第2話 熊と死んだふり
「ぎゃああああああ」
背中に氷を掛けられたかのような震えがはしり、俺は声の限り叫んでいた。
「なんだよ、あれ!聞いてないよ、女神様! 日本の熊だって危険なのにあれは、やばすぎるって。10m程ある電柱を殴って折るって、もはや怪獣だろ!」
よろけるように物陰に隠れ、息を殺してじっと外を見つめる。
鹿のふりしていた熊は、しばらくは折れた電柱を殴り付けていたが…。
「ギャー キター!!」
巨熊?が一直線に俺のいる、ガラス窓に向かって走ってくる。その姿はみるみるうちに大きくなる。俺の頭には、民家や店舗に車が突っ込んだときのニュース映像がうかぶ。はたして、大型貨物トラック並みの、あの獣が突っ込んできたらどうなるのだろうか。
「にげ…にげ…ああぁぁぁぁぁぁぁ」
逃げることはできなかった。尻餅をついて手足をじたばたさせるのがやっとで…。
俺が、凝視しているその先で、ついに巨熊は窓ガラスにぶち当たり、轟音と共にガラスが…
巨熊を弾き返した。
「はあああああああぁぁぁぁぁ????」
ガラスに弾かれた熊は、高々と宙を舞っていた。結構な高さをクルクルと縦回転で回りながら飛んでいく。あれ?昔漫画で見たぞ、あんな感じで、なんとか抜刀牙とかいう…あれは熊狩りする犬が使う技だったはずだが…そして、巨熊はグシャッという擬音をあげそうな感じで、頭からアスファルトに突き刺さった。一瞬ボクシングのリングが幻覚できた気がした。
「なんで?このガラスどうなっているの?」
熊を跳ね返したガラスを凝視しながら首を捻る。すると『鑑定を行います。鑑定対象を選択してください』という声がした。
なんか聞こえた…そして視界に文字列が並んだ。
対象を選択してください。
・ガラス
・結界
・熊
「あれ?選択?さっきはステータスって念じたんだけどな」
とりあえず文字を見つめる。…この虚空を見つめる男って、他人から見たら不審間違いなしじゃね?
ガラス:異世界の技術で作られたガラス。現在の技術では再現不可能。
結界 :家と車両を守る障壁。あらゆる攻撃を反射する。
熊 :デスベアと呼ばれる巨大な熊。5mを越える体躯を持つものも少なくない。肉は固く食用には向かないが、毛皮は丈夫で下位の魔物を避ける効果がある。
選択じゃなくていっぺんに出た!これもしかして裏技か!でもって、原因判明。
「結界で反射!!ありがとう女神様。でも、できたら事前に説明が欲しかったです」
そんな思いに思考をめぐらせていると、デスベアに動きがあった。アスファルトに頭を埋めるように突き刺さっていたデスベアは四肢を震わせ立ち上がろうとしていた。
「嘘だろ。…まだ動けるのか?」
デスベアはふらつきながらも近寄ってくる。また突撃してくるのだろうか?
デスベアはガラスの前で立ち上がり腕を振り上げ…そして、ゆっくり倒れ…ピクリともしなくなった。
夜が明けて既に数時間。商品棚を見てみれば昨夜食べたものや調理器具が補充されている。しかも、調理に使用した鍋などはそのまま残っている。つまり、消費分は追加されるが、食品のように消費で無くなる物以外はそのまま残る。箱から出してしまえば翌日には数が増えるわけだ。
という事は…商品が無限に使えるという事である。農業資材や建築資材も無限に使える。店内には育てれば食料になりそうな園芸用の種子も売っている。産直コーナーには無い野菜や果物の種子があれば食材が増える。まあ、旨く育つか分からないが、暇だけはありそうだから色々やってみるべきだろう。
「プランターでしか育てた事無いからなあ~~~うまくいくか分からないけど、折角だし建材で花壇風に畑作って育てたいよな~」
店内にあったフォークリフトで屋外園芸コーナーに置いてある物を移動し、畑用のスペースを作る。屋外園芸コーナーはフェンスで囲まれ出入り口は可動式の柵になっているので、ここも結界が作用するらしい。そして、フォークリフト運転中に思いついた。フォークリフトを使えば熊を移動できるのではないだろうか?
「あれは、死んでいる…よなあ?」
あれだけ景気良く頭から突き刺さって生きているのは、少年漫画の中だけの話だろう。
「もう、危険は無い…よな。…無いよな?」
ここは異世界だ、命綱装備して石橋を10フィート棒でツンツンしながらゴーレムに先行させて様子見するくらいの慎重さが必要だ。
「…もう少し放置して動かなかったら確認してみよう。そうしよう」
夜が明け半日過ぎているが、熊が全く動いて無い事から間違いなく死んでいるのだろう。だが、そのまま放置しては何れ死骸が腐敗し始め悪臭が発生するし、害虫や他の肉食性害獣を呼び込む原因にもなる。なんとか移動しなければいけない。
「実際フォークで持ち上がるのか試してみるか」
俺はフォークリフトに乗り、熊の傍まで接近してフォークの爪を、熊の体の下に差し込もうとした。
その時。
「フゴッ!!」
ガン!
フォークの爪が横殴りに振られ、結界にはじかれる大きな音がした。
「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~」
そして、また俺の叫び声が森に響き渡った。
間違いなく熊が死んでいると思っていた。夜に倒れて翌日の中天を過ぎ、およそ16時間ピクリとも動かなかったんだ。その状況で『実は死んだふりでした。騙された?騙された?ねえねえ今どんな気持ち?』って、感じで熊復活とか普通は考えないだろ?まあ、単に気絶していただけだと思うけどさ。
人生最速と思える速度で走って店内に逃げ戻り、ガラス越しに外の様子を窺う。すると、熊がガラスに近寄ろうとするが結界に阻まれた。しばらくは中空を叩くパントマイムのような物を見せたていたが、一度大きく吠えた後は森へと帰って行った。ああ、まるで海に帰るゴ○ラのようだ。
「う~ん、四方全部森だな」
熊狸寝入り事件から数日たち、引き篭もりに飽きたので、与えられた拠点とやらの周囲を車で確認して回る。
森は鬱蒼としていて、俺のサ○バーバンが4WDとはいえど、走破は無理だろう。木々に隙間が無いではないが、下草で地面が見えないため、地形の起伏や根、石などの障害物も分かりにくい。さらに、車高が低いとあっては、軽バンが立ち往生する姿が容易に想像できるというものだ。
「しかし、異世界で生身の日本人が森に入るのって、自殺と同じだよな。異世界小説じゃ、主人公は剣一つでホイホイ森に入っていくけどさ、あれは無理だよ」
地球のジャングルにも危険な生物は居るだろうけど、現地の人には経験と知識という武器がある。単純な戦闘力で測れるものではないはずだ。
「だいたいさ、剣術や槍術の有段者に「山に入って熊か猪狩ってきてくれ」と言っても、9割の人が断るんじゃないか?」
いずれまた、あの熊は来るだろうから、迎撃を出来るような仕掛けと、武器を用意しよう。幸い車両には結界があるので、体当たりすれば、少しはダメージを入れられるはずだ。
さらに車両を改造すれば、より効果的だろうか。ボディーに突起物をつけて世紀末風味な車にするとか、フロントに丸鋸をつけるとか、削岩機をつけてパイルバンカーとか言ってみちゃうとか。
「魔改造っていいよね」
駐車場で罠を作る。すぐ横に軽バンがあり、運転席のドアも開けてあるし、エンジンもかけてある。
いつでも逃げられる準備をしたうえで、駐車場の一角に延長コードを引き、先に電気コンロをつないで、上にカセットガスボンベを設置する。落ちないように軽く粘着テープで固定して、周囲に釘やビスを配置した。ボンベの爆発で直接的なダメージを狙うのではなく、音での威嚇とあわよくば、飛散物で目にダメージでも入ればもうけものだ。
アングルを大きな口の字に組んで内側にネットを張る。化学繊維のネットをゆるめに張っておけば、絡みついて引きちぎるのは難しいはずだ。これの一辺にロープを結び照明電柱を使って網を斜めに引き上げ固定する。
店舗の一部で改修工事が行われていたらしく、現場に高所作業車があったので使わせてもらった。
ロープの反対側は先端に結び目を作り、その上に押せば崩れるように重石を置いて固定した。
エクステリアコーナーから、ログハウスを運びだして駐車場に設置する。窓が少ないので各所にのぞき穴を兼ねた銃眼を作る。
武器に使えそうな農機具や工具類を置いて、結界効果付の前線砦として使用する。
ついでに火炎瓶(モロトフ)を作成する。敷地内にGSは無いが、発電機や農業機械の試験用に保管されていたガソリンと灯油で2種類作った。
「罠か…いや、アレはだめだ」
アレとはトラばさみの事だが、トラばさみは多くの猫が犠牲になって、足を命を失った。
現在、日本国内の狩猟では、トラばさみは全面使用禁止になっているし、害獣退治で使用する場合でも、事前に行政へ届けでて使用許可をもらう必要がある。
例え異世界に法が無かったとしても、まだ見ぬ猫の事を思えば、絶対に作るわけにいかない。
「罠だらけにしても、車の邪魔だからもういいか。次は武器を考えるかな」
鉄板に尖らせた鉄筋を溶接して、針山のような物を作る。これを車のフロントに取り付け、武器とする。H鋼にタンカン杭をUボルトで固定し、それをフォークリフトの爪に、装着した。
「そうだ、熊用の破城槌を作ろう。魔物は人の姿を見れば襲ってくるんだから、遮蔽物を作り視界を制限すれば、こちらの望む位置に誘導できるはずだ。そして結界で止められた熊に、中から強烈な一撃を入れてやれば、安全確実だな。よし、これなら勝てる」
熊用の罠と兵器を作り、次なる物を考える。
「きっと、熊以外にもゴフリンとかオーガとか、ファンタジーの定番がいるはずだから、そいつら用の武器も作らなきゃ」
長柄の斧と手斧があったので、ダイヤモンド砥石で軽く刃を研ぐ。
鉈もあったけど薪割用だった。マチェットなら短刀代わりになるんだけどな。
槍を作るために、包丁や刈込み挟を加工して、金属パイプの先端につけた。
「初心者が持つ武器の定番はショートスピアだって、昔何かで読んだな」
固定は差し込んでパイプをつぶし、パイプにビスを打つ。つるはしの柄を長くしピックを尖らせる。当たれば刺さるだろうか。
その他の武器候補を用意する。ガス管、鎌、電池式草刈機等も使えるだろう。
「チェーンソーはチェーンが外れやすいからなあ。知り合いが生木を切るのに何度も外れて中断していたのを見ているから、役に立つとは思えないな」
ま、最大の問題は近接戦で、俺が戦える気がしない事なんだよな。身体能力、精神力、技術、全てにおいて戦いに向いていない。いざという時無くて困らないように、用意だけはしておくけど、生身戦闘はギリギリまで避けたい。
「そうなると、やっぱり飛び道具だよな」
飛び道具といえば、銃、弓、スリングショットが基本だろうか。
「まあ、現実的な話として銃は作れないし、ネイルガンもだめだ」
ネイルガンは釘の射出口を対象に接触させて打つから銃のような長いバレルが無い。釘は弾丸のように回転もしないから、当然真っ直ぐ飛ぶ距離が短い。ろくに音がしないから外れたら威嚇にもならない。
「作るなら弓系とスリングだな」
確か塩ビ弓なら簡単に作れたな。幸い材料も道具もそろっているし、練習がてらセルフボウから作り、コンパウンドボウ、コンパウンドクロスボウと作っていく。
「弓矢とボルトの2種類は面倒だな、いっそボルトを弓矢サイズで使えるようにするか? いやそれはもう携帯サイズじゃないな」
「あ、飛び道具といえば投擲武器も入るな」
ハンマーピック、手斧、催涙弾代わりの薬品等を用意した。
気がつけば時間も忘れて武器作りに没頭していた。正直いって武器の自作がこんなに楽しいとは思わなかった。
「よし、今日はここまでにしてDVDでも見るか」
防災用品コーナーの缶詰パンと酒コーナーの赤ワイン、ビーフジャーキーを食べながら古いコメディ映画のDVDを見る。久しぶりに見たせいか、げらげら笑ってしまった。この場に家族がいたらきっと呆れたに違いない。
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