異世界でDIY【改訂版】

猫田猫丸

第1話 気が付いたら異世界

「へっくしょん…んぁ~…寒い…体いてえな」


初めての目覚めはとても不快なものだった。


「…あれ、星空?どういう状況?」


俺は、混乱する頭でどうにか状況の把握を図る。


「えーどうなっているのこれ」


周囲を見回せば、目の前にドアの開いた軽バンがあった。

中を確認してみれば、見慣れた内装やドリンクホルダーなどから、自分の車と確認できる。ここは駐車場か、そういや何か買い物して帰ろうとしていたような気がする。


「俺、倒れた?貧血?脳卒中?」


頭は痛くない。体は少し痛いが、これはアスファルトの上に倒れてたからかな。見える部分に出血はないし、両目の視野にも違いは無いか。

脳系の症状だと、視界に影が出できるとか、視野が狭くなるとか聞いたけど、その気配はないか。


「一応明日、医者行ってくるか」


憂鬱な気分で車に乗り、エンジンをかけた。


「ごめんなさい!」


「え!?なに?」


突然、女性の謝罪が聞こえた。

周囲に人影はない・・・けど、声は近くから聞こえたような。

振り返って車の中を確認するが、やはり誰もいない。


「ここです!ここですよ」


ふと、見ればカーナビに女性の姿が映っていた。

なんだ、TVか…紛らわしい。


「すみません! 奈良さん、どうか話を聞いてください」

「え?」


うそだろ?

ナビのモニターに映る女性が悲壮な顔で、俺の名字を呼びながら話しかけてきたよ、どんなホラーだよ、まさか出てくるのか?モニターから出てくるのか。

モニターを凝視する俺にかまうことなく、サダ子(仮)が語り掛けてくるけど、その言葉は俺の耳は素通りしている。

神様仏様、誰か助けて。



「つまり、女神様である貴女様が管理されている、この世界『うん…何とか』でおきた戦争が原因で地球が滅びかけたあげく、私がこの世界に引きこまれたと…」

「はい。私達、管理者はそれぞれ管理する世界を持ちます。この管理世界は単独、或いは複数の管理者で共有できますが、逆に単独で複数の世界を管理することもあります。私は単独で複数世界を管理していたのですが、『******』の知的生物同士の紛争が絶えず、ついに異世界に干渉する魔法の行使を許してしまいました。全ては私の管理不行き届きによるものです。申し訳ありませんでした」


いや、さっぱりわかりません。モニターの女性が「実は私、異世界の管理者で」とか言い出して色々と事情説明してくれたけど、俺からすれば「ラノベかよ!」って感想です。

しかも今、俺がいる場所も地球ではなく『うん…にゃらぽて?』…ああもう、何で聞くたびに世界の名称が変わるんだ。何かの規制かかっているの?俺の頭が残念って分けじゃないよね?覚えられないような細工をしているんですよね。


「異世界に干渉する魔法ですか?勇者召喚かなにかとか?」

「いえ、発動された術式を確認したところ、地球側の物質を強制的に、魔力に変換してこちらの魔法装置の燃料タンクに、蓄えるようになっておりました。一言で言えば爆弾に詰める爆薬代わりでしょうか」


…まじで?

俺、爆薬がわりに異世界に送られちゃったの?


「魔王退治で勇者召喚されたとか、勇者召喚に巻き込まれたとか、戦争で兵士にするために召喚して使い潰そうとかの王道展開ではなく、最初から使い捨ての爆弾代わりですか?」

「はい。そうなります」


あまり聞いた事がないパターンだけど酷くないか?召喚なのに最初から生存できない仕組みとか、そんなにあっさり言わないで欲しい。


「…今回の事件は、異世界をエネルギーに変換して、相手への攻撃に使用する物でした」

「え、俺をじゃ無くて、地球そのものをエネルギーにしてですか?どれだけの命を犠牲にしようとしているのか…それにその攻撃は火力高すぎませんか」

「問題となったのは『異世界を』という部分で、これを適切な手順を踏まずに行うと、双方の世界が消滅しかねない、大変危険な行為なのです。ここでいう異世界というのは、地球ではなく地球の存在する次元と、考えていただいた方が正しいです。例えば、火星に超科学の火星人が居たとして、この火星人が地球を滅ぼしたとしても、同一世界の知的生物同士の戦争として処理されます。他の惑星を犠牲にする事にも罰則はございません。事実、地球でも宇宙人によって複数の高度文明が滅ぼされていますし、現在も時々人をさらって実験している様子が確認されていますが、管理者は問題視していません。ですが、計画通り異世界を取り込みますと、どちらの次元も消滅する可能性がありました」


 まじか…宇宙人居たんか…滅びた文明があるというのは、アトランティスやムー大陸が実在したとか、そう言う事か?


「えっと、それで、なぜ私がこちらの世界に?」


今の話と俺の状況は、どう繋がるの? 世界の危機と、今、俺が置かれている状況の関係が分からん。


「はい。今回使用された魔法は地球の地表に、起動魔方陣を打ち込み、その魔方陣を起点に周囲の物質を強制的に魔力に転換して『******』に送り込む仕組みでしたが、異常な魔術を感知した地球の管理者様が即座に反射術式による防衛を実施。転送魔術は起点となった地表をわずかに巻き込むだけに留まり、双方の世界は事なきを得ました。ですが、例外が…」

「あ、判りました。そこに私が居たのですね」


そのパターンだと絶対に俺がそこに居たよね。


「はい。魔力に変換されてしまった物質の中に、貴方様が含まれていました」

「…なんとか、帰える手段はありませんか?」

「残念ながら…貴方様を地球に返す術は、ございません」 


あ、やっぱり。まあ、それがお約束ってやつだね。


「私以外に居た、買い物客や店員は?」


太平洋でヨットに乗っていた分けじゃないのだから、周囲に大勢居たはずだよ?その人たちはどうなったのさ。


「魔法陣は発動地点を中心に波紋のように広がり、周囲を解析していきます。そして、解析後は、中心部から崩落するように、異世界へ送り込まれますが、解析と崩落の速度差により、中心地付近以外は被害を受けていません。つまり犠牲者は貴方様のみです」


「…はあぁぁ…あ、すみません」


思わずため息が出た。女神様相手に不敬極まりないのだろうけど、でちゃったものは仕方が無いよね。


「地球の管理者様からは『巻き込まれた者が見つかった場合は十分な賠償をするように。後でもし、うちの者を粗末に扱ったと判れば…』と、おど…いえ、指導を受けておりますので最大限の努力をさせていただきます」


うっわ、本音が透けたよ。

俺がどうこうではなく、地球の神にガッツリ締め上げられたからって感じじゃん。


「俺の地球での扱いは?」

「地球では、地球の管理者方が複製を遺体として用意されたそうですので、心不全等の病死として扱われ、複製が葬儀埋葬されています」


そっか…まあ行方不明よりは良いのかな?家族も諦めがつくだろうし、居ない俺を無駄に探さなくて済むし、保険にも入っていたはずだし。


「ところで、さっきから気になっていたのですが、あれはなんですか?」


俺は近くの建物を指差して尋ねた。まあ、モニターの中の女神様には見えないだろうから手の動きは無意味だろうけど。


「再生にあたり、貴方の拠点を用意させていただきました。あの建物は貴方が亡くなられた場所にあった物に、私が手を加えた物です。この敷地内の全てを貴方の意思で任意の場所に呼び出せます。詳細はステータスを確認してください。それではそろそろ失礼しますね。奈良健人様の新しき人生に幸多き事祈っています」

 

「え、ちょ…」

 

引き留める間もなく画面の光が消え女神様も消えてしまった。


「あ~もう絶対、わざとだよね」


建物の壁面には大きく『ナラ・ホーム』と書かれた看板があり、俺の拠点とやらは某ホームセンターに良く似た建物だった。


車で軽く駐車場を見て周り、その後、屋上駐車場に上がって外を眺めたが、森の中や建物の裏手は暗く、詳細を確認する事は出来なかった。しかし、駐車場と店内は明かりが付いていて、建物内を移動するのには不自由しなそうだ。何故、電気が使えるのか不思議ではあるが、仮にも女神様が俺の拠点として用意してくれたのだから、ライフラインが生きているのは当たり前なのだろう。

車を屋上駐車場の、店舗入り口付近に止めて、店内に入る。もし、外敵が来ても最初は下から来ると予想しての事だ。それから店舗内を見て周り、裏口や商品搬入口などの目の届きにくい場所にある出入り口を確認し、扉やシャッター類は全て閉じて施錠した。一通り見て回ったが店舗内に、生き物はいなかった。

俺は、店舗内の寝具コーナーから、ベッドや寝具一式を持ち出して、店の事務室に設置し整える。展示品の折りたたみシングルベッドに、マットレスと布団を乗せたもので、セミダブルのベッドで寝ていた俺にとっては狭いが、今日はこれでよしとしよう。たぶん調べれば、もっと大きなベッドがあるだろうけど、探すのも組み立てるのも面倒臭い。既に外は真っ暗だし、精神的に疲れたからもう寝たい。全て忘れて寝てしまいたい。ああ、あの名作アニメの台詞が頭に浮かんでくる。確か『パトラ○シュ、疲れたろう。僕も疲れたんだ。なんだかとっても眠いんだ。…寝よ~』だったろうか。いや、最後は少し違ったかもしれない。


「新しいベッドに新しいシーツと布団…いいね!」


…まあ「いいね!」とか良く知らんけどね。

知らなくても不自由しなかったし。

おっさんになると、新しいものについていけなくなる事があるって理解したのは、いつ頃だったろうか。


「一応写真撮るか」


それでも、記念というか記録というかそんな気持ちがわいたのでスマホを取り出す。


「あれ?」


スマホはホーム画面で停止していて、何一つ操作できないどころか、電源を切ることすらできなかった。壊れてしまったのだろうかと思い眺めていると、時計の表示だけは変化があった。一応動いているので壊れてはいないようだ。


「まあこの世界では電話もネットも使えないだろうから、あっても役には立たないか」


動かない物をいつまでもいじっていても仕方が無いので次にうつる。寝床を整えたら、食事の用意だな。


「なにこれ、もしかして封印?」


店内の飲食店に向かうが、イートインや飲食店、携帯ショップ等のテナントは、全てが石で作られた実物大模型のようになっていた。当然、厨房施設も石化し料理を作れるような状態には無かった。

幸い、テーブルは問題なく使えそうだが、椅子は固く動かす事もできない。


「まあ店内には、ダイニングテーブルセットがあったから、あれ使うか」


家具売り場に向かったが周囲に可燃物が多すぎた。周辺を片付けてこの場で使用する事も考えたが、テーブルと椅子を台車で運ぶほうが早いと思い直し、イートインへと運ぶ。夕食はまだまだ先のようだ。


次に、店内をまわって食料や調理器具を集める。ここはホームセンターなので、生の食材を1から料理するには色々足りないが、レトルトや保存食品は腐るほどある。…いや言葉のあやであって、腐っては困る。


常温で食べられる食品も多々あるが、あえて暖かい物を食べる事にぢた。お湯を沸かす手間は面倒だが、それは我慢する。疲れているからこそ暖かな物を食べて英気を養う必要がある。先ずは調理器具コーナーからIHコンロ、やかん、鍋などを持ち出し、お湯を沸かし始める。ここでIHを使うなら、火事の心配は要らなかったと気が付いたが今さらだ。

かまわずイートインで湯の準備をする。水はペットボトルの水を使い、軽くすすいで別のなべに水を捨てる。湯煎で再度使用できるからだ。


食品のある売り場は店内に点在しているが、先ず目に付いたのは防災用品売り場だ。ここには非常用の備蓄に向いた食料がある。この店にはレトルトパウチでおよそ3年の保存期間を設定されている物が多い。ここで主食を見繕っていくつかカートに放り込む。次に汁物を求め別の売り場に行く。そこにはジュースや生米、インスタントラーメンにカップラーメンなどの普通のレトルト食品やインスタントの味噌汁などのある売り場で、程々に保存の利く食品が並んでいた。


最後に生鮮食品売場だが、残念ながらこの店には野菜と果物しかない。元々は違う商品の売り場だったので、冷蔵設備が必要な食品を扱うには改装が必要だったのだろう。

さて調理を始めよう。防災品コーナーから持ってきた数種類のご飯類からアルファ米ご飯の一つを選ぶ。


「山菜おこわ、君に決めた!」


投げないよ。

ご飯の加工保存品といえば、レンジで2分という形態が広く知られているが、炊いた状態で保存しているため水分があり、重量と保存性に難があった。しかし、米をそのままフリーズドライにした場合、炊き立ての米とは全く違う物になってしまう。そんな欠点を克服したのがアルファ化という処理らしい。まあ素人の俺にはそれ以上は分からないので、手軽で旨けりゃそれで良いと思っている。


おこわのパックから脱酸素材とスプーンを取り出し、熱湯を注いでよく混ぜる。チャックを閉めて待つ事15分。

おこわが出来上がるまでの時間で、おかずも用意する。おかずは豚肉のしょうが焼きだ、りんごが決め手らしい。常温でも食べられるレトルトだけど、軽く温める。お湯は先ほどの鍋をIHで沸かした。付け合せにオニオンサラダを用意したが、調味料は無いので肉のたれを利用する。 最後にねぎを刻んで鍋で味噌汁を作った。

イートインに設置したテーブルに着き、料理を食べ終えた後は、ビールとつまみで軽く飲みながらステータスを眺める。


「ステータスかぁ…これ、どうなんだろうね」


【鑑定:ステータス】

名前 :奈良 健人 (なら けんと)

種族 :人族(男)

年齢 :18歳

職業 :無職

レベル:1/1

生命力:若さ爆発

魔力 :なし

筋力 :筋トレ推奨

敏捷 :飛ぶ蚊を叩けます

知力 :異界

状態 :満腹・酔い(そう快期)


名前・種族はいい、年齢は若返っているが、お約束ってやつだ。

職業は無職…職安あるかなあ。

魔力は無し…え、無いの? この異世界転生はクソだな。

筋トレしろ? 大きなお世話だよ。

蚊?微妙だな…というか、普通足の速さとかの意味じゃないのか? 

異界ってなんだ?

…ああ、満腹だよ。食って飲んで少し酔っているよ。


「役にたたねえ!」


スキル:運転3・ 会計3・ 潜伏2・大工1・ 左官1

魔法 :不可

ギフト:鑑定・ホームセンター

所持品:サイフ・スマートホン・異世界の布の服と靴


運転って自動車免許の事ですかね。会計は自営業だったからか。大工や左官もたまに真似事をしていたから…かな?

潜伏…わからん。忍者?スパイ?ちょっと違うかな。悪い事ではないと思いたい。

あ、まさか昔アレな店に入る時や、アレな自販機を使う時、人目を避けこっそり潜んでいたあれか? あれはネットが無かった時代なら、誰でも通る道じゃね?

そして、戦闘スキルも魔法もないのですね。

警察官や自衛官だったなら、射撃と格闘技のスキルあったのかな。

ふう、先行き暗いな。

一寸先は闇というが、今まさにその状態だ。

そして、イートインから外を眺めれば、駐車場を照らす明かりの先に広がる森も、闇そのものだ。

女神様の話しによれば、今いる場所は例の戦争をしていてやらかした国の跡地らしい。一度更地…というか爆発で全て無くなって、巨大隕石の後みたいな地形になった場所らしいが、俺を再生するために50年程かけて森林として再生したとか。

別の場所に俺を再生するって、考えはなかったのだろうか?


「・・・・ん? なんだ?」


ぼんやり眺めていた駐車場の先、森との境に何か動めくものがいる。


「何か四足獣っぽい?」


でかい…。

頭のなかで『でけえぞ、あれ! …トラだよ、トラ!… バリケードを作って…ほんとにトラか?…鹿でした!』と、謎の会話が聞こえた気がした。


「そうか、あれは鹿か(願望)」


鹿なら問題ないな、うん問題ない。

暗がりから徐々に姿を現す鹿を眺める。


「…鹿のくせに熊みたいな奴だな」


四足でずんぐりとした体格。

距離があるために、大きさはよくわからない。

熊っぽい鹿は、ゆっくりと駐車場を歩きまわり照明の電柱を前に立ち上がり、前足を電柱に打ち付けた。

バガン!!……ゴゴ~~~ン!!!


「鹿!?立っちゃダメだよ、それじゃ熊じゃないか」


駐車場の一部が闇に染まる。照明の電柱が中程で折られたように見えた。電線の無い電柱は支える物も無く倒れ、周囲に轟音を響かせた。


「ぐがぁぁぁぁぁぁぁぁ」


異世界の森とホームセンターに、大気を振るわせる獣の吠え声が、響き渡った。


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