15話 対決ランクS





 紫音は木刀を受け取ると、スギハラに続いて外に出ていこうとする。

 そこにエレナが心配そうに駆け寄ってきたので、紫音はエレナにこう話しかけてきた。


「エレナさん、確かにあの人の言う通りです。あの人から一本すら取れないようでは、オーク15体は倒せないと思います」

 

「シオンさん、無理はしないでください。怪我をしたら、私がすぐに回復しますから」


 紫音の決意に満ちた目を見たエレナは、これ以上の説得は無理だと判断して、傷の手当を申しでるが、こんなことしか言えない自分を情けなく思う。


「はい。その時はお願いします」


 そんなエレナの気持ちを察した紫音は、満面の笑顔でそう答える。


 そうエレナに答えた紫音であったが、こんな強い人と模擬戦とはいえ戦える機会はそうないはず、自分の今の実力がどこまで通じるか剣術家として試してみたい、という気持ちで溢れていた。


 冒険者組合の外に出て、対峙する二人。

 準備運動をしている間に興味を持った野次馬が次第に、周りに集まってくる。


「そろそろ、始めるか?」

「はい」


 紫音とスギハラは、お互いに木刀を構えると、スギハラは余裕の表情で「腕前を試してやる」と言わんばかりにこう言ってきた。


「いつでもいいぜ、打ってきな」


 紫音は無言で間合いを測る。

 相変わらず戦いになると、冷静になる自分に今は感謝しながらスギハラの隙を探す。


 だが、全く隙がない……

 むしろ見れば見るほど、スギハラがとんでもない達人だと分かる。

 その圧倒的な威圧感に、必要以上に間合いをとってしまう。


「虎穴に入らずんば虎子を……得ず!」


 紫音は怯懦な自分の心に活を入れ、スギハラに全速の突進をする!


 スギハラの間合いギリギリで、少しだけサイドステップして、フェイントで彼の意識を逆に向けさせると、高速で飛び込み突きを入れた。


「はっ!」


 だが、スギハラは紙一重で、紫音の突きを防御した。


「!?」


 紫音はすぐさま後ろに下がり間合いを測る。


(速い! 速さではうちのソフィーと同等かそれ以上だな。アイツとの模擬戦で、この速さに慣れてなければ、いきなりやられていたかもな……)


 スギハラが表情も変えず、そう考えていると


(今の速さの突きでも駄目なんて……。今のが、私の最速の攻撃なのに……)


 このように考え、困ったという感情が顔に出てしまっている紫音に気付く。


「おい、あんまり自分の焦りや不安を、表情に出すのはやめておけ。でないと、それを見た相手に心の余裕を与えることになる。低レベルの魔物なら関係ないが、高レベルの知能の高い魔物や今回のような対人戦ではそういうところも重要になってくる。だから、戦いの場では常にポーカーフェイスか、余裕の表情でいろ」


 そんな紫音に、ついアドバイスしてしまうスギハラ。


「まあ、そうやってわざと油断を誘ってくる場合もあるけどな」


 ついでなので、更にアドバイスを付け加えた。


(え? ということは今の攻撃で、あの人本当は結構焦っているの? それとも油断を誘っているの?)


 だが、紫音はそのアドバイスに余計に混乱することになる。


 その混乱している顔を見たスギハラは、(あっ、余計なアドバイスをしてしまったかな)と思った。


(それにしても、あのスピードは厄介だな。こちらから仕掛けて、スピードを活かせなくするか!)


 紫音の足を封じるために、今度はスギハラから仕掛ける。

 だが、彼の攻撃を紫音は、木刀の刃に当たる部分を器用に当てて受け流していく。


(こいつ、うまいこと受け流してこっちの攻撃のリズムを崩しやがる)


 天河天狗流は、女性や力が弱い人の為に創られた剣術であり、力のある相手の攻撃をまともに受けず、受け流すことで手にかかる負担を減らし相手の隙きを作り攻撃するのを基本理念とする。


 速さを重んじているのも、力任せの攻撃を受けずに回避するためと、速度の乗った強力な斬撃を繰り出すためで、故に鍔迫り合いもしない。


(鍔迫り合いして、華奢な体を押し倒して降参させてやろうと思ったが……)


 紫音はスギハラの攻撃をすべて、受け流しと回避で捌いていく。


(とはいえ、持久戦に成ればこっちが不利、なんとかしないと……)


 回避するといことは、それだけ運動量が増えスタミナを相手より多く消費することになり、持久戦になると紫音が不利である。


 紫音も、隙きを見て攻撃してみるが全て防がれる。


(これが真剣なら、刀の重さでもう少し重い一撃を打てるのだけど…)


 周囲の予想は紫音がすぐに負けるか、一方的な展開になると思っていたが、紫音とスギハラの予想を反した長く続く打ち合いに、周囲の観客も固唾を呑んで見ていた。


 さらに数度打ち合いが続くが、次第に紫音に疲れが見えてくる。

 運動量の多い紫音のほうが早く疲れるのは当たり前だが、何よりの差は強者との実戦経験の差だ。


 自分と同等、もしくは上の相手と戦うのは、祖母との練習で慣れていたつもりだが、祖母とは同門で手の内が解っているので、ここまでの精神的疲労は無かった。


 そのため紫音は、スギハラからプレッシャーのせいで精神力が見る見る削られて、それが疲れを必要以上に感じさせている。


(このままじゃあ、どっちにしてもジリ貧で私が負ける…。なら、ここは賭けに出る!)


 紫音はスギハラに突進すると、間合いギリギリで高速のサイドステップを行い、右に行くと見せかけ左に高速で抜ける。


 その高速の切り返しに、スギハラは一瞬紫音を視界から見失うが、感覚を研ぎ澄まし自分の周囲を確認する。だが、紫音の姿はない。そうなると――


「上か?!」


 スギハラが上を見ると紫音が高く跳躍して、今まさに頭上から斬撃を繰り出すところであった。


「飛翔剣!!」


 紫音は落下しながら、スギハラの頭上に真っ直ぐ木刀を振り下ろす。


「くっ!!」


 だが、スギハラは紫音の跳躍斬撃を紙一重の差で、木刀で受けて防御する。


 紫音は斬撃を防御されたために、少し空中で姿勢を崩したがなんとか着地して、後方へ逃げて距離をとった。


 スギハラも無理な体勢で防御したために、腕に負担が掛かり追撃できなかった。

 だが、紫音の全体重が乗った攻撃を、木刀が折れないようにギリギリで受け流したのは、流石はSランクといったところだろう。


「まさかジャンプ攻撃とは…… アイツ以外にこんな無謀な攻撃する馬鹿がいるとはな……」


 ジャンプ攻撃は上手く素早く高くジャンプすれば、相手の視界から消えることができ、上空から重力落下による強力な奇襲攻撃ができる。


 だが、高くジャンプしての攻撃は、一度ジャンプしてしまうと空中で体勢を変えるのはなかなか難しく、そこを攻撃されると回避も難しいので着地時を狙われたら回避が難しい。

 よって、リスク回避から使う者はほぼ居ない。


 スギハラが対応できたのも【クラン】に、ジャンプ攻撃をする者が居たからである。


(だが、こんな無謀な奇襲技に頼るとはそろそろ限界か……)


 スギハラは先程のような無謀な奇襲技を、紫音が繰り出してきた理由をこのように読む。


 紫音は刀を構え直すと再びスギハラに突進し、細かい左右のサイドステップで揺さぶった後、もう一度スギハラの前で高速で切り返しを行う。


「くそっ、厄介なスピードだな!」


 また、紫音を視界から見失ったスギハラは、再び周囲を見るが紫音の姿はない。


「また上か!」


 だが居なかった。


「てっ、ことは!」


 スギハラが下を見た時、地に伏せるようにしゃがんで構える紫音が、突きを放ちながら立ち上がる。


「地伏突!」


 飛翔剣も地伏突も、元の世界の身体能力では視界から消える技でないので、相手に上や下からの攻撃もあると思わせ、相手の注意力を散漫にさせる技だ。


 だが、この世界においての紫音の身体能力なら、一瞬とはいえ視界から消えることができるので、うまく使えば十分実戦でも使える相手の不意をつける奇襲技となる。


 上下左右に視界から消えることで、相手を混乱させる事に成功した紫音は、ついにスギハラの不意をついて有効打を放つことに成功した。


「!?」


 流石のスギハラも防御が間に合わないと思ったが、紫音の突きの速さが急に遅くなって、防御することができた。


 突きを防御された紫音は、後方へ跳躍すると刀を構え直す。

 だが、その表情は今までのような防がれたことへの焦りはない。


「テメー……」


 スギハラは紫音が、わざと防御させたことに気付き思わず呟く。


 ######


 この時の事を紫音は、後に人に聞かれた時にこう答えている……


「はい、確かにあの突きはわざと防がれるように突きました」


 ―何故そのようなことを?


「そうですね……、あの時の私はどうかしていたのだと思います……。この人と、この強い人ともっと戦っていたい……。この人の本気が見てみたいとそう思ってしまって……。私あの時、走りまくっていたので……ランナーズハイっていうですか? ソレになっていたみたいで……。でなければ、そんなどこぞの戦闘民族みたいな事、思いませんよ(笑)」


 ―最後にあの時の自分に、なにか言いたいことは?


「そうですね……、取り敢えずぶん殴ってやりたいですね(怒)(怒)(怒)」


 そう最後に答えた紫音は、表面上は笑顔であったがその眼は怒りに満ちていたらしい。


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