260話 オーガ侵攻軍、到着



 ユーウェインによる戦う者達への鼓舞が始まる。


「今日この場にいる、勇敢なる兵士と多勢の有志の冒険者諸君! 共に命をかけて戦うことに感謝する。この戦いにはこの国の……いや、人類の未来が懸かっている! 今回アリシア様が後方から我らの戦いを見守ってくださる事になった」


 一同は四騎将の側に凛と佇むアリシアに目がいく。


「よって、我らはアリシア様に、無様な戦いを見せる訳にはいかない。だが、無理な戦いをしろと言っているわけではない。各々が全力を尽くせば、おのずと勇姿を見せる事ができるであろう。だが、オーガは強敵で苦しい戦いになる。だから、敢えて言うおう”死ぬな”と!」


 ユーウェインの激励が終わると、いつもの通りそこに居る者たちは、これから行われるオーガとの激戦に挑むために自らを奮い立たせる雄叫びを上げる!


 ―が、紫音は相変わらず小さな声で「おー!」と鬨の声をあげた。

 紫音達が要塞の外に向かおうとするとアリシアが声を掛けに来る。


「シオン様、みなさん。ご武運を…」


 紫音達はその言葉に対して、頷きで答えると緊張感を漂わせながら、それぞれの持ち場に向かう。


 アリシアが緊張した表情で城壁の上に登ると、ゴーレムを造り出しているアキの姿を見つけて彼女に近寄る。


「いでよ、ロックゴーレム!」


 アキがそう言いながら、魔力を込めたエメトロッドを天に掲げると、城壁の下にある魔法陣からロックゴーレムが出現した。


 出現したロックゴーレムは、アキの趣味によって全身は丸みを帯びており、可愛い丸い目が二つと何故か猫耳も付いている。


 その姿は見た者達が”かわいい”と評して、少し和んでしまう姿をしている。


「アキさんの造ったゴーレム、かわいいですね」


 アリシアがそう言いながら、アキに近づいてくる。


「ありがとう、アリシア様。やっぱり、見た目はかわいいほうがいいですからね」


 アキは満足そうに自分の造ったロックゴーレムを見ながら、アリシアにそう答えると索敵係が遠くに見えるオーガ軍の姿を発見して要塞中に知らせる。


「遂に来たか。各員戦闘配置!」


 その報告を受けたユーウェインは、堀の近くで配置に付いている冒険者達に号令を出す。


 今回の堀の縁出口を担当するのは、右端からエスリン、タイロン、ユーウェイン、スギハラ、レイチェルとなってなり、紫音、ソフィー、アフラは遊軍として、少し離れたところで、戦況を窺っていた。


 オーガは別名“鬼人”と呼ばれる種族で、その呼び名の通り鬼のような屈強な巨軀で、頭からは数本の角が生えている。


 大きさは2メートルから4メートルぐらいで、パワーとスピードの両方を兼ね備えた強敵であった。


 紫音は瞑想を始める事にする、自分の性格上オーガが近くに来てからでは、心が落ち着かずに、<無我の境地>に至れないとわかっているからである。


 彼女はソフィーとアフラに頼んで、自分の前に立って盾になって貰うと、目を瞑り自分の胸の前で左右の手を組み、人差し指を立てて合わせる<普賢三摩耶印>を結ぶと、瞑想に入る。


 信頼できる二人が盾になってくれているので、紫音は安心して心を落ち着かせる事ができて、<無念無想>に到達して<無我の境地>に至ることができた。


「ソフィーちゃん、アフラちゃん、ありがとう。もう、大丈夫だよ」


 二人が紫音の声を聞いて、振り返って後ろにいる紫音を見ると、彼女の顔からは緊張が消えて、冷静な表情をしている。


 更に纏う雰囲気が、今までと違って穏やかではあるが力強さを感じた。


「ふぇ~、シオンさんいつもと何か雰囲気が違うね」


 アフラは彼女から感じ取ったことをそのまま口にする。


(これが、あのダメダメなシオン先輩なの!?)


 ソフィーは紫音の変化に、驚きと共に少し戸惑ってしまう。


「シオン先輩。これが、修行の成果なの?」

「そう、これが修行で得た<無念無想>だよ」


 いつもならドヤ顔で答える紫音が、穏やかな悟りを得たような表情でそう答える。


(これなら、今回の戦いは期待できそうね)


 近くで紫音の様子を見に来ていたクリスは、彼女の雰囲気を見てそう感じ取ると黙って自分の持ち場に戻ることにした。


 オーガ軍は要塞の空堀の手前500メートルに到着すると、行軍を止めて四天王二人の号令を受けて隊列を組み始める。


 そして、上空からグリフォンに乗ったリーベ(真悠子)とサタナエル(エマ)が、四天王の側に飛び降りた。


 <今回はあの二人だけか?>


 スギハラが少し離れた持ち場から、ユーウェインの女神の栞にそう連絡してくると、彼はこう返信する。


 <油断は禁物だぞ。やつらなら、残り二人を伏兵として、どこかに伏せている可能性はあるからな>


 ユーウェインは、スギハラにそう返信を返したが、本心では戦いにくい幼いケルベロス(クロエ)とヘラ(アンネ)がこのまま出てこないことを願い、多くの者達も同じ考えからそう願っていた。


 その頃、その二人はアルトンの街にある魔王軍秘密の隠れ家で、魔王の命令で待機しておりクロエは少し複雑な心境でいる。


 それは彼女の心の中で、家族同然の真悠子やエマと一緒に戦いたいという気持ちと、友達になったリズやミリアと戦わずに済んだという安堵の気持ちとがせめぎ合い、葛藤していたからであった。


「ヒマなの~」


 そんなクロエと違って、幼いアンネは暇を持て余し、オコジョのぬいぐるみを抱えてソファーに座り、足を前後に振りながらそう呟く。


 暇そうにしているアンネに、魔王はこのような提案をする。


「そうね、おままごとでもしましょうか」


 魔王が”ままごと”の提案をしたのは、ヒマを持て余したままにしておくと、二人が戦場に行ってしまうかもと考えたからであった。


「うわ~い、おままごとするの~。アンネがお母さん役で~魔王様がお父さん役~、クロエお姉ちゃんは子供役なの~。フェンリルは、飼っている犬役をするの~」


「わん!」


 フェンリルはかわいい尻尾を振りながら、嬉しそうに鳴く。


「フェンリル、それでいいの!? 狼なのに犬役をするんだよ? 嬉しそうに鳴いて、オマエには狼のプライドがないの!?」


「わん!」


 クロエのツッコミを理解していないのか、フェンリルは先程と同じようにかわいい尻尾を振りながら、彼女に向かって嬉しそうに鳴いた。



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