48話  淑女見参








「私のティーカップが突然……」


 執務室で紅茶を飲んでいた、ミレーヌのティーカップが突然割れてしまった。


「ミレーヌ様のカップまで……」


 先程自分のカップが、割れたアリシアも不安な心がさらに加速する。


「きっとミリアちゃんに危険が迫っているに違いない! 今すぐ助けに行かなくては!」

「わたくしも、シオン様が心配なので一緒に参ります!」


 二人が部屋を出て行こうとするのを、エルフィーが二人の手を引っ張って阻止しようと試みた。


「ダメですよ、御二人はここから動いては! それにさっきあそこには、今最高戦力がいるから大丈夫って言ったのは誰ですか?!」


 彼女の正当なツッコミに、先程の自分の発言など忘れたと言わんばかりに、ミレーヌは理不尽に怒って言い返してくる。


「何だとこのメガネ! 私のこのミリアちゃんへの不安な気持ちを、お前みたいなメガネが解るはずがない!」


「眼鏡関係ないですよね!?」


 エルフィーは突っ込むが、今のミリア命のミレーヌは勿論無視して、自分の考えだけを発言し続ける。


「今まさにミリアちゃんが怖い目にあって、泣きながら私が来るのを待っているかもしれないだろうが! というか、私がミリアちゃんに今すぐ会いたいんだよ!!」


 アリシアも愛しい紫音の危機に駆けつけようと、ミレーヌに乗っかって彼女に反論してくる。


「そうですメガネさん! シオン様が危険な立場にいるかも知れないというのに、じっとなどしていられません!」


 二人に詰め寄られ、今まさにアイアンクローを受けようとしていたエルフィーは、勇気を振り絞り半泣きで反論する。


「そのためにあの方を行かせたのでしょう? 丁度、今頃着いている頃ですよ!」


 頑張ってそう言った彼女ではあったが、その足はアイアンクローに怯えて震えていた。


 その頃―

 ミリアを襲おうとしたオークが武器を振り上げた瞬間、オークの頭上から何者かが強力な一撃を叩き込む。


「ブレイクスマッシュ!!」


 ハルバードの刃を後ろにし、脇構えで接近し体のバネを利用しながら振り上げ、後は突進の勢いと腕力、武器の重さを乗せて強力な一撃を叩き込む。

 さらに強力なオーラで強化された、ハルバードの斧の部分がオークの体を縦に真二つにする。


 その強力な一撃を放った赤い髪をした美しい女性は、紫音に残念美人さんの印象を持たれたアリシアの護衛役、レイチェル・スクラインであった。


 レイチェルは自分がオークから変化させた魔石に向かってこう言い放つ。


「こんな可憐な少女を傷つけるような勿体ない― いや、非道な行為をする者は私が許さん!」


 レイチェルは一年前まで、アリシアの護衛役になるまでは四騎将としてこの要塞で戦っていた。彼女が抜けた後エスリンがスカウトされたのはまた別の話。


 彼女が四騎将の座を捨てて、アリシアの護衛役になったのは請われたからでもあるが、何よりアリシアが見た目だけは完璧な美少女であり、側で見て愛でていたかったからであった。


 最近アリシアが黒髪の美少女と絡んで“ゆりゆり”することが増えて、それを見て自分の判断は正しかったと確信している淑女だ。


「君がミリアちゃんかな? 私はレイチェル・スクライン。ミレーヌ様からの要請で助太刀しに来た」


「まあ、話は後でしよう。今はあの敵を倒すのが先のようだ」


 ミリアが人見知りを発動させて挨拶できずにいると、レイチェルはそんな彼女に気付いて、そう言ってバークシャの方に歩き始めた。


「スコシハ、デキルニンゲンノ、ヨウダナ」


 バークシャはレイチェルに標的を絞ると、武器と盾を構えて彼女に突進する。

 レイチェルもハルバード型【女神武器】ゲイパラシュを構え迎え撃つ。


 レイチェルは、槍の部分で鋭い突きを連続で放ち、ポールウェポンのリーチの長さを活かす戦い方をする。


 バークシャは、その突きを盾で防ぎながら突進してくるが、レイチェルは死角である左の視界にオーラステップで急加速して入り込む。


 バークシャは、とりあえず見えない左側に剣を横振りして対応するが、ハルバードの間合いにいるレイチェルに当たるはずもなく、レイチェルは大きく斧槍を大きく横振りして攻撃するが、バークシャはギリギリの所で左に体を向け盾で防ぐ。


「やはり力を出し惜しみして、勝てる相手ではないか」


 レイチェルはそう言うとオーラステップで、バックジャンプしてバークシャとの距離を取るとゲイパラシュに祈りを捧げた。


「女神の祝福を我に与え給え!」


 そして、祈りを捧げてからゲイパラシュにオーラを込めると、刃と柄の繋ぎ目部分にある宝玉が輝き始める。レイチェルはオーラで強化したゲイパラシュを脇構えの体勢で持ち、オーラステップで一気に間合いを詰めた。


 先程と同じ様に突きを放つと同時に、今度は石突きの部分に付いている小さな刃からオーラが放出され突きのスピードを加速させ、今度は盾で防ごうとしたバークシャの盾を弾き飛ばす。


 ゲイパラシュの特殊能力は、刃の部分から任意で注ぎ込んだ分だけオーラを放出することができる能力で、これにより斬撃スピードを加速させ更に破壊力を上げることができる。


「ナニ!?」


 今度は槍の部分からオーラが放出され、レイチェルが突いたゲイパラシュを引き戻すのを瞬時に行わせる。


 そして、素早く引いた斧槍をそのまま横振りする時、斧の反対側に突いた鉤爪からオーラが放出され横振りのスイングスピードを加速させ、バークシャが盾を構え直す前に、胴に高速の横薙ぎを叩き込む。


「グッ!!」


 最後に斜め後ろまで振り上げ、力いっぱい袈裟斬りの軌道で振り下ろす。体の捻りと腕力、鉤爪からのオーラ放出による加速で破壊力の増した一撃は、バークシャの左肩から腹のあたりまでゲイパラシュの斬撃を進ませる。


「アクセルブレイクスマッシュ!」


 レイチェルがバークシャを見つめながら呟いた。


「グオォォォ!!」


 断末魔の叫びとともに、バークシャは大きな魔石になってこの場から姿を消する。

 レイチェルはバークシャの消滅を確認すると、ゲイパラシュを片手にその場に片膝をついてしまった。


「大丈夫ですか? どこかお怪我を?」


 アフラの回復を終えたエレナが、レイチェルに近づく。


「いや、オーラを使いすぎただけだ。回復薬を飲めば大丈夫だ」


 レイチェルはクールな感じで高級オーラ回復薬を飲む。


(このエレナ君といい、ミリアちゃんにソフィーちゃん、アフラちゃんといい可愛らしい娘ばかりだ。今から頑張った私にご褒美として、キャッキャウフフしてくれないものだろうか……)


 そして、このような願望(欲望)を膨らませていると、そんなレイチェルにミリアが近寄ってくる。


「さっきは……、ありがとう……ございました……」


 ミリアは小さな声だが、お礼を言いに来たのだ。


「どういたしまして」


 レイチェルは表面的には淑女な顔でそう返した。


(可愛い……、この自信のない少し潤んだ瞳で、見上げてくるのが可愛すぎる!! これだけで今日ここに来てよかった……)


 だが、内心ではできることなら、ミリアを抱きしめたい、許されるなら部屋に連れ帰りたいと思いながらあくまで凛とした感じで佇んでいる。


 彼女は淑女であるため、あくまで目で見て愛でるだけを遵守している。

 彼女こそミレーヌがミリアのために用意した、もうひとつのクッションであった。


 ミレーヌが自身の執務室でアリシアを護衛する代わりに、レイチェルを要塞防衛戦に送り込んだのである。


 勿論、職権乱用なのだ。


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