを乗せた馬車は洋菓子屋の前に停まった。


「シオン君、少し待っていてくれ。手土産を買ってくるから」


(よかった、殴り込みじゃなかったんだ。そうだよね、ミレーヌ様みたいな肩書の偉い人が、姪が泣かされそうになったからって、そんな事をするわけないよね……)


 ミレーヌの言葉を聞いた紫音は、”ホッ”と安堵する。

 てっきり彼女が可愛いミリアちゃんを虐めた”月影”(主にソフィー)に、殴り込みに行くと思っていたからだ。


 だが、手土産を持っていくということは、そういうことでは無いようだ。


「待ってください、私もコートを借りたお礼に何か買っていきます」


 紫音はミレーヌを追って馬車から降りると、一緒にケーキ屋に入りケーキを五つほど買うと馬車に戻ってきた。


「では、行こうか」


 再び馬車は動き出し、クラン”月影”の本拠地に向かう。

 クランの本拠地は大きな施設のため、街の居住区ではなく郊外にある。


 これは、”月影”の本拠地だけではない。

 馬車の中で紫音は、ミレーヌに昨日からの疑問を投げかけた。


「ミレーヌ様はミリアちゃんの要塞防衛戦には、絶対反対を貫くと思っていました」


「そうだな、正直今も反対ではある。だが、ミリアちゃんが冒険者を続けるなら、危険な戦いは避けられない。なら、今回のことはいい機会かもしれないと思ってね……。それに、昔から言うではないか、“可愛い子には、旅をさせろ”や、“マンティコアは子供を谷に落として、戻ってきたものだけ育てる”と……」


(最後の諺は聞いたこと無いけど、つまり敢えて厳しくして試練を与えるということかな? ミレーヌ様も厳しい時は厳しいみたい…)


 ミレーヌの決意ともいうべき言葉を聞いた紫音は心の中で感心する。


「ただ私はマンティコアじゃないから、谷の下にクッションを置いてミリアちゃんが落ちても大丈夫なようにするけどな!」


 だが、彼女は親指を立てて、キリッという表情でそう言い放った!


(あっ、やっぱり大甘なのか……。すると、あの手土産は”月影“の人に、そのクッション役になって貰うためなのかな?)


 紫音はそのように推察してみる。

 しばらく馬車に揺られていると、馬車は”月影”の本拠地に到着した。


「着いたな。さあ、行こうか」


 ミレーヌは手土産を片手に、紫音は手土産とコートを両手で持って馬車を降りる。

“月影”の本拠地施設に入ると、団員の1人が近づいてきて用件を訪ねてきたので、ミレーヌは毅然とした態度で答えた。


「スギハラに会いに来た。彼は団長室かね?」

「はっ……、はい! そうであります!」


 団員はミレーヌ相手に緊張しているようだ。


「では、勝手に会いに行くから、君は作業を続けたまえ」


 ミレーヌの話しを聞いた団員は、「はっ!」と返事をすると慌てて作業に戻っていった。


「では、団長室に行こうか」


 ミレーヌは、勝手知ったる様子で団長室に向かって歩いていく。

 どうやら、何回かここへは着ているようだった。


 団長室と書かれた扉の前に立つと、ミレーヌは深呼吸を一回する。


「オラァ! スギハラはいるか!!!」


 そして、その言葉とともに扉を勢いよく蹴ると、扉は大きな音と共に勢いよく派手に開いた!


(えええーーーーー!!)


 紫音は突然のミレーヌの暴挙に驚く。


「えっ!? なっ何!?」


 部屋の中にいたスギハラも、突然の出来事にさすがに驚いている。

 団長室には、要塞防衛戦の打ち合わせをしていたスギハラ、クリス、カシード、ソフィー、アフラがいて、一同も突然の出来事に虚を突かれ驚いていた。


「何の……御用でしょうか、ミレーヌ様?」


 何とかいち早く冷静になったクリスが、ミレーヌに近づいてきて用向きを伺う。


「何の用だと!? お前達が私との約束を破ったから、ここに来ているんだろうが!」


 ミレーヌは怒りの表情でクリスの問いに答えた。


「約束を破ったとは……一体、どういう事ですか?」


 スギハラは全く覚えがないといった感じでミレーヌに質問する。

 そのスギハラにミレーヌは、態とらしく大きくため息をついた後に説明を始めた。


「忘れたのか!? 三年前の約束を! お前がこのクランを立ち上げる時に、私の所に資金の援助を頼みに来た時に約束しただろうが! 援助する代わりに将来、私の可愛い姪のミリアちゃんが敵対クランにいた時は、ミリアちゃんにだけは手を出さないと!」


「はい、そう約束しましたが…。約束通り手は出していませんよ?」


 スギハラの弁解を聞いたミレーヌは、更に怒りを増してこう言い放つ。


「だったら! 何でこのツンデレツインテールに、ミリアちゃんが二回も泣かされそうになってんだ!?」


 そして、ミレーヌは件のソフィーの頭をアイアンクローで掴む。


「いたたたたたっ!」


 さすがのソフィーも、まさかいきなりアイナックローをされるとは思っていなかったので、回避できずにその鉄の爪の獲物となってしまう。


「いや、本当に知りませんよ!?」


 スギハラは昨日遠くから見ていたので、大きめの帽子を被って顔が見えづらかったミリアを認識していなかった。


「何をしらばくれているんだ! 居ただろうが一昨日と昨日、シオン君と一緒に!」


 そこまで、怒り狂っていたミレーヌではあったが


「私より少し薄い青い髪の色で、髪は少しカールしていて~、大人しそうだけど聡明な感じのする、すごく可愛らしい表情の大きな帽子を被った魔法使いの少女が~」


 一転してデレデレの表情になって可愛い姪の説明をする。


「「「「あの子かーーーー!!!!」」」」


 スギハラ、クリス、カシード、ソフィーは、その説明で一瞬にして頭にミリアの顔が思い浮かんだ。


「まあ聞いた話によるとカシード君とアフラ君は、ミリアちゃんを助けてくれたそうだからその礼をしよう。これはその御礼のドーナツだ」


 ミレーヌは右手にソフィーを掴んだまま、左手でドーナツの入った箱をカシードに渡す。


「あ、ありがとうございます…」

「ドーナツ!!」


 カシードがドーナツを受け取ると、アフラがそう言いながらカシードに近寄ってきたので、彼は状況がそれどころではなかったので彼女にそのままドーナツの入った箱を渡した。


「まあ、君も後で謝ったみたいだからこれで許してやろう」


 ミレーヌは涙目のソフィーを開放する。

 アフラがドーナツを頬張りながら、黙ってドーナツを1つ差し出すとソフィーは、まだ少し涙目のまま受け取ったドーナツを口にした。

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