208話 ゴッドレッグ



「先程から本拠点の城壁に人影を1つ、飛び降りる人影を1つ確認。飛び降りた者はこちらに来ます!」


 本拠点を監視していた偵察兵から、MPを回復させていたエスリンに報告が入る。


「ついに、”三義姉妹“が出てきたわね、引き続き監視を続けて。」


 報告を受けたエスリンは、監視役に引き続き任務を遂行するように指示し、伝令に命令を出す。


「リディア先輩とエドガー先輩に報告。戦闘中のユーウェイン隊長には、交代の時に報告して」


 そして、エスリンは少し離れた場所で同じく回復している紫音に、降りた三義姉妹の迎撃を依頼しに行く。


 その頃クロエは、アキのゴーレムが更地にした逆茂木と乱杭の設置されていた場所を通り抜け本拠点から向かって、時計回りに回り込んでいた。

 すると目の前に、大手クラン”鷲の爪”が布陣しているのが見えてくる。


「団長、ケルベロスがこちらに向かってきています!」


 当然”鷲の爪”も接近しているクロエのことは偵察職によって補足しており、部下から報告を受けた団長のロジャー・バロウズがすぐさま指示を飛ばす。


「予定通り、遠距離職は全力で攻撃して、近づけさせるな! やつは遠距離攻撃を持っていないから、近づけさせなければ勝機は十分あるぞ!」


 前回のクロエの戦いの様子を聞いていたバロウズは、クロエが近接型だと判断し事前に遠距離から削る作戦を考えていた。


 接近してくるクロエに対して、”鷲の爪”の弓を扱える者は、総出で矢を雨のように降らせる。


 前方から大量の矢が飛んでくる光景を見たクロエは、慌ててその場に止まると左右の手に装着した犬型グローブ”ケロちゃん””ベロちゃん”に魔力を込めて、矢が飛んでくる方に突き出す。


「ケルベロスバリア!!」


 そして、このように称するマジックシールドを発動させる。

 クロエのマジックシールドに無数の矢が降り注ぎ、まだ14歳のクロエは矢の雨に怯えていると思われた。


「持ってくれよ! 私の両腕!!」


 だが、案外そうでもなそうである。

 むしろ怯えていたのは、駄目なお姉さんであった。


「いやいや、無理ですって。あんな沢山の矢が降り注ぐ場所に行くなんて!」


 紫音はエスリンに、クロエことケルベロスの迎撃を頼まれたが、降り注ぐ矢の雨の中に突っ込むことも出来ずに、遠くから成り行きを見守ることしか出来ないでいる。


 クロエは少し進んでは、矢の雨をマジックシールドで防御を繰り返していたために、余り前に進めずにいた。


(アンネ…、早く援護を……)


 彼女がマジックシールドで攻撃を耐えながら、アンネの援護を待っていると”鷲の爪”の弓部隊が配置されている側面に向かって、何かが猛スピードで突進してくる。


「何だ、アレは?!」


 ”鷲の爪”のメンバーが、それに気づき声を上げた。


 それは、アンネのお友達の一体である『ヘラジカの縫いぐるみ エイクスュルニル』であった。

 アンネはまだ幼いので、エイクスュルニルとフルネームでは呼びづらいので、エイクと呼んでおり、エイクはご主人様の命令で「ムモ~」と鳴きながら、クロエより更に大外回りで人間達の側面に向かっていたために、時間がかかってしまった。


「盾役は側面に移動して、あの物体の攻撃から弓部隊を守れ!」


 団長のバロウズは、すぐさま指示を出すがエイクが近づいて来るにつれて、その指示が誤りであったことに気付く。


 エイクは縫いぐるみなのでその姿はデフォルメされており、頭身も低くその姿は愛らしい、大人しくしている姿を見ればきっと癒やされるであろう。


 だが、エイクはヘラジカである為にその体は大きく3メートル近くもあり、そのエイクが頭の大きな角を前面に出して、その短い足からは想像もつかない猛スピードで走って近づいてくれば、驚異の対象でしかない。


「散開! やつの進路上に居る者は、すぐに散開しろ!!」


 だが、すでにその命令は遅かった。

 ヘラジカは、その大きさに似合わず最高時速約72kmで走ることができ、エイクは既に直ぐ側までやってきていたからだ。


 逃げ切れないと悟った盾役の1人が少しでも時間を稼ぐべく、果敢にも盾を構えてその突進を受け止めようとするが、あっけなくその巨体に吹っ飛ばされてしまう。


 エイクは自分の進行方向にいる冒険者達を、次々とボーリングの玉に跳ね飛ばされるピンのように吹き飛ばしていく。


 エイクは”鷲の爪”のメンバーの中を駆け抜けると、「ムモ~!!」と鳴いてスピードを落とすと、すぐに両方の前足を右に向けて、後ろ両足を固定させると体は右に流れていく。


 そして、今度は両足を左に向けてカウンターを当てて、ドリフトの様に体を横滑りさせ、スピードを余り落とさずにUターンを成功させる。


「ドリフトだぁ! あのヘラジカちゃん足でドリフトしたよ! 四駆でドリフトなんてゴッドレッグだよ!」


 アキがその光景を見てツッコミを入れた。


「ドリフトって何よ!? 四駆って何よ!? ゴッドレッグって何なのよ!?」


 最近出番と突っ込みがなかったソフィーが、ここぞとばかりにマシンガンのような突っ込みを披露する。


 エルクはUターンで落ちた速度を加速させながら、再び”鷲の爪”の居る場所に突進した。

 ”鷲の爪”はエルクに対して矢を浴びせかけるが、『フェミニウムβ』で作られた大きな角にはほとんど効果がなく、突進を止めることも速度を鈍らせることも出来ない。


 ”鷲の爪”の弓使いがエルクの突進で戦闘不能になり、さらに残った者達が迎撃に回った為に、クロエに飛んでくる矢の数が大幅に減ったが、今度は接近を試みる彼女に魔法使い達のトラップ魔法が襲いかかることになる。


 トラップ魔法はその名の通り、事前にセットしておいた魔法陣の上を通り過ぎた者に反応して発動する魔法で、威力は小さいが足止めには有効な魔法であった。


 エルクや紫音、ソフィーのようにスピードの速い者には、発動する前に通り抜けられてしまう弱点はあるが、クロエのスピードでは通り抜けることは出来ずに、地雷原を進むがごとく

 慎重に進まなければならない。


 クロエが一歩踏み出すと、地面にトラップ魔法の魔法陣が発動する。


「やばい、やばい!!」


 そのため慌てて持ち前の反射神経で、バックステップし難を逃れるクロエ。

 そして、慎重にゆっくりと進んでいると、今度は足元に普通の攻撃魔法の魔法陣が現れる。


「うっ、うわ~!?」


 クロエは、再び抜群の反射神経で後ろに飛び退くと、眼の前に彼女が無効化出来ない風属性の大きな竜巻が出現して、クロエは肝を冷やす。


 その頃紫音達は……


「あのヘラジカちゃん、なんてすごいツッコミなんッスか!?」

「このバトル一体どっちが勝つのかしら!?」


「だが、あの大きなボディから来る足への負担で、後半はかなり足がタレてくるはずよ…。そこまで、もつれ込めばこのバトルどちらが勝つかわからなくなるわね……」


 アキの最後のセリフで、某走り屋漫画みたいになっていた。

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