19話 初めての魔物討伐任務(2)
「さて、あと10体……、そろそろ戦闘再開かな……」
紫音がそう決意したと同時に、次のオークの集団が襲いかかってきたので、一番先頭のオークの顔面めがけて、持っていた空き瓶を投げつける!
オークが顔面に飛んできた空き瓶を武器で払った一瞬の間に、紫音はオークの死角に入るとオーラブレードで強化された刀で鎧ごとその胴を真二つに斬った。
「まずはひとつ!」
(それにしても、オーラブレードの威力って凄い! 鎧を簡単に切り裂ける! これならいける!)
そう思う暇もなく、オーク達が紫音を襲う!
せめて背後から襲われないように岩か木を背にできれば良かったのだが、この草原にはそんなモノはない。
そのため紫音は、いつも安全マージンを取って回避するのだが、今回は紙一重での回避を行う。そうすることによって、数の多い敵に対し無駄な動きや隙きを減らし、相手に効率よく攻撃するためだ。
だが、そのような躱し方は必然的にこちらも軽傷ではあるが、ダメージを受けてしまう事が多くなる。
「7つ!」
紫音は、オークたちの連携攻撃を【女神の秘眼】の動体視力強化のおかげで、最小限の被害で抑えオークの残り3体となった。
流石に、傷の痛みが増えてきたので回復薬を飲もうとして、オーク達と距離を取り先程と同じように片手で取り出し回復薬を飲もうとすると、オークが槍を構えて紫音めがけて突進してくる。
「回復薬ぐらい飲ませてよ!」
紫音は一口だけ回復役を飲むと残った薬を投げ捨て、槍を回避しオークの頭を斬りつけた後に、頭を切られて怯んだオークを唐竹から斬って撃破した。
「これで8つ!」
さすがの紫音も疲れが見えはじめてくる。
「ハァ、ハァ、あと2体、集中しないと!」
紫音は、オーラブレードで強化した刀を構えると、同時にオークが2体同時に武器を振り上げて襲ってきた。
一体目のオークの攻撃を左側に躱しながら、オークの剣を受け流し体勢を崩したところを、首のあたりを斬るとそのまま上空へ素早く跳躍する。
2体目のオークは、一体目のオークの体が紫音と重なって見えなくなり、彼女の姿を一瞬見失っていた。
「飛翔剣!」
そして、気付いたときには紫音の頭上からの強力な一撃を受けて、あえなく魔石に姿を変える。
紫音は自分の後方で首を斬られて苦しんでいるオークに、「ごめんね……」と呟きとどめを刺した。
「これで10……、ハァ……、ハァ……。やった……、全部倒した……」
彼女がそう思った瞬間、全身の力が抜けその場に膝から崩れ落ちてしまう。
これは、厚揚げメンタルに強化されていたが、おでんに入っている厚揚げにゆっくりとおつゆが染み込むように、戦いによる精神力消耗が少しずつ紫音のメンタルを削っていったのだ。
時間をかけておつゆの染みた厚揚げ豆腐が、美味しいのと同じ理屈(?)である。
あとオーラ技を使い続けたことも一因であった。
「シオンさん!」
エレナは、全速力で走って紫音の元に駆け寄ってくると、急いで回復魔法を掛ける。
「待っていてください。今、回復魔法をかけますから!」
エレナの回復魔法が発動すると、紫音の傷が直ぐに回復していく。
「ありがとう、エレナさん……」
「いえ、お礼を言いたいのはこちらです! ありがとうございます、シオンさん」
エレナは泣きながらそう答えた。
紫音が傷だらけになってオークの群れを倒してくれたこと、自分が何も役にも立てなかったこと、そして何より紫音が無事なことが嬉しくて涙が止まらなくなってしまう。
「泣かないでよ、エレナさん。ここは喜ぶところですよ?」
「シオンさんが傷だらけになってオークの群れを倒してくれて……。でも、自分が何も役にも立てないのが悔しくて……。そして、なによりシオンさんが無事なことが嬉しくて……」
紫音は自分の無事を喜んで泣いている彼女に、見栄を張っていることを告白し、さらに仲良くなりたいと思った。
「こんな時だけど、エレナさんともっと仲良くなりたいから……、告白するけど、実は胸もAAなの!」
「あの……すみません……、それは……その……薄々……、気いていました……」
「あ、はい……」
エレナの返しに紫音は、死んだ魚みたいな眼をしてそう答える。
「とにかく、これからもよろしくお願いしますシオンさん」
「こちらこそよろしく、エレナさん」
二人は再び握手し、友情を確認した。
「はっ!? 何でしょうかこの嫌な感じは……。まさか、旅行中に仲良しイベントが発生してしまったのでは!?」
今日は妙に冴えているアリシア。
「でも、まだ焦る時間ではないわ、アリシア。だって、わたくしはシオン様とお泊りイベントをクリアーしているのだから。それにシオン様はグイグイ来られるのが苦手みたいだし大丈夫よ」
この王妹様、一応グイグイいっている自覚はあったらしい。
魔石を回収したエレナは、紫音に肩を貸して村まで戻ってくる。
彼女の家に着く頃には、紫音も何とか一人で歩けるぐらいには回復していた。
帰ってきた紫音の姿を見て、驚いたエレナの両親はエレナから、オーク退治の話を聞かされる。
「そうか……。ありがとうシオンちゃん。君は私達の恩人だ! こんな危険な依頼を……本当にありがとう!」
エレナの両親は泣きながら紫音に感謝した。
「エレナさんの、お父さんお母さん。私が倒したってことは内緒にしておいてくれませんか? 私のようなHランクの新米冒険者が1人で倒したっていうのは、色々まずいと思いますので。オーク達が勝手に居なくなっていたことにしておいてください」
「確かに、君の力を利用してやろうと近づいてくる輩が現れるかも知れないな。わかった、君がそれでいいなら私達は何も言わないよ」
そう答えたエレナのお父さんは、少し考えた後にこう続けた。
「でも、お礼はさせてくれ。大したものは出せないが、今夜はご馳走を振る舞わせてくれ」
「はい、ありがとうございます」
「では、料理は母さんに任せて、私はさっそく薬草を摘んでくるよ」
それを聞いたエレナは、自分達の依頼の薬草採取も父親に頼むことにする。
「だったら、私達の分も採ってきて欲しいの。今回の表向きの依頼で必要なの」
「わかった、一緒に採ってくるよ」
その夜、紫音は久しぶりに美味しい家庭料理を食べて、自分の母親の料理を懐かしみながらエレナの家族との団欒を楽しんだ。
翌日、村ではオークが居なくなった話で持ちきりになっていた。
そして、この村を離れる時が来る。
「元気でいるのよ、エレナ。シオンちゃんも元気でね」
「また、いつでも帰ってくるんだぞ。もちろんシオンちゃんも」
「うん、お父さん、お母さんも元気でね」
「おじさん、おばさんもお元気で」
エレナの両親との別れを済ますと、二人は定期便の馬車に乗り込む。
ここから、アルトンの街までまた三日程かかるが来るときよりも心は軽かった。
街へ帰れば、また依頼を受けて魔物との戦闘になるが、取り敢えず一段落ついてよかったと胸をなでおろす。
(これで私は、天音様に一歩でも近づいたのかな……)
馬車の中で紫音は、そう自問する……
四日後、アルトンの街冒険者組合にエレナの姿があり、彼女は依頼の達成の報告に来ていた。
「これが依頼の薬草です」
「はい、確かに。これが報酬の10000フェニーです」
エレナがシャーリーに依頼の品の薬草を渡すと、彼女はそれを確認してから報酬を渡してくる。
そして、シャーリーはエレナに報酬を渡すと、エレナに近づいて小声で話す。
「オーク倒したみたいね。依頼取り下げの報告が回ってきていたわ」
「はい、シオンさんが全て退治してくれました」
「そうなのね。あんな形とはいえスギハラさんに勝った力は本物みたいね。ところで、そのシオンちゃんはどうしたの? まだ疲れて休んでいるの? それとも怪我が治りきっていないの?!」
シャーリーが心配そうにエレナに尋ねると、彼女はなんとも言えない顔でこう答える。
「それが、街に帰ってきてから急に情熱を無くしてしまって、どうやら燃え尽き症候群みたいな感じになってしまいまして……。どうしても、テンションが上がらないと……」
紫音は、憧れの天音と同じような事をやり遂げて、目標の一つが無くなってしまう。いわゆる燃え尽き症候群である。
「あー、新米冒険者によくある症状ね。大きな任務をこなした後によくなっちゃうのよ。何か気分転換できる事があるともとに戻ると思うだけど……。というか、戻ってもらわないと困る!」
「どうして、シャーリーさんが困るのですか?」
「実は、シオンちゃんにしかできない依頼があるのよ。今回の依頼がクリアーできたら、依頼者に紹介しようって思っていたの」
「わかりました、何とか元に戻ってもらうようにしてみます!」
エレナは宿に戻ると、さっそく紫音の部屋に向かう。
「シオンさん、部屋に入ってもいいですか?」
エレナは紫音の部屋の扉をノックしてそう尋ねる。
すると中から、「はい、どうぞ。」と元気のない声が聞こえてきた。
「シオンさん、やる気は戻りましたか?」
今の声を聞けば聞くまでもないが、エレナは一応質問してみることにする。
「すみません、エレナさん。これはもう、胸のサイズが1カップ上がるぐらいのことが起きないと、このテンションが上がることはないですね……」
それって、もう一生元に戻らないのではと思うエレナであった……
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