178話 聖女様の憂鬱



 ユーウェインとルーチスは、更に話し合いを続けた。


「しかし、今回は奴らの詰めの甘い策略で、お前さんを呼び出して話を聞くだけという結果に終わったが、次はもっと手の混んだ策略で君の力を削ぎに来るかもしれんな」


「そうですね。彼らの目的がこれ以上の本拠点侵攻阻止なら、その可能性は十分にあると思います」


「今回は君を呼び出すだけの結果となったとはいえ、奴らの最低目標は成功したからな。一度成功すると味をしめて繰り返すのが、人というものじゃ」


 商工ギルドの目的が本拠点攻略の阻止とするなら、この推察は当然と言える。


「ですが、閣下。彼らはその結果、最悪の場合要塞が陥落するということを、想定していないのでしょうか? そうなれば、自分達にも危害が及ぶかもしれないというのに……」


 ユーウェインのこの疑問は、ルーチスも懸念するところであった。


「ワシが懸念している所もそこなのじゃ。この安全な王都にいる有力貴族や官僚どもなら、要塞戦を対岸の火と楽観視しているかもしれんが、現実主義者の商人達の長たるマクナマラがそのような見通しをするとは思えんのだ。それでも、このような策を弄してきたということは、彼らには要塞が陥落しても、何か自分達に被害が及ばない手があるのか……、裏に何かワシらの思いもよらぬ秘密が隠されているのか……」


 ルーチスの懸念にユーウェインは、自分なりの推察を述べる。


「有力な商人は冒険者を護衛に雇っている者もいます。その彼らで要塞を陥落させる程の魔物を防げると思っているのでしょうか?」


「もしくはその護衛を使って、魔物の来ない土地まで逃げる算段なのか……。まあ、そんな所があるとは思えんが……」


 彼らは商人ギルドが裏で魔王軍と密約しているところまでは、まだ情報を掴んでいないためにこの疑問に対しての納得のいく答えを出せずにいた。


 彼らはそのあと、これからの軍事作戦の計画を昼頃まで協議して、昼食を供にしてからユーウェインは、ルーチスの執務室を後にしようと退室の挨拶をする。


「それでは、閣下。これで失礼します」


「うむ、ご苦労であった。しかし、あのヒヨッコ騎士だったお前さんとスギハラがこれ程立派な騎士になるとは……。ワシの目は間違っていなかったな、あの時鍛えて正解であった」


 ルーチスは満足そうにユーウェインを見ながら言った。


「閣下には、スギハラと共に鍛えて頂いた事に感謝しています。ですが、スギハラは……」

「気にすることはない。アヤツは進む道が違うだけで、我々と目標は同じじゃよ」


「スギハラに代わって礼を申し上げます」

「では、これからも頼むぞ、カムラード」

「はっ、微力を尽くします」


 ユーウェインは敬礼しながら、そう答えると部屋を後にする。

 同時刻、リズの女神武器をアルトンの街へと運ぶフィオナ一行は、一日目の目的地グリース村へと馬車を走らせていた。


 その馬車の中で、ポンコツになるのは”偶に”だけ、と言い張るフィオナは憂鬱な気持ちであった。


 その理由は、早朝の彼女の家に遡る。

 フィオナは、前日にナタリーの指示通りにいつもより目覚ましを早くセットしたが、当然起きられるわけもなく……


「目覚ましさん…、あと5分…、3分でもいいですから…、スヤスヤ……」


 目覚まし時計が鳴り響く中、彼女は再び眠りに落ちる。


 すると、そこにアキの作った猫耳ゴーレム『フィオナ絶対起こすニャンVer.3.0』がやってきて、彼女をハリセンで叩いて目を覚まさせる。


「あぅ~、やめてくださいネコさん。痛いですぅ~、スヤスヤ……」


 だが、フィオナは布団を頭から被りハリセン攻撃から身を守ると、三度眠りにつく。

 しかし、アキが里帰りするたびに改良と経験を重ねた『フィオナ絶対起こすニャンVer.3.0』は、フィオナを叩き起こすために次の行動に移った。


 猫耳ゴーレムはハリセンを背中のラックに収納すると、彼女の被っている布団を引き剥がそうとする。


「やめてくださいネコさん、布団を取らないでぇ~」


 フィオナは、猫耳ゴーレムと布団の引っ張り合いを始めた。

 そのような状態になっても、頑なに起きようとしないのは流石ポンコツ聖女だ。


 ポンコツとはいえ総合スキルSの彼女は、猫耳ゴーレムと互角の引っ張り合いを演じる。そのため猫耳ゴーレムは、最後の手段に出る。

 お腹の装甲を展開させるとその中には、風属性魔法のスクロールが備え付けられており、猫耳ゴーレムが魔力コアから魔力を送ると、強力な突風が発生した。


「あ~れ~、ネコさん、酷いです~!」


 そして、その突風は布団と共にフィオナを吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたフィオナは、耐久スキルが高いため怪我はしていないが、流石に目を覚ますのであった。


『フィオナ絶対起こすニャンVer.3.0』は、彼女が起きたのを確認すると魔力補充のために、魔石電力充電装置に戻って失った魔力の充電を始める。


 フィオナが朝食を済ませ迎えを待っていると、家の入り口から呼び出しのベルが聞こえてきた。彼女が外に出ると、そこには教会に仕える若い聖騎士が緊張した面持ちで立っている。


「はっ…、はじめまして、フィオナ猊下。私は今回の旅の護衛を仰せつかったメアリー・チルコットです。フィオナ猊下を、お迎いに上がりました」


「ご苦労さまです。では、荷物を持ってくるので、そこで待っていてくださいね」


 彼女の挨拶を聞いたフィオナは、そう言って玄関に置いてある荷物を取りに行こうとすると、メアリーは慌ててフィオナの持っていた荷物を持つ。


「わっ、私がお運びします!」


 そして、入口近くに停めてある馬車に積み込む。

 彼女は荷物を積み込むと、馬車のドアを開けて馬車への儒者を促す。


「さあ、お乗りください、フィオナ様」

「ありがとう、メアリー」


 フィオナはメアリーにお礼を言って、馬車に乗り込む。

 聖女様が馬車に乗り込むと、中でナタリーが座席に座って待っていた。


「おはようございます、フィオナ様」


 そして、ナタリーはいつものように冷静な表情で、挨拶をしてくる。


「おはよう、ナタリー…。アナタも一緒に行くのね…?」


「はい。フィオナ様だけでは少し心配なので、私もご一緒します。ああ、教会の仕事はちゃんと引き継ぎをしてきたのでご安心を」


 フィオナが挨拶と共に、質問すると彼女から隙のない返事が返ってきた。


(ナタリーと一緒に旅行だなんて…、息が詰まりそうです…)


 フィオナは対面に座って、書類に目を通しているナタリーを見ながらそう思ってしまう。


「これでは楽しい旅行から、詰まらない出張になってしまいます…」


 そして、ついこのような言葉を漏らしてしまった。


「何か言いましたか?」


 即座に反応して、訪ねてくるナタリーに


「なっ、何も言ってないわー」


 フィオナは咄嗟に誤魔化す。


「そうですか……。ところで、いつもより早いのにちゃんと起きられたのですね。偉いですよ、フィオナ様」


 だが、彼女は聞こえていたようで、チクリと言葉の針で刺してきた。


「しっ、失礼ですよ、ナタリー! 子供ではないのですから、ちゃんと起きられますー!」


 フィオナは、猫耳ゴーレムに起こしてもらったのを隠しながら、頑張って反論する。

 このような事があって、フィオナは憂鬱な気持ちでメアリーの操縦する馬車に乗っていたのであった。


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