夢(3)

 自分の仕事を果たすべき日が来た。天気は良好である。地上は快晴の空のように晴れやかで、庭に植わった低木の葉は艶やかに照り輝いている。いかにも自分が仕事に取りかかるのを祝福しているかのようだ。天気は良好である。自分は仕事を始めることにした。

 自分は家の中に引っ込み、取っ手のついた保管庫の扉を開けた。冷ややかな空気が白い煙となって辺りに流れる。保管庫といっても冷凍庫みたいなもので、機能からいってもそうに違いなかった。自分はそこから上半身を取り出した。自分は保管庫を閉めると、家の中のよく日の当たる窓際を選んでそこに置いた。このまましばらく待っていれば解凍されるだろう。

 自分は日向に横たえた上半身を少しの間眺めていた。西洋人らしき中肉中背の男である。金色のボタンが輝く真っ赤なジャケットに身を包んでおり、自分はその出で立ちからフランスの偉大な軍人を連想した。顔に目をやると、金髪で、キツツキのくちばしのように尖った鼻の下に、くるりと巻いた黒いカイゼル髭を備えている。

 自分はそれから立ち上がって下半身に取りかかった。下半身といっても厳密に言えば足二本である。無論先ほどの上半身と繋がっていたものだ。下半身はジッパー付きの袋で密閉されていた。自分は下半身を取り出すと、にわかな好奇心からその断面を見てみた。断面はサーモンのようなピンク色をしていて、切り株の年輪にも似た紋様が浮かんでいる。自分はそこにさしてグロテスクを感じなかった。自分の目にはどうしてもスーパーマーケットで売られている魚の切り身や肉の類に見えた。冷凍されているのもその連想に拍車をかけていたかもしれない。

 自分はこの下半身の置き場に困って、ひとまず部屋に敷かれていた布団の上に据え置いた。しばらく眺めてから、下半身を袋から取り出し、布団が霜に濡れないよう袋を敷いて、その上に再び足を置いた。こちらも解凍を待つばかりだ。自分は例のごとく二本の足をじっと観察した。先ほどの上半身と比べるといやに短い。これらが組合わさった暁には恐ろしく胴長で短足な男が出来上がるものと見える。それともこれは時代による体格の違いだろうか。人間の平均的な体格は時代によって変わるものだそうではないか。そしてこの体は江戸時代から伝わるものと聞いている。――この男を江戸の昔から現代に復元し、復活させることが自分の使命である。そして今日がその指定の日付だった。

 自分はきらきらと霜を光らせる足の前に座りながら、しかしこの上半身と下半身はどうくっつければいいのだろうと考えていた。足は足のままでは意味がないし、上半身も下半身がなければ動けない。だがまさか断面に断面をあてがえばぴったりくっつくということはないだろう。何かしらの段取りが必要に違いない。

 男がこのまま解凍されて目覚めたらどうなるだろう。自分の体が断裂しているというのは、激烈な苦痛を伴うものではないだろうか。凍らされて眠っているから、自分の体の状態を知らずに済むし、それゆえに男は眠っていられる。自分の任務はこの男を蘇らせることである。ただ解凍すればいいというものではない。

 自分がそんなことを考えていると父親に呼ばれた。自分は父親に連れられて自分の部屋に戻った。自分の部屋にはたくさんの知り合いがいた。銘々自由にしていたが、みな何かしら菓子の袋を開けていた。自分はベッドに腰を下ろした。先ほどまで日中だったのに窓には宵の空が映っていた。紺色に染まった風景に家々の明かりが星のように灯っている。父は部屋の外に出ていった。まだこの部屋に来客があるらしい。自分はこうしている場合ではないと思い立ち部屋を後にした。部屋の外は元の真っ昼間だった。

 上半身の傍らに腰を下ろしてノートパソコンを開いた。画面には人体を結合する手順が画像つきで解説されていた。なんでもいくつかの材料を混ぜ合わせて接着剤のようなものを作り、それを断面に塗ってくっつければいいという。その材料も載っていた。しかしあいにく自分の手元にはどれもなかった。大分特殊な素材だから通販サイトを使うほかないかと思ったが、通販で買ったものが当日中に届くはずがない。自分は息が詰まるのを感じた。血が冷えて視界が狭まり、頭が働かなくなってきた。日付は今日と指定されている。指定されているからには、つまりこれが明日以降にずれ込むと何か不都合があるに違いない。これは元々人間を復活させるという大仕事な上に、この日時の指定は時代を隔てての注文である。日付は重要な事項に違いない。そしてこのまま解凍すれば、目覚めるのは半身のない男だ。その苦痛たるや想像するに忍びない。断面に空気の触れる痛みとはどれほどのものだろう?

 男を復元するのは今日でなければならない。男の体を接着せねばならない。しかし接着するための材料がない。材料が揃うのは早くても明日以降である。男の解凍は進んでいく。自分は仰向けの上半身を前にすっかり混乱して、何も考えられなくなってきた。

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夢置き場 うなかん @unakan

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