18話 初めての魔物討伐任務(1)



 紫音はメンテナスを終えた装備を修復屋から引き取ってくると、装備して違和感がないかを確かめる。


 パロム村に旅立つ前に、教会に寄って【女神の鞄薬品用】の購入と、スキルプレートの内容を更新しておくことにした。


【女神の鞄薬品用】は、少し小さめの鞄で中が区分けされているので、薬別に分けて収納できるので戦闘中でも収納した順番さえ覚えておけば、鞄の中身を確認しないで目的の薬を取り出すことができる優れものである。


 その代わりに一ヶ月魔物を倒して、こつこつと貯めたお金が羽をつけて飛んでいってしまう。


 スキルプレートには、新たに【女神の秘眼】が追加されて、発動条件に使用者のピンチとザックリな事が記されていた。


 使用者のピンチとは少なくとも、昨日のアリシアとの扉での攻防はカウントされないらしい。


(そうだ、アリシアに暫くこの街から居なくなるって連絡しておこう)


 ”旅行ですか、いいですね。わたくしも行きたかったです”


 紫音が、アリシアに連絡を送るとすぐにこのような内容の返信が返ってきた。


 ”私以外の人と2人だけで旅行だなんて!”


 みたいな返信が来ると思っていたので、少し拍子抜けしてしまう。

 そう思ってしまうのは、私の心が汚れているのだろうか。


「じゃあ、パロム村に行きましょうかエレナさん」

「はい!」


 紫音達は、三日掛けて馬車を乗り継ぎパロム村に着いた、もちろん深夜馬車などなかった。


(アリシアの馬車ってやっぱり乗り心地が良かったんだな)


 村に着いた頃には腰とお尻が痛くなってしまって、討伐は明日にすることにして今日はエレナの実家で泊まることになった。


「私達がオークを討伐しに来たことは、内緒にしときましょう。できなかった時に、がっかりさせてしまうと思うので。友達を連れて帰省したってことにしましょう」


 エレナの家の前で紫音は、こう提案しエレナも了承した。


「お父さん、お母さん、ただいま」


 エレナは家に入ると、両親に挨拶する。


「「エレナ!」」


 エレナと両親は久しぶりの再会を喜びあった。

 紫音はその様子を見て、元の世界にいる家族を思い出し少し切なくなってしまう。


「二人に紹介するね、こちらはシオンさん。今一緒にPTを組んでいるの」

「そうか、エレナがお世話になっています。シオン…………さん」


 父親の挨拶の最後、少し間が空いたのは、このような葛藤があったからである。


 ”この子どっちだ…。男の子なら【君】、女の子なら【ちゃん】と呼ばなくては失礼だ。

 娘にやっとできた大事なPTのメンバーだ、失礼は許されんぞ……


 エレナは【さん】づけで呼んでいたために、ノーヒントだ……

 外見から分析するしか無い…


 名前は両性に適用される、ポニーテールも両性でするぞ…

 服装は男っぽい、でも顔は女の子っぽい…


 だが、都会では男の娘なるものが流行っていると聞くし……

 ああ…、こんなことなら先に挨拶して貰って声を聞けばよかった…

 よし、無難に私も【さん】にしよう”


 そんなこととは露知らず、紫音はエレナの両親に普通に無難な挨拶を返した。


 その夜、エレナが心を落ち着かせようと、フェミニース教の経典を呼んでいると、隣の部屋に泊まっている紫音が部屋に訪ねてくる。


「どうしました、シオンさん?」


 そのエレナの問いに、真剣な表情で紫音が用件を話し始めた。


「エレナさん。私、色々考えたのだけど……」

「はい」


「私、明日の戦いが終わったら、服装をもっと女の子らしいのに変えようと思います!」


 そう目を輝かせて、紫音が言ってくう。

 どうやら、昼間の事を察したみたいで、気にしていたらしい。


「シオンさん、何かフラグっぽいです……」


 そう思ったエレナだった。


 次の日、朝ご飯を食べた二人は散歩に行くと言って家を出るとオークのいる山の麓に向かう。


「オークは鼻がいいので、風下から向かいましょう」


 紫音は教習所で習ったとおりに、風下から山の麓に向かうことにした。


「シオンさん、これを使ってください」


 エレナは鞄から望遠鏡を取り出し、紫音に差し出す。

 紫音は早速、少し小高くなった所から望遠鏡で麓の方を見てオークの群れを探すことにした。


「見つけた!」


 オークを発見した紫音達は、風向きに注意しながらオークの群れに近づく。

 ある程度近づいたところで紫音は、エレナにこう言った。


「エレナさんは、ここで待っていてください」

「そんな、シオンさん一人に危険な真似はさせられません!」


 エレナの反論に、紫音は少し言いにくそうにこう説得する。


「すみません、この戦いでは自分自身を護るので精一杯でエレナさんを護る余裕は多分ありません。だからここで待機していてください」


 その内容は、遠回しにエレナに足手まといになるので、待っていて欲しいというもので、エレナもその意図をすぐに理解し、自分の力不足が分かっていたので、せめて足を引っぱってはいけないと考える。


「わかりました…。でも1人で無理だと思ったらいつでも私を呼んでください」


 このように答えるしかなかったエレナは、自分の不甲斐なさが悔しくてしかたがなかった。


「でも、強化魔法は掛けさせてください。あと私の持っている薬も持っていってください」

「はい!」


 そう言うと、エレナは紫音に手持ちの薬をすべて渡し強化魔法を掛ける。

 紫音は、魔法をかけてもらうとオークに近づく。


 オークの感知範囲ギリギリまで接近すると、紫音はもう一度オークの様子を窺う。

 オークは五体で行動しており、離れそうにない。


 明らかに紫音にとって分が悪いこの状況、いつもの紫音なら回れ右するところだが、今回の紫音は違っていた。


 何故なら、この状況が幼い頃から聞いてきた天音様の英雄譚に酷似していたからである。


「村に迷惑を掛ける魔物は15体、天音様は20人相手だったけど、これを1人で倒すことができれば私は憧れの天音様に一歩近づくことができる……」


 そう思うと、紫音は不思議と心を強く持つことができた。

 紫音は大きく深呼吸すると覚悟を決めて、一番近くのオークの集団に全速力で突撃する。


 匂いと音で紫音に気付いたオークが武器を構えようとするが、一番近くにいたオークは防御が間に合わず、紫音に頭部を横一文字に切り裂かれ魔石に姿を変えた。


 紫音はそのまま返す刀で、近くに居たオークの背中に素早く移動し袈裟斬りで切り捨て魔石に変える。


 戦闘体勢を整えた近くのオークが、紫音に斬りかかると彼女は巧みにオークの剣を受け流し、体勢を崩し隙ができた頭部を切り捨てた。

 その瞬間、紫音は後方から槍で突かれる。

 

 その槍の突きを掠り傷で済むダメージで躱すと、そのまま槍の横を走り抜け頭部を横薙ぎして斬り抜けたが、その先ですぐさまオークの攻撃を受けてしまう。


 躱しきれずにまた少し傷を追ってしまうが、5体目も鎧の隙間を刀で突いて魔石に変える。


「単体の強さは、スギハラさんより断然弱いけど、数が多いから不意をつかれやすい。それに鎧を着ているから、そこを避けて斬らないといけないから結構きつい!」


 二箇所怪我を負っているのに、アドレナリンが出ているのかあまり痛みは感じなかった。


 足を挫いただけで、帰ってきてしまうような豆腐メンタル(木綿)の紫音が何故平気なのかと言うと、本人は戦闘で高揚して気付いていないが、いつの間にか発動している【女神の秘眼】の効果のおかげである。


【女神の秘眼】は、紫音に驚異的な動体視力を与えてくれるだけでなく、発動している間だけ<豆腐メンタル>を<厚揚げメンタル>にしてくれる効果も持つ。

 これはフェミニースの2回の暗示もとい、激励でも駄目な時の保険であった。


 幸い、残りのオーク達とはまだ距離が少しあったので、念の為に傷を治しておこうと刀をオーク達の方に向けながら、左手で腰のベルトに付けている薬品用の鞄から回復役を取り出す。


 そして、そのまま器用に片手で回復薬の蓋を開けると一気に飲み干した。

 味はすごく苦かったが、傷がみるみるうちに治っていき痛みもかなり楽になる。


 傷の治りを見ようと体を見ていると、なんと、自分の体に宿るオーラが可視化できていることに気付く。


(これって……オーラが視えるということは、オーラを武器に移動させるイメージがしやすいってことでは?)


 紫音は、試しに右手付近のオーラを武器へ移動させるイメージをしながら、オーラを移動させてみるとオーラは武器へと移動していき、今まで練習してもうまくできなかったオーラブレードが簡単にできてしまう。


【女神の秘眼】発動中は、オーラ技が可視化され、オーラ技のスキルが強化される。

 これは、本来なら普通の者が何十年もオーラ技スキルを修練して、初めて体得できる感覚を手に入れたということであった。


「これも、フェミニース様から貰った借り物の力……。でも、今は使う! このオーク達を倒さないと、エレナさんのご両親や村の人達が困り続けることになるから!」


 豆腐メンタル(厚揚げ)になった紫音に、今の所迷いはない。


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る