09話 冒険者組合




 紫音は宿のチェックインを済ませると、ユーウェインに言われたとおり、【冒険者組合】に向かうことにした。


 宿を出ようとすると主人から「この街は広いから地図を持っていけ」と、この街の地図を貰う。その地図を見ながら進むと、【冒険者組合】と大きな看板が掲げられた建物を見つけることができた。


 紫音は恐る恐るその建物の中に入る。


 中は荒々しい筋骨隆々の冒険者だらけかと思ったが、そういう者だけではなく普通の体型の男性冒険者、そしてもちろん女性冒険者達も大勢いて賑わっており、この世界では冒険者という職業が、本当に特別ではないのだなと認識させられる光景であった。


 紫音は辺りを見回して、【初心者冒険者案内】と書かれた看板を見つける。


 あそこだと思い向かおうとすると、横から急に来た男とぶつかってしまう。

 ぶつかった相手は、見るからに荒々しい厳つい顔をした冒険者と、その仲間二人でもちろん厳つい顔であった。


「すみません」

「ああ!テメー、ただ謝って済むと思ってんのか!?」


 紫音はとっさに謝ったが、ぶつかった荒くれ冒険者は、紫音をただで許す気がないらしい。

 こっちの世界でもこんな人は、やっぱりいるのだなと妙に冷静に考えながら、頑張って言い返す。


「ちゃんと、謝ったじゃないですか? それにぶつかったのは、そちらの不注意でもあるでしょう?」


 紫音の反論に荒くれ冒険者は聞く耳を持たずに、威圧するように大声で一方的なことを彼女に向かって言ってくる。


「テメーのせいだろうが!」

「誠意見せろや!」

「慰謝料をよこしな!」


(なるほど、最初からお金が目的みたいだね)


 紫音は冷静に分析してみる。


 おそらく相手は三人なため、数の有利で引くことはないだろう。

 とはいえ、ここに来るまでの道中朝練をしていたとはいえ、まだ本調子ではない。

 正直三人相手に勝てるか分からない。


 あのメンタルの弱い紫音が、強面の荒くれ冒険者三人を相手に余裕があるは、ここが国営施設なので、きっとガードマン的な人が出てきて仲裁してくれるに違いないと思っているからである。


「そっ、そちらも悪いと思います」


 なので、紫音は三人を相手に頑張って反論しながら、ガードマン的な人が来ないか施設を見渡す。


 すると、壁にこのような看板を見つけてしまう……


 <当施設での窃盗、置き引き、冒険者同士のトラブルは当施設では責任を一切負いません>


(なん…だと…!?)


 紫音は、一気に強気から弱気になってしまう。


(でっ、でも、ここは他の冒険者が沢山集う場所。こんなか弱い乙女が、男三人に脅されているのだから誰か助けてくれるはず!)


 そう淡い期待を抱くが、誰も助けてくれない。


「おい!何、黙ってんだ!」

「表に出ろや!」


(ひぃー! どうしよう…。戦うしかないのかな…)


 紫音が世間の冷たさを感じながら、覚悟を決めて外に出ようとした瞬間、


「おい、そこの若いやつはちゃんと謝ったじゃないか? 許してやれよ」


 そう、言いながら1人の青年が歩み出てくる。


 その青年は紫音と同じ、黒髪に黒い瞳、そして東方国の黒と朱を基調とした立派な鎧、そして腰には見ただけでも解る【名刀】を差していた。


 そして、何よりユーウェインと同じくらいの達人の雰囲気を纏っている。

 青年は少し低音だがかっこいい声で、男たち相手に言葉を続けた。


「どうしても遊びたいんなら、俺が相手になってやるけど、どうする?」

「何だテメー、正義の味方気取りか!?」


 ぶつかった男はまだ威勢がよかったが、仲間の二人は彼の正体に気づくと、顔面が真っ青になり仲間を止める。

 

「待て!こいつはあの元王国騎士の双剣、冒険者ランクSS、カズマ・スギハラだ!」


 正体を知った男たちは、急に焦りだし「な!?お、覚えてろよ!!」と、お約束のような捨て台詞を言って、慌てて施設内から出ていった。


(この人が、ユーウェインさんと同じぐらい強い人…)


「余計なお世話だったかな?」


 スギハラが、紫音に話しかけながら近づいてくる。


「いえ、助かりました。ありがとうございました」


「そうか、それならよかった。君が、女の子なら周りの男も助けただろうがな。まあ、男なら自分の身は自分で守れるようにならないとな! じゃあな!」


 そう言って、スギハラも冒険者組合から出ていく。


「男……」


 紫音はしばらく虚空を見つめながら、このような事を考えていた。


(双剣っていうのは…、私を男の子と間違えないといけない決まりでもあるのか…?)


 スギハラが、外に出ると先程の荒くれ冒険者三人が地面に倒れており、その近くに身長190cmのガッシリとした体格のスキンヘッドの男が立っている。


 男はスギハラに気がつくと、近寄ってきて彼に話しかけてきた。


「コイツラが、スギハラさんが出てきた瞬間に奇襲を掛けるって言っていたんで、ぶちのめしておいたんですが、余計な事だったですかね?」


「いや、手間かけさせたな」


「いいえ。では、【クラン】に帰りましょう。副団長が首を長くして待っていますよ」

「そうか、じゃあ急いで帰るか」


 そう会話をした二人は、その場を後にする。

 しばらくして、我に返った紫音は【初心者冒険者案内】に再び歩みを進めると受付のお姉さんが、こう言って紫音を慰めてくれた。


「来てそうそう災難だったわね。それにしてもスギハラさんもひどいわね。こんな可愛らしい娘を男と間違えるなんて」


(このお姉さんは、きっとできる人だ。なぜなら私が女の子だと気づいたから!)


「それではここは初心者冒険者案内です。本日担当のシャーリー・エドマンドです。ご用件はなんでしょうか?」

 受付のお姉さんは、二十代前半ぐらいの笑顔の素敵な、頼りになる受付のお姉さんという感じだ。


「冒険者になりたいのですが……」


 そう紫音が答えると、シャーリーは冒険者になるための説明を始める。


「えーと、では丁度三日後から開始の【冒険者育成教習所】定員は……まだ大丈夫です。あと四ヶ月後に入学できる【冒険者育成学校】がありますが、どちらにします?」


「四ヶ月遊ぶ理由も無いので、【冒険者育成教習所】に参加します。」

「それがいいかもですね。では、この書類にお名前と年齢を」


 紫音が書類を書くと、シャーリーはさっそく書類に不備がないか目を通す。


「お名前はシオン・テンカワ、スギハラさんと同じで東方国出身なのね。」


 偽名を使ったのは、天音様の子孫だとバレたら色々面倒なことになりそうだからだ。


「年齢は18。18かあ、じゃあ、がんばらないとだね」

「18歳では、遅いのですか?」


 シャーリーは、年齢が気になった事についての説明を始める。


「早い人は13歳から【冒険者育成学校】に通うから、そういう人達と比べるとってこと。シオンちゃんぐらいの年齢ぐらいから始めた人でも、活躍している人は沢山いるからシオンちゃんの努力次第かな」


「はい、がんばります」

「では、三日後にここに行ってください」


 紫音はシャーリーから、【冒険者育成教習所】への行き方が書かれた地図を渡された。


「はい」と返事をすると紫音は、三日後から始まる冒険者としての第一歩に不安と希望を感じながら冒険者組合を後にする。


 その日の夕方、アルトンにある大衆食堂―


 その大衆食堂のテーブル席に、カードゲームのデッキの構成をしながら時間を潰しているユーウェインの姿があった。


 すると、ユーウェインの対面の席に一人の黒髪の青年が座る。


「よかった、まだいたみたいだな」


 そう言って、席に座ったのはスギハラであった。


 この二人が会うなら、高級なレストランやBARが絵になりそうだが、二人共あまり酒が飲めないのでこういう場所のほうが落ち着く。


「いきなり、こんな連絡してくるなよ」


 そう言って、スギハラは女神の栞を再生させる。


『おう、俺だ。今アルトンのいつもの食堂でいるから。だけども、あれだ、あまり長くは居ないからな』


 と、いつもの彼とは違い何故かツンデレ気味の台詞が録音されていた。

 二人は雑談をしながら食事を済ませる。


 すると、ユーウェインが真面目なトーンで話を切り出した。


「どうだ、そろそろ騎士団に帰ってこないか?」


 その話を聞いたスギハラは、辟易とした顔でこう答える。


「また、その話か。何度も断ったはずだ。俺はもう、権力者の言いなりにしか動けない組織に属するのはゴメンだと」


「今は三年前とは違う。今の王ルーク陛下は、俺に独自で動く権限を与えてくれた。お前にもきっと与えられる」


「さあ、どうだか。権力者って奴は、その時の状況で方針や理念をあっさり変えちまう。それに俺は今の気の合う奴らと冒険者をやっているほうが、性に合っているし気に入っているんだ」


「そうか……」


 ユーウェイン残念そうにその話題を終わらせると、違う話題を始める。


「ところで、任務の途中で少し変わった娘(こ)と出会って、今日まで一緒に旅をしていたんが、将来性があると思って騎士団に誘ったら見事に断られたよ」


「お前が、積極的になるなんて珍しいな。そんなに有望なのか? どんなやつなんだ?」

「お前と同じ黒い瞳と髪を持った娘(こ)だよ」


「黒い瞳と髪……、もしかして昼間にあった彼かな?」


 彼? ユーウェインは一瞬ひっかかったが話を聞き続けることにした。


「あの黒髪ポニーテールの、凄いレベルの高い『男の娘』だろう?」


 ユーウェインは、そこまで聞くと全てを理解した。


 彼はこの十年来の親友に何故か意地悪したくなることがあり、”こいつが、シオン君が女の子だと気づいた時が面白そうだ”と思い、彼女には悪いが敢えて訂正しないでおこうと考えてしまう。


「ああそうだ、たぶんその子(こ)だよ」


 ユーウェインは真実を知った盟友スギハラのリアクションが、今から楽しみで仕方がなかった。


 だが、この彼の軽い悪戯心が後に悲劇を生むことになる。











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