255話 因果応報



 紫音とアキはお互い世話になって、信頼し敬愛する人を疑ってくる相手に対して、不愉快な気持ちになって怒りを露わにして言い争いを続ける。


「とにかくミレーヌ様は怪しい!」

「ミレーヌ様が怪しいなら、フィオナ様だって怪しい!」


「あのポンコツフィオナ様に、怪しいことができるわけない! そんな事がわからないから、紫音ちゃんはヒンヌーポニーなんだよ!」


「残念でした~! 今は眠る前だからポニーテールじゃないです~! だから、ヒンヌーポニーじゃないから!!」


 紫音は、ポニーテールと一緒にヒンヌーでないことも否定するが、アキがその事を見逃すわけもなくツッコミをいれる


「じゃあ、今はポンコツヒンヌーだね!」


「ヒドい! ポンコツとヒンヌーという悪口を二つも言った! もう、許さないからね!!」


 ミレーヌを怪しまれた事と自分への悪口を言われた紫音は、床の上に敷かれたカーペットに座るアキに掴みかかった。


 紫音の部屋は扉を少し進んだ先にカーペットを敷いており、そこからは土足厳禁で座布団代わりの薄いクッションを置いて、背の低いテーブルを配置している。


 本当は畳を敷きたかったが、この世界では入手しにくいので、カーペットで妥協している。

 その薄いクッションの上に座るアキに掴みかかった紫音であったが、特にその後のプランはなく取り敢えずアキの両腕を掴んで抵抗できないようにしてみる。


 アキは紫音に掴まれた両腕から彼女の腕を振りほどこうとするが、基本インドア派のアキには、体育会系の鍛えている紫音に敵うはずもなく振りほどけないでいた。


 それに気付いた紫音は、今まで言い合いで勝てたことがなかった自分が、初めてアキに腕力とはいえマウントを取れている事に気付いて、何故かテンションが上ってくる。


「ふふふ、どう? アキちゃん。力なら私の方が上だよ!」

「この体育会系~!」


 そして、紫音は遂にアキを床に押し倒して、掴んでいる彼女の腕を床に押さえつけて、抵抗できないようにする。


 アキを押し倒した時に、どちらかの体が近くにあった背の低いテーブルにぶつかり、その衝撃でテーブルは少し浮いて大きな音を立てるが直ぐに床に着地した。


 自分によって床に押さえつけてられて、身動きが取れないアキを見た紫音は初めて勝利を確信する。


「私、初めてアキちゃんに勝っている!」

「紫音ちゃんのクセに~!」


 アキは紫音の抑え込みに必死に抵抗しているために、苦しそうにそう呟く。


「ちょっと、アナタ達五月蝿いわよ! 前の部屋まで聞こえてきているのだけど!?」


 ソフィーがノックもなしに扉を勢いよく開けて、怒気を込めた声でそう言いながら入ってくる。


 最初に二人の言い合いに文句を言いに来たのが、隣の部屋のアリシアやエレナでないのには理由がある。


 もちろんアリシアは壁にコップをつけて、盗聴して様子を窺っていた。


 会話の内容から何度も部屋に乱入しようとだが、相手がアキである以上下手なタイミングでそれを行えば、盗聴していたことを紫音の前で見抜かれてしまう恐れがあったために、出遅れてしまったのである。


 エレナはアキの新刊BL漫画に夢中で、”アレ今なにか音がしたかしら?”ぐらいの反応であった。


(えっ!? えっ!? 二人ってこんな関係だったの!?)


 部屋に乗り込んできたソフィーはこう考えながら、紫音がアキに馬乗りになって床に押し倒している姿を見て一瞬フリーズする。


 ソフィーは二人から目線を反らせると、顔を真赤にさせながらこう二人に話かけた。


「ごっ、ごめんなさい…。邪魔しちゃったわね…」

「誤解だから! 違うから! 私達はそんな関係じゃないから!!」


 紫音は押さえていたアキの両腕を放して、ソフィーの誤解を解き始める。


「一体お二人は、どんな事になっているのですか!?」


 すると、ソフィーの後ろからアリシアが隣の部屋から慌ててやってきて、彼女の後ろから部屋の様子を確認しようとするが、ソフィーが入り口近くで立っているために、中を確認する事ができない。


「ソフィーさん、どいてください!」

「えっ!? えっ!?」


 アリシアは紫音とアキの様子が気になりすぎて、早く部屋の中の確認をと焦る余りに、ソフィーを押しのけるために力いっぱいツンデレ少女を押してしまう。


「ソフィーちゃん!? こっち来ないで!」

「そんなこと言ったって! うっ、うわ~!?」


 不意に後ろから押されたソフィーは、前に倒れそうになるのを2~3歩前に歩きながら耐えようとするが体勢を立て直すことが出来ずに、アキの上に馬乗りの状態でいる紫音に横からぶつかってしまう。


 紫音はソフィーとぶつかった衝撃で、アキの横に仰向けで倒れる形となり、ソフィーがそのままうつ伏せで覆いかぶさる形になる。

 アキと紫音はソフィーの下敷きになり、上から見ると紫音とアキが横線にソフィーが縦線に相当する所謂『キ』の形に近くなる。


「「イタタタ…」」


 紫音とソフィーは重なった状態で、お互い衝突の痛みの言葉を発した。


「あ~れ~、私も体勢が~」


 だが、そこにアリシアも体制を崩した感じの“テイ”でヨロヨロとしながら近寄ってくる。

 そして、三人が床に折り重なった状態の所に、アリシアも勢いよく倒れ込んできた。


「「「うぐっ!」」」


 アリシアが倒れ込んできた衝撃で、下敷きの三人は苦しみの声をあげる。

 もちろん、狙って倒れ込んだアリシアの顔が、仰向けの紫音の顔の上にあることは、言うまでもない。


「シオン様のお顔がこんなに近くに///」

「アリシア! これを狙って、ワザと倒れ込んできたよね!?」


 顔を近付けて、頬を赤らめるアリシアに紫音のツッコミがすぐさま入る。


「そんなことありませんわ… これは不幸な事故なのです…」


 そう言って、更に顔を近付けてくるアリシアの顔を紫音は、何とかソフィーの下敷きにならなかった両手で防ごうとするが、アリシアもすぐさま両手を出してきて手を掴み合う形になり、手を絡み合って押し合うような力比べになってしまう。


 だが、力ではアリシアの方が上であり、更に下にいるために不利な紫音は、あっさりそのまま床に両腕を押さえつけられて、身動きが取れなくなってしまう。


 先程までアキにしていた事が、今度は自分が同じ目に遭うことになった紫音の頭には、『因果応報』という言葉がよぎっていた。





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