133話 頭上からの悪夢
キリマンジャロが落下してきた前線は、大混乱に陥ってきた。
特に落下地点にいた後衛部隊はさらに酷くて、落下時の被害を受けた怪我人も多く、無事な者も突然の出来事で何が起こったか理解できずに立ち尽くしたり、右往左往したりしている。
キリマンジャロはその混乱している後衛達に、容赦なく攻撃を加え次々と撃破していく。
デナリ率いる本拠地側のトロール達もこの機を待っていたとばかりに、前衛の冒険者達に反撃に出る。
前に出ていた大手クランの冒険者達は、前方のデナリとトロール、後方のキリマンジャロに挟まれ、その幅約70メートルの空間におよそ140人が展開する形になり、十分な回避スペースが無くトロールの攻撃を回避しきれずに、次々とトロール達に撃破されていった。
太い綱のついたグリフォン3体が、上空からトロールの本拠点に向けて降下していく。
「あの巨体を上空に運んだのは、あのグリフォン達か……」
その光景を見たユーウェインはそう呟くと、すぐさま混乱を収束させた騎士団に前進命令を出す。
「なにか嫌な予感がするから、二人はここで待機していて」
紫音達も騎士団と共に前進する事にしたが、リズとミリアにはそう言ってこの場で待機するように指示する。
「そうね……。アナタ達はここに居たほうがいいわ」
ソフィーも紫音の意見に賛同して、二人に待機するよう話しかけた。
「わかったッス」
「わかりました……」
二人のお姉さんにそう言われたリズとミリアは、素直に従ってその場で待機する。
「良い判断ね。前線はあの二人には、見せられない惨状になっていると思うわ……。アナタも覚悟しておきなさいよ」
ソフィーは前線に向かいながら、紫音にそう言ってきた。
「え? 私は単に危険な感じがしたからなんだけど……。え?! そんな惨状になっているの?!」
紫音はソフィーの話を聞いて、少し顔を青ざめながらそう言い返してくる。
先程のソフィーの話を聞いてから、紫音の前線への歩みが明らかに鈍くなっていく。
「ちょっと、遅れているわよ。早く来なさいよ!」
「あー、わたしきゅうにおなかがいたくなってきたなー。ごめんね、ソフィーちゃん。わたしいったんこうほうにさがって、おくすりもらってくるねー」
紫音はお腹をおさえながら、棒読み気味にそう言って後方に帰ろうとする。
「解り易い仮病を使ってるんじゃないわよ! 覚悟を決めなさいよ、年上なんでしょう?! 格好いいところ見せなさいよ!」
「年上でも苦手なモノはあるんだよ! それに、ソフィーちゃんは私のこと、お姉さんだなんて思ってないクセにー!」
「私はともかくリズやミリアの前で、こんなカッコ悪いところ見せてもいいの?!」
「この距離なら見えないよ!」
「ミリアはともかくリズは、イーグルアイで見えているわよ!」
「いいよ、どうせリズちゃんも私のことを、頼れるお姉さんだって思ってないから!」
そう言い合いながら、ソフィーは帰ろうとする紫音の腕を引っ張って、前線に連れて行こうとするが頑なに拒否するダメポニー。
その二人の光景を見ていたレイチェルは―
(何だろう話していることは聞こえないが、美少女二人がイチャコラしているのだけはわかる)
と、妄想フィルター越しに見ていた。
騎士団は魔法使いがキリマンジャロを魔法の射程に捉えた距離で、前進を一度止めて魔法による攻撃をおこなおうとするが、イーグルアイでキリマンジャロを監視していたリディアがあることに気付く。
「隊長大変です! キリマンジャロの足元に冒険者達が倒れたままになっています!」
「何!?」
キリマンジャロの足元には、重症で動けなくなった冒険者達が救助もされずに倒れたままになっていた。それはキリマンジャロに対して魔法が使えない事を意味している。
この世界の魔法は地面に魔法陣が現れ、その魔法陣内で各魔法が発動させるのだが、その魔法には味方識別などという便利な機能はついていない。
「このまま魔法を使えば、冒険者も巻き込むことになります……。恐らくやつはそれを見込んで、わざとと止めを刺していないのではないかと……」
エドガーは渋い表情で、ユーウェインに進言してきた。
「キリマンジャロ……、姑息な手を使ってくれる……」
(それとも、クナーベン・リーベの策か……)
ユーウェインはそう考えながら、冒険者諸共という訳にもいかず次の手を考えると彼は騎士団を2つに分けると、指示を出す。
「レイチェル、君は部隊を率いてキリマンジャロの右から回り込んで、挟まれている冒険者の救援に向かってくれ。おそらく冒険者達もそろそろ冷静さを取り戻して、空いている左右に分かれて逃げ出すはずだ。そこで合流してくれ。エスリンは左から回り込んで同じく救援してくれ。リディアとエドガーは、私と一緒にキリマンジャロをどうにかしてあの場から移動させるぞ」
「了解!!」
一同は命令を受けるとすぐさま移動を開始する。
騎士団が二手に分かれて移動を開始したところに、ソフィーがようやく紫音を引っ張ってユーウェインの元に連れてきた。
「来てくれたところ悪いが、シオン君はレイチェルと合流して右側から冒険者の救援を頼む。ソフィー君はエスリンと合流して左から頼む」
「わかりました、左に向かいます!」
ユーウェインの指示を聞いた紫音は、重傷者が倒れている阿鼻叫喚地獄絵図の場所に、行かなくて済むと分かった途端に、先程まで青ざめていた顔が嘘のような凛々しい顔でそう返事する。
(さっきまで青ざめた情けない顔をしていたくせに、素敵な顔しちゃって……!)
ソフィーは殴ってやりたいやら素敵やらと複雑な感情のまま、指示通り右側の部隊に向かった。
ユーウェインの予想通り、大手クラン所属の冒険者達は何とか冷静さを取り戻して、各クランの団長の号令の元に、空いている左右に撤退を始める。
「でも、そう動くのも魔王様の読み通りなのよね。トロール達、次の作戦開始!」
トロール本拠点の城壁の上から戦況を見ていたクナーベン・リーベが、宝玉の付いた薙刀を上に掲げ魔力を込めてトロール達に命令を出す。
命令を受けたトロール達はデナリを中心に左右に分かれ、防御柵として地面に刺されていた丸太を引き抜きいて、冒険者達が逃げようとする左右に向かって投擲を開始する。
前回のトロール戦でアキがやったことを、やり返された形となった。
防御柵に使われていた丸太なので、アキがゴーレムに投擲させていた物より一回り小さいが、人間にとってはそれでも当たればそれなりのダメージは避けられない。
「あの防御柵は始めから投擲させるためのものか!」
「あの丸太が降ってくる中を行くのか!?」
冒険者達は進むか止まるかの選択に迫られるが、事態はさらに悪化する。
何と本拠点の中から、さらに20体のトロールが出てきて投擲を開始し、それまで投擲していたトロール達は副官を筆頭に左右に逃げる冒険者達の追撃を始めたからだ。
「城壁の旗の数だけしか、いないんじゃなかったのか?!」
その冒険者達の声を聞いたリーベは、一人このように答えた。
「旗の数はあくまで侵攻軍の数。この20体は本拠点防衛のトロール達よ……って、聞こえてないか」
冒険者達は後方からのトロールの追撃をかわすため、丸太の落下してくる場所を決死の覚悟で走り抜ける。
丸太に当たって動けなくなったり、怪我をしてスピードが遅くなったりした者達を、追撃してきたトロール達が容赦なく戦闘不能にしていく。
数で圧倒的な有利であったはずの人類は、逆に苦戦を強いられる事になっていた。
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