12話 聖女との出会い




 紫音は悲しい偶然の一致から、下がった気持ちの切り替えをして、スキルプレートをもう少し見てみることにした。


 特殊スキルの欄に、<動体視力+>、<魅力++(特に年下同性効果大)>と記されている。


(もしかして、アリシアが私にグイグイ来るのはこのスキルのせいかも……)


 紫音はそこで考えるのを辞めた。


「特殊スキルに<動体視力+>が記されていました」

「近接前衛職には、ピッタリのスキルですね」


「ではエレナさん、私これから冒険者組合に戻ります。色々ありがとうございました」

「はい、また……」


 紫音が立ち去ろうとすると、エレナに呼び止められる。


「シオンさん、あの……」

「はい?」


「……、何でも無いです。がんばってください」

「はい、ありがとうございます」


 紫音はエレナの態度が少し気にしながら教会から出た。

 教会から出たところで紫音は、来る時に見た教会の裏の施設にある煙突に興味が湧き見に行こうと思った。


「シオンさん、こっちこっち」


 教会の裏手に回ったところで、誰かに呼ばれたので周りを見ると、女性が木立の中から手招きしている。


(明らかに怪しい人だ…)


 紫音はそう思った。


 むこうも紫音が警戒しているのに、気づいたのかこう言ってくる。


「私は怪しくないですよ、シオンさん」


 だが、木立の中から手招きしているその姿はどう見ても怪しい。


「自分で怪しくないって言う人は、充分怪しいです。とくにそんな所から出てこずに、人を呼び込もうとしている人は!」


「はぅ!?」


 そう言われた怪しい女性は、一瞬ショックを受けたようだったがすぐさまこう言った。


「私はフェミニース様の神託を受けて、やってきたものです。天河紫音さん」

「!?」


(――!? この人、私の本名を知っている!?)


「信じてくれたのならば、こちらへ来てください」


 紫音はまだ信じきってはいないが、警戒しつつ彼女の元へ行く。


「フェミニース様から、アナタとは極秘で会うように言われているので、こんなところでごめんなさいね」


 女性は近くで見るとすごい美人で、何より優しそうな顔をしていた。それに声もとても素敵で優しい声で、神聖なオーラを感じる。あとなんかおっとりした感じもする。


 ここのシスターさんの服を着ているが、多分普通のシスターさんではないと思った。


「私はフィオナ・シューリス。【フェミニース教】の総主教をやっています」

「総主教様!?――」


 そこまで言いかけた紫音に対し、フィオナは彼女の唇に人差し指を優しく当て「しー」と言って、紫音の声量を抑えさせた。


「人に見つかりたくないので静かにね、シオンさん」

「はい…」


 紫音はフェミニース以来のできる素敵な大人の女性にドキドキしてしまう。

 レイチェル? そういえばそんな人いたかな…


 フィオナは、今回会いに来た理由を紫音に優しい口調で説明しはじめる。


「私が直接、シオンさんに会っていると他の人に知られてしまうと、アナタが特別な存在だとされ、色々な忖度や特別扱いされることをフェミニース様は恐れていました。アナタにはあくまで自分の努力で活躍して欲しいとおっしゃっていました」


「そうなんですか、フェミニース様らしいですね」


 紫音はフェミニースの厳しさと優しさを改めて感じた。


「私が今回会いに来たのは、シオンさんに私の【女神の栞】の番号を渡すためなのです。アナタが困った時に力になってあげて欲しいと言っておられました。ですから、困った時はいつでも連絡してくださいね」


「はい、その時はよろしくお願いします」


 紫音はフィオナの申し出に遠慮なくこう答え、更にこのような質問をしてみる。


「ところで、フィオナ様はフェミニース様とお話ができるのですか?」

 

 だが、彼女からの返事は紫音の期待通りではなかった。


「いえ、残念ですが私は神託という形で、一方的にお声を聞くだけです」


「そうなんですか……、“フェミニース様に色々と気を使っていただいてありがとうございます”って、お伝えして欲しかったのですが……」


「やはり、直接シオンさんとお話をしに来てよかったです。フェミニース様がアナタに期待するのが分かった気がします」


 紫音の質問の意味が、女神にお礼をする事だと聞いたフィオナは、そう言って優しく微笑んだ。


 すると、教会の中が急に騒がしくなる。

 フィオナが抜け出したことに気付いたようだ。


「皆を心配させてはいけないので、私は行きますね、シオンさん」

「はい、わざわざありがとうございました」


「そうそう、一つ質問してもいいかしらシオンさん?」

「はい、どうぞ」


「フェミニース様の神託では昨日来るはずとなっていたのですが、どうして昨日来なかったのですが?」


 紫音は困った。初の実戦で心がボッキリいってしまったと正直にいえば、自分に期待しているフィオナ様をがっかりさせてしまうかもしれない……


 でも、この人に嘘をついてはいけない気もしたので、ちょっと格好良い言葉を選んでみた。


「えーと、あの……。昨日は弱い自分を見つめ直していました……」


 嘘は言っていない。<物は言いよう>とは、まさにこの事であった。


(シオンさんはとても良い子でした。それに、どことなくあの子に似ている気がします。あの子は、元気にしているでしょうか…?)


 教会に戻りながら、フィオナは少しの間一緒に過ごしていたが、今は離れて暮らしている少女の事を思い出していた。


 フィオナと別れた紫音は、冒険者組合へ向かう途中アリシアとの約束を思い出した。

 早速連絡してみようと栞を取り出す。


 ”栞、手に入れたよ。番号は☓☓☓-☓☓☓☓☓だよ”と送った。


 しばらくすると、紫音の栞から猫の鳴き声がなり、声を再生させる。


“シオン様、お久しぶりです。連絡ありがとうございます。わたくしシオン様からの連絡を一日千秋の思いで、お待ちしておりました。わたくし今は冒険者育成高―”


 そこで途切れた。


「20秒しか送れないから仕方ないかな」


 紫音が返信するとアリシアからすぐに返信が来る……


 女性の電話は長い……、

 気がつけばきれいな夕日が空をあかね色に染めていた。


 栞の充電が切れそうになったので最後に紫音は、

 ”ちなみに、アリシアって年齢はいくつ?”と送る。


 するとアリシアからすぐに返信が来て、

 ”わたくしは今年で16になりました。なので、法律上結婚はもう……”


 そこまで聞くと紫音は栞のスイッチを消した。


(あー、やっぱりそうか……。<魅力++(特に年下同性効果大)>スキルの効果は、すごいな…)


 紫音はそう思いながら、西の空に目を向ける。


「夕陽が目に染みるな……。今日はなんだか疲れたし、時間も時間だし宿に帰ろう……」


 紫音は一人そう呟くと、宿に向かって夕暮れに染まる町を歩き始める。

 彼女の冒険者人生二日目はこうして終わった。

 魔物とは、まだ一体も戦っていない。


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