177話 軍務大臣



 ユーウェインは騎士団長ウォルターズに、気になっていたことを確認することにした。


「ところで、オークの旗が今いくつか報告が来ていますか?」

「ああ、先程入った情報によると18本だそうだ」


「そうですか……、予定通りですね。これなら明日ルーチス閣下と会談して、明後日王都を出発しても、オーク侵攻に間に合います。まあ、最悪間に合わなかったとしても、スギハラに指揮を任せてきたので大丈夫ですがね」


「スギハラが騎士団に戻ったのか?」


 ウォルターズが期待した顔でユーウェインに尋ねると、彼は首を軽く横に振ると残念そうに答える。


「いえ、あくまで代理として指揮を任せてきただけです。戻ってくるように説得はしたのですが、”権力者の言いなりにしか動けない組織に属するのはゴメンだ“と再三に渡って断られました」


 ユーウェインは今回の自分の召喚命令の理由を聞いて、スギハラの言い分ももっともだなと思った。


 ウォルターズは、スギハラが復帰しないことを残念そうにしながら話をする。


「そうか……。彼が、騎士団に戻ってきてくれれば、心強いのだがな。今回の事で、戻ってくるのが、もっと嫌になったであろうな……」


 ユーウェインは沈黙でその意見に答える。


「まあ、とにかく今日は旅の疲れもあるだろうし、ゆっくり休んで明日のルーチス閣下との会談に備えてくれ」


「はっ!」


 こうして、ユーウェインはウォルターズとの話し合いを終えて、明日の会談に備えて早めに就寝することにした。


 翌日、ユーウェインはミゲルの馬車に乗り、行政府に向かうと軍務大臣ジョゼフ・ルーチスの部屋に通される。


 彼は部屋に入ると、中にいる70代くらいの恰幅の良い男性に敬礼しながら挨拶した。


「ユーウェイン・カムラード、召喚命令により参上いたしました」


 その男性は、ユーウェインの敬礼に返礼すると


「わざわざ遠い所からご苦労だったな、カムラード。まあ、楽にして掛けてくれ。」


 そう言って、部屋の中央にある応接用の豪華な机の前に置かれている高価なソファーに座ると、彼にも机を挟んだ対面に設置されているソファーに座るように促す。


「失礼します、ルーチス閣下」


 ユーウェインはやや緊張した感じで、返事をするとソファー腰を下ろす。

 このジョゼフ・ルーチスは60歳近くまで騎士団長を務めた程の歴戦の勇将であり、今でも軍の重鎮として現国王からの信頼も厚い人物である。


 ユーウェインが緊張しているのは、軍務大臣という肩書に対してでもあるが、彼が冒険者育成高等学校を卒業して、17歳で騎士団に入った当時の騎士団長でもあったからだ。

 そして、彼とスギハラはその才能を見込まれて、某口の悪い軍曹の如くきびしく鍛えられた為に少し苦手意識があった。


「オークが進行してくるこの忙しい時に、王都まで呼び出してすまんな」


「いえ、閣下が状況を理解してそれでも私をお呼びになったのは、それだけの理由があったと思っています」


 話はルーチスから始まり、ユーウェインはそれに言葉を返す。


「うむ。ワシも始めはこの時期に召喚など出来るかと、貴族共を一蹴したのだがな。やつらは、納得せずに召喚命令拒否に強硬に反対しおってな。そこでワシがルーク陛下に謁見してこの事を言上したら、陛下は君の指揮に問題なしと仰られてな、それで方が付いたと持ったのだが……」


 ユーウェインは黙ったままルーチスの話を聞いている。


「奴らめ、今度は財務部に手を回しおってな。本拠点侵攻作戦の追加予算を承認せぬと言ってきおった。その理由が“指揮能力に疑問の残る指揮官に予算を回しても、国民の血税が無駄になるかもしれない。”だそうじゃ。自分達はその血税を公共事業などの時に、賄賂を受け取った御用商人に言い値で支払って、散々浪費しておるくせによく言えたものだと呆れてしまったわい」


「それで、彼らの条件が私を呼び出すことですか?」


「そうじゃ。お前さんを呼び出して、指揮官能力を確かめると言ったのだがな。ワシが”大軍を一度も指揮したことのないお前達軍事の素人が何を確かめるのだ!”と言ってやったら、”では、軍事の専門家である閣下が彼から話を聞いて、確かめて欲しい”と返答してきおった」


「それで、閣下が私の聞き取りをすることになったと……」


「ああ…、ワシもその辺が、こちらの譲歩するところだと思ってな。呼び出されるお前さんには悪いが……」


「では騎士団長の言う通り、彼らの目的は私への嫌がらせということでしょうか?」


「まあ、有力貴族達の目的は武勲を重ねる君への、嫌がらせと自分達に逆らうなという警告じゃろうな。彼らとしては、本当は君を左遷なり何なりしたいところであろうが、今の所君以外に騎士団に要塞防衛の指揮を任せられる優秀な者がいないからな」


(スギハラが騎士団に残っていれば、状況は変わっていたかもしれないな……)


 彼はそう思ったが、”すぐさまアイツが有力貴族の風下に立つわけない”と考え、そうなるとあまり状況は変わらないなと思い直す。


 そして、ルーチスはユーウェインに今回の話の核心に迫る話を始める。


「実はワシは今回の件、どうも有力貴族が言い始めたことではなく、財務部が糸を引いているのではないかと思ってな。いくら有力貴族の圧力を受けたとはいえ、財務部が陛下の裁定を無視して君を呼び出せと言えば、下手をすれば陛下への不敬罪に問われるかもしれんからな。君を実質呼び出すだけに譲歩したのも、その辺を考慮してじゃろう」


「確かに、そのようなリスクを負ってまで財務部が、有力貴族に協力するとは思えません」


「そこでワシは君が要塞に来るまでに、色々な手を使って調べてみたのじゃが、どうやら今回の事は財務部の幹部数人と、有力貴族数人から始まったようなのじゃ」


「財務部の幹部ですか? ですが、彼らが私を陥れる理由とはなんですか? 私が要塞の防衛費や侵攻作戦で多額の軍事費を使っているからですか?」


「彼らは、君がいくら税金を使おうが予算の内だけなら何とも思わんよ。自分達の金ではないからな」


「では、何故?」


「ここからは、内密の話にして欲しいのじゃが、どうやらワシの掴んだ情報によると、その騒ぎを起こした中心人物達は商工ギルドの長であるラシャード・マクナマラから君を王都に召喚させて欲しいと依頼を受けたようなのだ、もちろん賄賂と共にな」


「商工ギルドの長がどうして私を!?」


「さあ、奴の真意はわからん。じゃが、ワシの推測では、君が本拠点を攻略すれば獣人軍の侵攻回数がその分減少する。そうすれば、要塞防衛戦で使用される消耗品や食料などの消費される物資が減ってしまう。ということは、それを売っている彼らの売上が減ってしまうからな。現に、魔王復活からここ数年で、我が国の軍事物資にかかる戦費は倍増しておるからな。まあ、前線の君が一番良くわかっていると思うが……」


「…………」


 確かに、ここ最近獣人軍の侵攻兵数が増えたことによる、戦費の増額はユーウェインも気にはなっていた。


「だから、彼ら商人ギルドは君にこれ以上、活躍を… いや、獣人本拠点攻略をして欲しくないのだろう。だから、今回君を弾劾させあわよくば、指揮官から引きずり降ろそうとしたのだろう」


「そんな! 彼らは自分達の利益の為に、人類の平和がどうなってもいいと言うのですか!?」


 ユーウェインが興奮してルーチスに詰め寄ると、彼はその若い騎士をなだめる。


「まあ、落ち着けカムラード。君がここで、興奮しても何も変わらんよ」

「申し訳ありません、閣下…。つい、取り乱してしまいました…」


 ユーウェインは謝罪すると、椅子に座り直す。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る