51話 それぞれの思い
クリスと会って話をする約束をした紫音は、ミリアとリズの所に戻って来ると丁度エレナも、負傷兵の回復の仕事を終えて合流する。
「じゃあ、みんなそろそろ街に帰りましょう。ミレーヌ様もきっと私達の帰りを心配しながら待っているはずだから」
紫音のその発言にリズが質問してきた。
「あのレイチェルさんは、まだ話をしているみたいッス。待たなくていいッスか?」
「大丈夫だよ。話の邪魔はしてはいけないし、それに早く帰らないとミレーヌ様が、心配のあまりエルフィーさんに酷いことしてしまうかも知れないし…。レイチェルさんはできる大人の女性だから、一人でも帰ってこられるよ」
(何よりあの人を、ミリアちゃんやリズちゃんと同じ馬車という狭い空間に入れては駄目なような気がする……。レイチェルさんは悪い人ではない、むしろ素敵な女性だけど私の直感がそう告げている…)
紫音は、自分のことは棚に上げてそう思う。
人は自分だけは普通だと思う生き物なのだ。
こうして、紫音は最後にユーウェインとスギハラに帰る旨を伝え、アルトン行きの送迎馬車にそそくさと乗る。リズもリディアに別れの挨拶を終えると、馬車に乗り込んできた。
(次来る時はさらに成長して来よう! そして、レイチェルさん置いてきてごめんなさい!)
馬車の窓から遠ざかる要塞を見ながら、紫音はそう決意を新たにする。
アルトンの街に戻ると、さっそくミレーヌの執務室に無事に帰ってきた報告に向かう。
「みんな良く無事で戻った、よくやった!」
ミレーヌが紫音達の無事の帰還に喜んだ。
「とこれで、レイチェル君は?」
「要塞の方々とお話されていたので、ミレーヌ様が心配していると思ったので、私達だけで先に帰ってきました」
ミレーヌの疑問に紫音はこのように答えた。
答えは間違いではない。ただ説明が少しだけ足りないだけである。
「そうか……。レイチェル君のことは気にしなくていい。ミリアちゃんをいち早く私の所に連れて帰ってきた君の判断は正しいからな」
ミレーヌはミリアの頭を撫でながら、紫音に親指を立ててグッドというジェスチャーをした。
(アリシアとは今日は疲れているからいいかな、彼女と話すと長くなるし……)
「では、疲れたので私達はこれで―」
紫音がミレーヌにそう挨拶して、屋敷に帰ろうとする。
「シオン様! わたくしを無視ですか?!」
すると、アリシアが話に割って入って来た。
今まで紫音の方から話しを振ってきてくれるのを、清楚な感じで待っていた彼女はそのまま放置されかけたので思わず声を上げてしまう。
「アリシア様、みんなが見ていますよ。もっと気品ある所を見せないといけませんよ。見てください、リズちゃんがジト目で ”アリシア様って王妹様なのにあんな大きな声出すのか、びっくりっすわー”て、そういう感じで見ていますよ」
「私は別にそんな風には思ってないッス。私はただアリシア様とシオンさんが、本当に仲がいいのに驚いているだけッス。あとシオンさん、私の語尾は”ッス”であって、”っすわー”ではないッス!」
リズは自分をダシに、アリシアに反論した紫音に抗議した。
「シオン様、あちらで少しお話でもしましょうか!」
「でも疲れているので……」
紫音があくまで自分との会話を拒否するので、堪り兼ねたアリシアはこのような突拍子もない事を言いだす。
「シオン・アマカワ、王妹命令です。向こうのお部屋でお話しましょう」
「王妹命令って何ですか?」
「王妹命令は、王妹命令なんです!」
アリシアの普段使い慣れていないであろう命令の仕方に、紫音が困惑していると
ミレーヌが
「王妹命令なら、仕方ないシオン君」
リズが
「王妹命令なら、仕方ないッス」
エルフィーが
「王妹命令なら、仕方ないですよ、シオンさん」
―と、それぞれ空気を読んで言ってきた。
紫音はこの部屋の唯一の信頼できる人物エレナを見る。
「すみません。私は田舎者なので、王妹命令の詳しいことはわかりません」
(エレナさんまで……)
紫音がそう思いながら周りを見ていると、アリシアが少し高圧的に言ってきた。
「シオン様、王妹命令に逆らうのですか?」
確かに、王妹様の命令に逆らうのはマズイと考えた紫音は、大人しく彼女と隣の部屋に入っていく。
「行かせてよかったのでしょうか?」
エレナがミレーヌに聞くと彼女はこう答えた。
「まあ、アリシア様もかなり心配していたからな。王妹という立場上、我々の前では本音も言えないだろう」
紫音がアリシアについて部屋に入ると、彼女に恐る恐る声をかける。
「アリシア様?」
すると、彼女はまずこう話を切り出してきた。
「この部屋には、わたくしとシオン様の二人きりです。さあ、色々話し合いましょう」
「話し合うって何を?」
紫音は二人きりなので、アリシアにフランクな感じでそう質問する。
「そうですね……。まずは……この…」
アリシアはそう言いながら、紫音に近づいてきた。
「シオン様から、別の女の匂いがする件からです!」
(別の女の匂いって!? アリシアは犬なの!?)
突然のアリシアの浮気を責める恋人みたいな問いかけに驚いて、紫音は的外れな突っ込みを心の中ですると取り敢えず誰の匂いか考えてみる。
(クリスさんかな…。今日は長い時間一緒にいたし……)
紫音がそう思っているとアリシアは、匂いの正体を分析し始めた。
「誰なのですか、この匂いの正体は!? エレナさんとも違う、勿論リズちゃんやミリアちゃんとも違う……」
クリスのことを話すべきだろうか紫音が迷っていると、アリシアは紫音の両肩を掴みながらこう言ってくる。
「答えてください、シオン様! すでに……質問は尋問に変わっているのです!」
なんか背後から何か出しそうな感じのセリフをアリシアが言ってきたので、恐くなったので紫音は今日あったことをアリシアに話した。
「つまり、そのクリスさんと今度会う約束をシオン様の方からしたと?」
「はい」
何故か正座させられている紫音。
「おそらくクリスさんも、フェミニース様のことを知っていると思うの。おそらく私と同じ転生してきたんだと思う。だから、話をしてみようと思ったの」
アリシアは紫音を立たせるとこう答える。
「その件はわかりました……」
しかし、そのあとアリシアは、彼女に思いの丈をぶつけた。
「わたくしが怒っているのは……、ティーカップが割れたりして、わたくしは凄くシオン様の事を心配したのです! でも、わたくしは力不足で戦場に行くことも出来ない……。わたくしにできるのは心配することだけ…。それなのにシオン様はそんなわたくしの気持ちも知らずに、話しかけてもくれない……。それでなくても、普段も禄にお話も出来ないのに!」
彼女は感情がゴチャゴチャになってしまって、話がうまく纏まらないまま喋ってしまう。
ただ、その瞳には悲しみの涙で潤んでいる。
彼女の悲痛な訴えに、紫音は初めて彼女の好意に甘えていたことを痛感して謝罪することにした。
「ごめんなさい、アリシア……。私そんなつもりでは……。私は今まで他人とこんなに深く人付き合いしたことなかったから、正直どうしたらいいのか分からなくて……」
エレナとは友達ではあるが、まだ丁寧語で話す距離感であり、そもそも彼女は紫音にあまりグイグイ来ない。
ミリアとは、年下で頼られる年上を見せたい相手であり、正直紫音はグイグイ来るアリシアとの距離感が分からないでいた。
そう思いながら、紫音はさらに話を続ける。
「私が家族以外で人と深く交流を持ったのは、中学時代の親友アキちゃんだけだったから……。高校時代は、他人とは表面的な付き合いしかしてないし……」
そこまで話した紫音はあることに気づく。
(アレ?! そう言えばアキちゃんとの高校時代の思い出がない……。高校が違ったから? そんな事で私とアキちゃんの関係が消滅するはずはない! では、何故……?)
紫音は必死に自分の記憶を辿る。
(そもそも、こっちの世界に来るまで、アキちゃんの事を思い出しもしなかった……。もしかして、アキちゃんは中学時代に剣術に明け暮れて、友達ができなかった思春期の私が、寂しさを紛らわせるために作り出した、私にしか見えないお友達だった?!)
紫音はその悲しい結論を否定するため、さらに記憶を思い起こす……
(いやいや、落ち着け私! アキちゃんの名前は山川亜季ちゃんで、近所に住んでいた唯一の同性の同い年の女の子で、それでよく子供の頃から一緒に遊んで、それでゲームや漫画、アニメが好きで、特にイケメンが出てくるのが好きで、中学二年生の時に振られた時も慰めてくれて…、それから……、それから……、中学三年生の時に― )
紫音はそこで視界が暗転し、急に意識が飛んでその場に倒れてしまった。
まるでそれ以上の記憶の解明を拒否するが如く……
アリシアは急に倒れた紫音に驚きながらも近づき、倒れて意識を失っている彼女に必死で呼びかけながら質問もする。
「シオン様!? 大丈夫ですか?! あとアキちゃんって新しい女の人の名前が出ていましたけど、どなたのことですか?!!」
そうこうしている内に紫音の倒れた音を聞いて、隣の部屋にいた者達が慌てて入って来て彼女を医務室に連れて行く。
こうして、初の要塞防衛戦参加の日は、紫音達にとって波乱の内に幕を閉じた。
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