16話 決着





「えらく余裕じゃねえか…。今の一撃…… わざと緩く打ち込みやがったな!?」


 スギハラのこの問いに、紫音は答えられなかった。

 確かに真剣勝負で手を抜くことは、失礼だったと思ったからだ。


「だがな、その甘さが戦いでは自分の首を締めることになる。そして、一瞬の油断が命取りになる。後悔した時にはもう遅いんだぜ!」


 スギハラは、紫音に戦いの教訓を語る。

 きっと、今まで戦いで犠牲になった者達を見てきたのだろう……


「しかし、俺も甘く見られたもんだな……。手抜かれるとはなぁ……」


 そう言うと、スギハラは上段に構える。


「いいぜ、俺の本気を見せてやるよ! 油断せず、しっかり防げよ!!」


 そう言い終えた瞬間、スギハラの纏っていた空気が一気に変わり、紫音もその変化に気づいて集中力を極限まで高めた。


「いくぜ!!」


 スギハラが紫音に突進する!


「来――!?」


 紫音が、「来る」と頭の中で思うより早く、スギハラに一気に間合いを詰められてしまった。

 スギハラの使ったものは縮地法と呼ばれる運足法に、オーラステップを組み合わせた高速の移動法である。


 短距離だけだがその加速力は凄まじく、紫音は完全に意表を突かれ間合いに入られてしまった。


 本来なら、これで勝負が着いていたはずだが、ここでフェミニースが紫音に与えた新たなスキル【女神の秘眼】が発動する。


 秘眼とはその字のごとく眼に関するスキルで、ミゲルが紫音を見つけた遠くを見ることができる能力も【イーグルアイ】と呼ばれる秘眼の一つであった。


 紫音に与えられた【女神の秘眼】の能力の一つは、紫音の動体視力を大幅に上げてくれる能力であり、発動中は両眼の瞳が金色になる。


「雪嵐!!」


 スギハラは上段から、逆袈裟、唐竹、袈裟と高速の3連撃を紫音に打ち込む。

【女神の秘眼】の能力のおかげで、紫音にはスギハラの動きがゆっくりと見えている。


(動きが遅く見える! これならいける!)


 紫音はスギハラの攻撃に合わせて防御をしようとするとが、自分の体の動きもゆっくり動いているように視えており、あることに気づく。


「動体視力だけしか上がってない!?」


 そのため紫音は防御を間に合わせるために、木刀を防御の位置まで最短のルートで無駄なく動かし何とかスギハラの打ち込みを防ぐ。


【女神の秘眼】の発動条件は、紫音が本当にピンチだと思った時に発動するようになっており、これまた使いづらい能力ではある。


 しかも発動したのが少し遅かったため、何とか防げたが3連撃の強力な打ち込みによる手にかかる衝撃を逃がせなかった。


「月下!」


 スギハラは3撃目の袈裟斬りで、自分の左足の前まで振り下ろした木刀の刃を上に返すと、そのまま強力な左斬上を放つ!


 この【月下】本来ならオーラを宿して放つオーラ技であり、オーラの放つ光の斬撃の軌跡が横から見たら三日月のように視えるため、月にちなんだ名がついている。


 紫音は、この強力な攻撃を自分の右膝あたりで木刀を合わせ、その間に右足を後ろに下げてスギハラの左斬上の斬撃の軌道から体を逃がす。


 だが、先程の3連撃の衝撃で、腕に力が入りにくいため、木刀を持った手はそのまま木刀と一緒にスギハラの切り上げる力に負けて持ち上げられてしまう。


 木刀ごと上に持ち上げられ、紫音はまさに万歳したような状態になってしまい、その胴は必然的にがら空きになってしまるが、何とか木刀の柄の部分を左手で必死に掴んで、木刀が飛ばされるのだけは防ぐ。

 

「花冠!」


 スギハラは、そこを逃さず左斬上で上げた木刀を直ぐに、自分の右の胴あたりに移動させると横薙ぎの構えを取る。そして、円を描くような横薙ぎをがら空きの紫音の胴に放った。


 紫音は、必死に万歳状態のまま後ろに逃げようと体を逸しながら、左足を何とか後ろに下げる。


 必死の後ろへの回避と、スギハラが半歩踏み込まなかったために、スギハラの横薙ぎの剣閃は紫音の服のお腹の辺りを掠り、紙一重で躱すことができた。


「奥義、雪・月・花!!」


 スギハラがキメ顔でそう言い放った時、悲劇は起きた――

 達人が振る木刀の斬撃は、紙を斬ることができるという……


 ましてやスギハラ程の達人の斬撃なら、紫音の冒険者服(お値段3000ミース)などまさに紙同然である。


 紫音の服は、スギハラの斬撃を受けたお腹の辺りから大きく破れ、鍛えられた無駄のないキレイなお腹と、慎ましやかな胸が収まったねずみ色のスポーツブラが露出してしまった。


「あっ…… えっ……?」


 紫音は自分に何が起きたか一瞬理解できなかったが、すぐさま破れた部分を両手で隠す。


 結果論ではあるが、ユーウェインの小さな悪戯心と、装備の3ヶ月点検と、いろんな要因と結果が重なり、紫音は最悪な結末を迎えてしまった。


 この瞬間、この試合を見ていた女性達からは


「サイテー! ○ね!」

「絶対わざとよ! ○ね!」

「この変態! ○ね!」


 と、スギハラに罵声が向けられる。


「おおおおおお!」


 逆に周囲の男達からは、歓喜の声が上がるが―


「最低だぞ、スギハラ!」

「恥を知れ、恥を!」


 すぐにその歓声はスギハラへの罵倒へと変った。


 何故なら、紫音の可愛らしい胸を見た男達は


 ある者は、出稼ぎで田舎に置いてきた愛しい娘を……

 ある者は、家にいる少し生意気な妹を……


 ある者は、世話を焼いてくれる幼馴染を……(※彼女は紫音と同じサイズの女性のようです)

 ある者は、たまに遊びに来るかわいい姪を……


 思い出したからだ。

 そして、そのようなことを思い出した男達は、喜んで歓声を上げたそんな自分達を恥じ、そんな状況にしたスギハラに八つ当たりを始めたのだ。


 エレナも突然の出来事に混乱してしまっている。

 だが、一番困惑していたのはこの男だったかも知れない。


「えっ?! えっ!? どうなってるの!? あの子、女の子だったの!? だって、アイツは、ユーウェインは何も言ってなかったし…… ええっ!?」


 そして、スギハラは混乱した頭でひねり出して、紫音に話しかけた言葉が―


「君……、男の娘じゃなかったの?」


 最悪の言葉だった……


「誰が、男の娘ですか!!!!」


 紫音は怒りの叫びとともに、スギハラに渾身の横薙ぎを打ち込んだ!


「ぶべら!!」


 スギハラはその台詞と共に回転しながら派手に吹っ飛び、そのままうつ伏せで倒れ動かなくなってしまう。


「一本は、一本なんで私、依頼受けますから!」


 紫音は再び破れた部分を隠しながら、倒れたスギハラにそう言い放つと、スタスタとその場を後にして宿の方に歩き出した。


 紫音が、その場を離れると周囲の人達も


「負けて当然よ!」

「いい気味だわ!」


「久しぶりに、田舎に帰るか……」

「妹にケーキでも買って帰るか」


「今度、姪が来たら美味しものでも食べさせてやるか」

「俺、今度の依頼が終わったら彼女に告白するんだ!」


 と、口々に話しながら帰って行く。


 エレナは紫音を追いかけ、追いつくと紫音に自分の着ていたヒーラー用の上着を紫音の肩から掛けた。


「すみませんシオンさん、私のせいでこんな事に……」


「エレナさんのせいじゃないです。それにあの人のせいでもないです。全ては私が甘かったんです。冒険者としての自覚が足りなかったんです」


 歩きながら紫音が答える。


「それにしても、模擬戦とは言えあのスギハラさんに勝つなんてすごいです!」


「あんなの勝ったなんて言えません、あの人本気じゃなかったし、連続技だって途中までは本気だったけど最後の横薙ぎは、半歩踏み込みを甘くしました! 最後なんて思いっきり隙だらけだったし、きっと私に恥をかかせたからお詫びのつもりでわざと負けたんです!」


 エレナの言葉に紫音はそう反論した。


(それに、私の本当の実力では絶対に勝てなかった。対等に渡り合えたのは、フェミニース様が強化してくれたおかげだ)


 紫音は今回の戦いの勝因を自己分析する。


(私は、この十年間剣術の修行に打ち込んできた。だから、自身の剣技には自分なりに自信があった…。だから、こんな借り物の力で勝っても嬉しくない……。そうか、心の奥のモヤッとしたモノの正体はこれだったのだ……)


 そして、紫音は自分の中に感じていたモヤッとした感情の正体に気づく。


 冒険者組合前、周囲の人集りがすっかり消えた頃―


 倒れているスギハラに、1人の男が近づく。


「もう誰もいませんよ、起きても大丈夫ですよ。あの程度の攻撃ぐらい平気でしょう?」


 そう言ったのはガッシリとした体格のスキンヘッドの男、スギハラの【クラン】に所属する、マーシー・カシード(冒険者ランクB)だった。


「見ていたのか?」


 スギハラは何事もなかったように上半身を起こすと、立ち上がりながら彼に尋ねる。


「途中からですけど。しかし、負ける必要があったんですか?」


 カシードの問いかけに、スギハラは頭を掻きながら答えた。


「アレは俺が完全に悪いからな、女の子だって見抜けなかった俺のミスだ。それにあんな大勢の前で恥をかかせちまった……。俺には他にあの娘にどう詫びたらいいか思いつかなかった。お前らには迷惑かけることになるけどな……」


「たしかに【クラン】の評価は下がるかも知れませんね……。でも、俺達はスギハラさんに惚れ込んで付いてきたんですから、これからもスギハラさんのすることに付いていくだけですよ」


「すまんな……」


「あっ、そうだ。依頼は俺が受けておいたんで、さっさと【クラン】へ戻りましょう」

「そうだな、きっと副団長がカンカンになって待っているな」


 スギハラがそう言うと、カシードは少し興奮気味に答える。


「クールな美人女上司に、叱られるなんてご褒美じゃないですか!」


 彼は上級者だった……


 エレナと共に三度半泣きで帰ってきた紫音に宿屋の主人は、この娘よく半泣きでかえってくるなあ、冒険者として大丈夫なのだろうかと思う。


 しかし、夜になり事の顛末が伝わると女将さんが、フルーツいっぱいのプリンを出してくれる。


 紫音は、再び女将さんの優しさに感謝しつつプリンに癒やされた。


 次回――


 ついに、「紫音が兵器となり、戦争に祈りを捧げる死の司祭となる――」







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