10話 冒険者育成教習所
冒険者の街 アルトン滞在2日目。
冒険者育成教習所が始まる二日後まで、自主トレをすることにした紫音はいつもどおり早起きをして朝練を始める。
宿屋の裏庭でストレッチをしていると、宿屋の主人が丁度通りかかった。
「では、これからランニングをしてきます」
紫音は宿屋の主人と朝の挨拶を交わすと、こう言ってランニングに出ようとする。
「おう、あんまり遠くまで行くんじゃないぞ。危ないからな!」
「子供じゃないんだから、大丈夫ですよ」
紫音は主人にそう言い返して外に出る。
まだ早朝なので人は少なく、ランニングにはもってこいだった。
薄い朝霧の中にどこまでも、古い石畳が続く。
「これは、優雅なランニングになりそう♪」
そう胸をときめかせ紫音はランニングを初めた。
宿屋の主人がカウンターで仕事をしていると宿の入口から、半泣きの紫音が右足を引きずりながら帰ってきた。
どうやら足を挫いてしまったようだ。
「開始十分で、石畳の抜けているところに足をとられて、足を挫いちゃいました~」
すると、騒ぎを聞きつけた宿の女将さんが氷の入った袋を持ってきてくれた。
「すまん、すまん。この辺の石畳は古いから、抜けて穴が開いているのを言い忘れていたな」
主人が申し訳無そうに、紫音にそう言うと彼女はこう言って主人を気遣う。
「いえ、自分の不注意ですから。それにこんなの回復薬を飲めば治るはずですし…」
その紫音の言葉を聞いた宿屋の主人は、彼女に耳寄りな情報を教えてくれる。
「そんなことぐらいで、回復薬を飲むなんてもったいないぞ。そのくらいの怪我、【フェミニース教会】に行けば回復魔法で治してくれるぞ」
たしかに、節約するに越したことはない。
紫音は痛みを我慢し、借りた杖をつきながら地図を頼りに【フェミニース教会】へ向かう。
(足痛いよ~、歩きにくいよ~。これなら回復薬を飲んだほうが、いいんじゃないかな…)
道中この疑問と何度も戦いながら、彼女はようやく教会に辿り着いた。
紫音が教会に入ると、入口近くに立っていた紫音と同年代ぐらいの若いシスター(?)が気づいて、近寄ってきて用件を尋ねてくれる。
「どうなされましたか?」
「足を捻挫してしまって……」
「それは大変でしたね、そこに座ってください」
紫音の話を聞いたシスター(?)に、促されるままに側にあったベンチに紫音が座ると、シスター(?)が捻挫した足に回復魔法をかけてくれた。
すると、たちまち足の痛みが引き腫れも治っていく。
(すごい、これが回復魔法……)
そして、あっという間に足の捻挫が完治する。
「ありがとうございます、シスター」
紫音が回復してくれた若いシスター(?)に、感謝の言葉を伝えると彼女からこのような返事が返ってきた。
「いえ、女神様を信仰するものとして、当然のことをしただけです。それに私はシスターではなく、これでも一応冒険者なんです」
「私もこれからですけど、冒険者になる予定なんです」
紫音は同年代で、同じ女性冒険者の彼女と少し話をすることになった。
「私の名はエレナ=ウェンライトと言います。冒険者ランクE。年齢は18歳です」
「私も18歳です。名前はシオン・テンカワです」
二人は同い年だと分かると、一気に意気投合した。
エレナは、若い女性用のお洒落なデザインの白を基調とした回復職用ローブを、アウターに腰までのコートを着用しており、薄い栗毛色の長く綺麗な髪は腰の近くまであり、全体的にお嬢様という印象を受ける。
彼女の話では、西の方にある村の出身で地方にある【冒険者育成高等学校】を去年ヒーラーとして卒業した。
だが、成績が特に良かったわけでもないので地方にある【クラン】に誘われず、仕方なくこの街に来たがやはり誘われなかったそうだ。
野良パーティーは不安なので参加できず、それで同じ女神の信仰者としてこの教会の好意で回復役として置いてもらっているらしい。
「私はどうしてしまったのでしょうか? いくらシオンさんと仲良くなったからといってこんなに自分の話をしてしまうなんて……」
スキル<魅力++>が、また無自覚に発動する。
紫音は最後に彼女にどうしても聞いておきたいことがあった。
「ちなみに、エレナさん。私の性別分かりますよね?」
今迄の積み重ねで、紫音は少し疑心暗鬼にかかっており、エレナにこのような質問をしてしまう。
「えっ、女性ですよね?」
「そうです!」
紫音はその答えに、親指を立てて満面の笑みで答える。
エレナは色々察したが、笑顔で別れた。
【冒険者育成教習所】開始の日、紫音は地図を頼りに施設へ向かう。
施設は街の郊外にあり、たどり着くまでにそれなりの時間がかかった。
(明日から体力維持も兼ねて、ランニングでこよう)そう思いながら中に入る。
教習所に入ると、紫音と同じ新米冒険者を目指す者たちがたくさんいたので、紫音は少しほっとしながら受付を済ませると、座学を学ぶ教室に案内された。
緊張して開始の時間を待っていると、教室の前の扉から40代前半くらいのベテラン冒険者が入ってくる。
紫音は、アキが見ていた戦争映画に出てきていた鬼教官みたいな人が指導するのかと思っていたので、案外普通の感じなので少し驚いてしまうと同時に安堵した。
「みなさんはじめまして。これから2ヶ月みなさんの座学の指導教官を行う、ミドルトンと言います。冒険者ランクはBです。実技は、私を含め数名で担当するのでよろしく」
冒険者育成教習は、基本午前中は座学、午後は実技となっていた。
座学は地図の読み方から、魔物の弱点、倒し方のセオリーなど冒険者としての初歩の初歩を教える事になっている。
座学を受けながら、紫音は元の世界での高校での学校生活を思い出す。
(勉強、剣術修業、風紀委員の仕事、そしてまた剣術修業…。アレなんかあまり楽しい思い出がない…)
きっとこっちの世界に来た時に、記憶が一部消えてしまったに違いないと自分に言い聞かせ座学を受けた。
昼からの実技の内容は初日なので、戦闘における基礎を教えてくれる。
各職の立ち回り方から、各武器の基礎の扱い方など。
そんな時事件が起こった。
見た目がいかにも荒くれ冒険者が、ミドルトン教官に食って掛かる。
「俺はこんな基礎を習いにきたわけじゃねぇ! 早くライセンスをよこせ!」
「基礎は大事ですよ、ダルトン君?」
ミドルトンは冷静に答えるが、男は聞く耳を持たず自分の主張を言い放つ。
「あんたを倒せば俺もBランクだよなぁ!?」
そして、そう言うと荒くれ冒険者は、ミドルトンに実技用の木製の大剣で襲いかかった。
だが、ミドルトンの足が一瞬なにか光るものに包まれると、彼は荒くれ冒険者の後ろに急速移動し背中に木剣を叩きつける。
ここにいた新米冒険者の中で、ミドルトンの一連の動きが見えたのは紫音だけであった。
「ぐはっ」
そう唸ると荒くれ冒険者はその場に倒れた。
ミドルトンは男を簡単に制圧することで、結果的にランクBの強さを改めて見せつけることになる。
「今の技は、オーラステップと行って急加速する技です。今日はしませんが、教習が進めば、やり方は後日教えます」
基礎だと思って緩んでいた新米達に緊張感が走り、それから新米冒険者達は真面目に実技を受けた。こうして、初日の講習は終わる。
紫音が宿屋に帰ろうと思って、【冒険者育成教習所】を歩いていると、教官室の扉が少し開いており、中から会話が聞こえてきた。
「ダルトン君、今回も見事な演技でした。おかげで新米冒険者達も、真面目に受講するようになりました」
「いえ、お役に立ててうれしいっす」
紫音は聞かなかったことにして、その場を後にする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます