103話 トロール来る?
一方、アフラの首から掛けられたプレートにはこのように書かれていた。
<私は大事なことを言い忘れて、ソフィーちゃんに迷惑をかけました>
だが、アフラはさして気にも止めずに、お腹が減ったのでバナナを食べていると、後ろから声を掛けられる。
「山から戻ってきたのね、アフラ」
アフラが振り返ると、クリスが歩きながらそう声を掛けてきた。
「副団長、おはようー」
「おはよう」
クリスはアフラに挨拶を返すと、首から掛けられたプレートに気付く。
「アフラ、どうしてそんな物を掛けているの?」
「これはねー」
アフラは、クリスに事の顛末を説明する。
「なるほど……」
クリスはアフラの説明を聞くと、憂慮の面持ちでソフィーの元に向かう。
「ソフィー、ちょっといいかしら?」
「はい、なんですかお姉様……」
ソフィーはクリスが自分に厳しい表情を向けている事で、話しかけられた意味を察する。
「アナタ、今回の登山の件でシオンやアフラだけに罰を与えたみたいだけど、それは違うのではないかしら?」
「だって、お姉様。あの二人がちゃんとしていたら……、こんな事には……」
ソフィーの弁解にクリスは、厳しい表情のまま話を続ける。
「アナタは二人に強制的に、山に連れて行かれたのかしら? 違うでしょう? 最終的にアナタ自身が、山に行くことを決断したのでしょう? ならば、アナタの責任なはずよ」
「でも、お姉様……」
「ソフィー、アナタはまだ若いから、失敗することもあると思うわ。私はその失敗を咎めているわけではないの。今回私がアナタを咎めているのは、アナタが自分の選択による責任を他人のせいにしたからよ」
そう諭したクリスの表情は少し悲しそうだった。
敬愛する人のそのような表情を見たソフィーは、自分の過ちを悔いてすぐさま謝罪する。
「ごめんなさい……、お姉様……」
「謝るのは私にではないでしょう?」
クリスに促されて、ソフィーはシオンとアフラに今回の事を謝罪する。
「アナタ達の責任にしてしまって、ごめんなさい」
「いいよ、ソフィーちゃん。確かに私が山に駆けっこしようなんて言わなければ、こんなことにはならなかったんだから」
彼女の謝罪を受けたシオンは、こう言ってソフィーを許した。
「私も気にしてないよ。私も副団長の伝言を忘れちゃったし」
「二人共……、ありがとう……」
ソフィーが二人の自分を責めない言葉を聞いて、感謝しているとクリスが肩に手を置いてこう言ってきた。
「では、ソフィー。人に責任を押し付けた悪い子には、罰を受けて貰おうかしら」
「え!?」
「グスン、お姉様この文言は酷いです~」
ソフィーの首から掛けられたプレートには
<私はツンデレ+ヒンヌーのクセに、他人に責任を押し付けた悪い子です>
と、クリスによって書かれていた。
「ソフィー、暫くの間それを付けて反省しなさい」
クリスがソフィーにそう言い渡すと、
「じゃあ、私達はもうこのプレートを外してもいいですよね?」
それを見ていた紫音とアフラがそう言いながら、外そうとするとクリスは二人にこう言ってくる。
「何を言っているの? アナタ達が今回の件で悪いのには変わりないでしょう? もう暫くソレを付けて、今回の自分の軽率な行動を反省しなさい」
「あうぅぅぅ……」
プレートを掛けた駄目な三人を横目に、エレナがクリスにこの屋敷への来訪の用件を尋ねた。
「ところで、クリスさん。何か用があって、この屋敷に来たのではないですか?」
エレナの質問にクリスが神妙な表情で、今回の来訪の用件を話し始める。
「そうそう、先程要塞から通信が入って今朝トロール拠点の旗が20本になったのに、トロール達が進発する様子がないらしいの」
クリスの話を聞いた一同の表情が一気に険しくなるのは仕方がない。
前代未聞の出来事だからだ。
「そんな、獣人軍って旗が20本になったら、攻めてくるんですよね?」
「ええ、少なくともここ1年半はそうだったわ」
紫音の質問にクリスはこう答えた。
「前回といい、今回といい明らかに獣人軍の行動パターンが変わったわね。」
「まるで、こちらの戦力アップに合わせているようです」
ソフィーの意見にエレナも肯定する意見を述べる。
「前回と同じ数で来ても、敗北する確率は高いとの判断ッスかね?」
「獣人に……、そんな知能があるの……?」
そのリズの意見に、ミリアが疑問を投げかけた。
「魔王の指図と見るのが妥当ね」
クリスはそう自分の推察を口にする。
そして、その推察は正鵠を得ていた。
魔王は前回のリザード軍の惨敗の結果を踏まえて、今回のトロール軍の兵力を増やし更に策を講じている事を紫音達は後に知ることになる。
その頃、フラム要塞でも議論が行われていた。
「果たして、いつ来るのかしら? 21本でくるのか、それとも、もっと上の数で来るのか……」
「しかも、いつ来るか判らないので、動くことも出来ませんね」
リディアがそう意見を述べると、続いてエドガーも意見を述べる。
「まったく、最近は奴らも色々やってくれるな」
次にタイロンが意見というより、文句に近い発言をおこなう。
「教会からは、神託は来ていないのか?」
ユーウェインの質問に、教会と縁が深いエスリンはこう答える。
「今の所は……。私も知人に私的に連絡を取ってみたのですが、まだ何もないそうです」
エスリンは、前の上司であるナタリー・エヴァンスに連絡を取って聞いてみたが、今回はまだフィオナが神託を受けていないということだった。
「私としたことが、いつの間にか受動的に成りすぎていたな……。こんなことなら……」
ユーウェインは自分の判断の甘さに、苦い思いをしながら指示を出す。
「今回はエドガーが先程言った通り、奴らがいつ来るかわからない為、こちらからは動くことが出来ない。偵察隊の情報によると、拠点の外に溢れ返っているらしいから、少しずつ釣って減らすことも出来ない。準備をしつつ待つしか無いな」
(問題はトロール軍がいつ来るかわからなくなった場合、それを待ち続ける冒険者が果たして何人いるかだな……)
冒険者にとって実入りのいい稼ぎは、強力な魔物を倒して質のいい魔石を手に入れるか、人々に危害を与える魔物を倒す依頼を受けてその報酬を得るか、小規模の獣人拠点を攻略して宝を得るかである。
しかし、その方法の殆どが街から遠い所でしかできない為、稼ぎたい冒険者は街から離れて活動をしているため、トロール軍がいつ来るかわからないとなれば街から離れて、要塞防衛戦に参加しない冒険者が増えるかも知れない。
ユーウェインはそうなることを危惧していた。
「では、私はもう帰るわね。シオン、トロールはいつ来るかわからないから、今度こそ慎重に行動することいいわね?」
クリスはクランに帰る前に、紫音に念の為に釘を刺しておく。
「はい。クリスさん、今度こそ慎重に行動します」
「お願いね。アフラ、帰るわよ」
「はーい。じゃあ、みんなまたねー」
クリスとアフラは帰っていった。
「もう、そのプレートを外していいわよ」
クリスは帰り道アフラにこう言ってプレートを外させる。
「取り敢えず、シャワーを浴びようか」
「そうね、そうしましょう」
二人はプレートを付けたまま、屋敷の中に入っていった。
「この防衛が成功したら、敵が強くなるの……どこかで記憶が……」
アキは一人この状況について、そう考えていた。
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