二十三話 洛陽決戦1—逃れられれぬ宿命—



「さて・・・・・・皆さん、覚悟は、よろしいですか?」

 清々しい早朝であるのに関わらず、この場の張り詰めた空気は重苦しい。何かを思い詰めている顔をほとんどの者がしていた。暫く経ってから、曹操と献帝が意を決したようにこっくり頷いた。それに続くようにこの場にいた者が全員頷く。

 西暦225年の初夏が始まろうとするこの日、いよいよ難敵董卓との最終決戦に入る。

 洛陽から程近くの場所で全将軍と部隊長を集めて最終軍議が開かれようとしていた。これから戦うのは、不死身の軍団とかつての仲間たちである。

 彼らがたとえ生きていようが死んでいようが、最早彼らにはこちらの〝声〟は届かない。彼らを苦解放するには、文字通り殺すほか手がないのだ。

 そんなことは、ここにいる誰もが十二分に承知しているが、ここまで来ると嫌でもそのことを思い出させせてしまう。この場の空気が重いのはその為だ。

 司馬懿ら軍師たちはさっと地図を広げる。そこには斥候の情報で得られた敵の配置図が書き込まれていた。

「敵は洛陽正門の前面に全兵力を展開。その数、およそ七十万。一方の我々は五十万。うち、五万を拠点防衛に当てている。普通に当たったところで全滅は必然。それ以前に今回は敵大将董卓を討たない限り、この戦いに我々の勝利はない」

 諸葛亮と周瑜が続ける。

「ですから、こちらは兵を二手に分けて戦おうと思います」

「一軍は普通に正面に陣取っている敵にブチ当たってもらいたい。勿論、兵力差が相当あるので、こちらには四聖と麒麟らを加えたものとし、袁紹殿に総大将をお任せしたい。加えるなら、ただ単に猪のようにぶつかるのはよろしくない。故にこれを更に幾つかに分けて波状的に奇襲攻撃をかけるものとする」

 この軍の目的は、囮の役目を果たしてもらうことであり、できるだけ長い間敵を引き付けてもらいたいとのことだった。一種の決死隊である。

「分かった、引き受けよう」

「わしらも異存は無いぞ」

 司馬懿は彼らに丁寧に礼を述べた。

「そしてもう一軍はここ、東側から敵本城に直接侵入して董卓を叩く。斥候隊の話では、董卓はこの城の最上階五階にいるとのことだ。

 そして、この城には、四階までにそれぞれ魏・呉・蜀の操られた将軍達と周泰平が待ち構えていると報告がある。つまり、だ。この隊の者達は彼らを斃しながら最上階にいる董卓のもとに向かうことになる」

 ここだけ、やはり周瑜のトーンは低かった。当然である。

 しかし、周瑜は気丈に振る舞い、この過酷な運命を一身に背負う者達を発表する。

「こちらには孟徳殿、元譲殿、文遠殿、大殿おおとの(孫堅のこと)、仲謀殿、私、雲長殿、翼徳殿、子龍殿、そして白龍君、封徳君、尚姫君、奉匿君、明林君五人と護衛将隊の皆にいってもらいたい。よろしいか?」

 周瑜が尋ねれば、黙って皆が頷く。

「本陣は仲達、孔明が指揮を取り、陛下の護衛を白朱殿にお願いしたい。それから───」

 周瑜はテキパキと指示を出した。

「戦闘開始は辰の刻を予定しています。各人の健闘を祈ります」

 諸葛亮は最後にそう締めた。
















「安徳、ちょっといいか?」

 出陣刻限が近づいている時に、安徳は龍二に呼び出された。指定した場所に行くと、既に龍二が待っていた。

「何か用ですか、龍二? ちょうど私も───」

 しかし安徳が言い切る前に、龍二は一枚の紙を安徳の眼前に突き出した。それは泰平に手渡された札だった。

「必要だろ? 持ってけよ」

「何ですかいきなり。藪から棒に」

「とぼけんじゃねえよバーカ。お前、ヤバいんだろうが、そこ」

 龍二はキツイ口調で、彼の心臓を指した。その表情は真剣な眼差しをしていた。

 安徳は内心驚きを隠せなかったが、あくまで彼はシラを切ろうとした。

「何を」

親友ダチナメんな。何年テメェとつるんでると思ってんだよ。お前のやることなすこと全部丸分かりなんだよアホが」

 龍二は安徳の額を小突く。それが何だかおかしくてついつい安徳は吹き出してしまった。笑い事じゃねぇと詰め寄ろうとする彼に安徳はすまないとわびをいれる。

「やれやれ、貴方にバレてしまうとは・・・・・・本当に想定外でした。それで、いつから気づいていたのですか?」

「気づいたのはここ最近さ。時々皆にバレないように胸押さえるし何か思いつめた顔しやがってたらな、もしやと思ったんだよ」

「───この事、達子らには?」

「言う気はないし、言うつもりもない。余計な心配をかけさせたくないんだろ?」

「・・・・・・貴方には珍しく分かっているではありませんか?」

親友ダチナメんなってさっきも言ったろうが」

 二人は愉快に笑いだした。不謹慎かもしれないが、安徳がこれほど笑うのはあの日以来初めてかもしれない。

 こんなことになっていても彼らが笑うことができるのは、言葉では表現できない固い友情で繋がっているからだろうか。

 安徳は彼から札を有り難く受け取った。

「それで、決めたのか?」

「まあ、貴方になら教えてもいいでしょう」

 安徳は先程記入したものを彼に見せた。龍二はほぅ、と息をつく。

 そこに書かれていた名前は、数多いる龍二が尊敬する人の一人であった。

「この人ってあの?」

「えぇ、そうですよ。かつて我々の国を治め、合わせて七百余年続いた三つの武家政権の頂点に君臨した者の中で、最もそれらしい者と言われた方。かの塚原卜伝翁と上泉秀綱(かみいずみひでつな)公の弟子だった方です」

 安徳はそう言って札を丁寧に懐にしまった。彼らは拳を合わせてからこの場を離れ、指定場所に向かった。

 まさか近くの茂みで隠れながら泣いている者達がいたのに、二人が気づくことは無かった。






















 辰の刻(現在の午前八時頃)に最終決戦の火蓋が切って落とされた。連合軍は戦争終結の為、今もてる全力で正門に陣取る董卓軍に突貫した。

 出陣前、帝と袁紹が並び立って全軍に告げた。

「諸君は、この戦いで決して死んではならん! 生きるのだ! 生きて後世の礎を共に築くのだ!」

と言い放った。それに対し、将兵達は拳を突き上げ腹の底から声をあげて応えた。

「これが最後の戦いである! 我々の手で泰平の世を手に入れるぞ!」

 総大将を任された袁紹が高らかに攻撃の命を下す。四聖は彼らの先頭に立ち暴れていた。

「久々の戦じゃ。思う存分暴れようぞ」

 特に、青龍は張り切っていた。

(頼んだぞ)

 袁紹は自分達の命運を若き少年達に託した。













『んにしても、けったいな城やなぁ~』

 敵の眼をかい潜り、ようやく董卓の居城にたどり着いた式神・九条前関白近江守為憲は唖然としていた。

 禍々しい城の外装は、城というよりまるで要塞だ。若しくは、ゲームなどに出てきそうな悪魔城というべきか。その悪魔城の上空には、薄気味悪い黒雲がかかり中や外を赤黒い稲妻が走っている。

「マジで悪魔が住んでいそうだな」

「趣味が悪いですね」

「はいはい、そんなこと言ってないでとっとと行くわよ」

 一行は密かに城内に侵入することに成功した。敵に見つからぬよう細心の注意を払いながら長い廊下を進み、そこを抜けるとだだっ広い部屋に出た。

 そこにいた者達を見て、一行は歩を止めた。

「妙才・・・・・・・・・」

 変わり果てた弟を前に夏侯惇が呟く。他にも元魏将徐晃らが彼らの眼の前に立ち塞がっている。

「孟徳、避けろっ」

 不意に孫堅が叫んだ。声に反応して振り向くと、右横から半径2m級の鉄球がものすごい速さで迫ってきていた。

 鉄球はしかし、曹操に当たる前に割り込んできた劉超の牙龍の眼にも留まらぬ速さの太刀筋によって粉々に砕け散った。

「不意打ちとは、武人として感心しねぇなぁ」

 劉超が襲撃者に冷たい視線を送る。その襲撃者は、百人くらいの食人鬼を引き連れて不気味な笑みを浮かべていた。

「あれを斬るのか。ちったぁ手応えがありそうだ」

 董卓配下の雍喃ようなん、字は連翹れんぎが気色悪い顔で劉超を見回す。

「お前ら、早く先に行け。ここは俺達が引き受けた」

 劉超が言うと張遼が早くと急かす。曹操らは左横の階段へ駆け出す。

「頼んだぞ、元譲」

 去り際に曹操は親友の耳元で囁く。勿論だと親友はにっこり微笑んだ。

「文遠も死ぬんじゃないぞ」

 張遼は視線から消えるまで主君の後ろ姿を眼に映していた。

「なんだぁ、お前ら三人だけが相手かぁ?」

 ねっとりした声で雍喃が言ったが、劉超は無視して指示をだす。

「お前らはそいつらを何が何でも助けてやんな。俺がコイツらを殺る」

「しかし───」

 心配する夏侯惇を劉超は言葉で制した。

「心配無用。アレ如きザコ、俺一人で十分」

 劉超はゆっくりした足取りで雍喃に近づいていった。

「んだ? テメェ一人だけか? 早速、死ににきたかぁ?」

 さっきのことを忘れ、侮るように見下している雍喃に、劉超は鼻で笑って返した。

「抜かせ。貴様ら蛆虫なんぞ、俺一人で十分ってことだ。そんなのも分からんのか?」

 バカにされた雍喃は激怒した。

 最も、実際、劉超にとっては言葉通りのことなのだが。

 怒りに任せて食人鬼共に攻撃命令を出した雍喃に対し、劉超は忠告をした。

「一つ言っとくぜ。アイツらの邪魔なんぞしようとしたら、俺は一切容赦はしないからそのつもりでいろよ」

 雍喃らと劉超の戦闘が開始された頃、夏候惇と張遼は夏候淵らと対峙していた。彼らは人形のように虚ろな眼をしていて、生気を感じなかった。

「妙才っ、妙才っ!!」

 夏候惇は泣きながら弟の名を叫ぶ。だが、夏候淵は何の反応も示さない。

「元譲殿、もうやめられよっ!」

 いたたまれなくなった張遼が彼女の肩を掴んだ。彼女は涙をためた眼で張遼をキッと睨む。

「分かっているわよ! でも、でも!!」

───どうにもやりきれないじゃないか

 ほんの少しでもいい、まだ人の心が残っていたならば、あるいはと思ったのだが、その思いは儚くも砕け散り霧散した。

 一体どこの世界に友人同士で殺し合わねばならないのだろうか。ましてや姉弟をやである。

 操られているとはいえ、それはあまりにも理不尽すぎるではないか。しかも殺さねば術が解けないとはどこまで人の心を弄ぶのか。この宿命を憎んで、嘆かずにいられようか。

 夏候惇は逡巡していたが、親友がかけてくれた言葉を思い、ついに腹をくくった。剣を抜き、切っ先を愛する弟に剥けた。

「覚悟はいいのか? 元譲殿」

 夏候淵らは既に抜剣してじりじりと近づいてきている。

「・・・・・・迷ったけど・・・・・・もう、決めたのよ」

 彼女にもう迷いはなかった。その眼は強かった。張遼は安堵して敵となった仲間に己が得物を剥けた。

「夏候元譲、いざ参るっ!」

「張文遠、押して参る!」

 そして、彼らは戦いを始めた。























「大丈夫かな?」

 良介がチラチラと後ろを見ながら呟くと、曹操は全く心配していなかった。

元譲アイツは俺の信頼に必ず応えてくれる奴だ」

と誇った。この時代に関してかじった程度の知識しかない良介だったが、何となくその言葉を信じることができた。親友とはこうあるべきなのかもしれないと思った。

 そうこうしているうちに、彼らは二階に到着した。

 そこには、孫策や朱然ら呉の将軍達が待ち構えていた。

「父上、ここは私達お任せを」

と孫権が言った矢先、凄まじい火炎が孫堅目がけて繰り出された。

「大殿!!」

「しまった」

 完全に後手に回ってしまった。今からではとても間に合わない。

「三式 光明こうみょう

 ところが、襲い掛かる火炎は、光り輝く真空の刃の乱舞によって相殺された。

 驚いた龍二が刃の軌道を遡るように追うと、そこには外で戦っているはずの龍一がいた。

「兄貴っ!? 何で!?」

「こうなるんじゃないかって思って、白朱さんに許可もらってついてきたんだよ」

 龍一は微笑しながら、腰に刀を帯び、槍を引っ提げて来た。その槍は龍二の持っている龍爪によく似ていた。

「あれ? 兄貴、それって」

「龍爪さ。白朱さんに〝作って〟もらった」

 龍一は当然のようにさらりと告げた。

 我が家の家宝は量産できるんかい、とツッコミを入れたいところだったが、状況が状況だけにこの場で言うべきではないと判断し、飲み込んだ。

 龍一は左にある階段を指した。

「さっさと行きな。ここは俺達が引き受けてやっから」

 龍一の言葉に、一瞬躊躇ったが、彼らは言われた通りに進んだ。

「すまない永龍君」

 孫堅の言葉に龍一は手で応えた。

「おいそこの奴、隠れてないで出てきな」

 皆が行った後で、彼が隅の壁に向かって言うと、隅の柱から人が現れた。

「よく分かったな」

 この階の将鮑薈ほうかいが低い声で龍一を見据える。

「相棒のお陰さ」

 彼の中からスッと聖龍が現れた。

「貴様、趙家の者か」

「趙鐐、字を永龍と申す」

「・・・・・・そうか。俺は鮑薈、字は徳頗とくはと申す」

 そう言って彼は左手で右の拳を包み頭を下げた。

 自然に二人が武器を構える。

 龍一には不思議な感覚だった。董卓配下の将軍とは大抵畜生以下の連中しかいないと決めつけていたが、なかなかどうして。こうも清らかな気を発している者もいるのに、彼は己の未熟を恥じずにはいられなかった。

「「参る!」」

 ほぼ同時に二人は互いの得物を激突させた。

 その頃、孫権と周瑜は困惑していた。敵とは言え、孫策は孫権にとっての実兄であり、周瑜にとっては苦楽を共にした竹馬の友の関係である。躊躇戸惑いなどがないはずない。

「仲謀殿、ひょっとして、怖いのですか?」

 周瑜が体を震わせている若き少年に尋ねた。孫権は首を振る。

「武者震い・・・・・・かな?」

 だが、そんなのではないと彼女はすぐに気づいた。

「・・・・・・仲謀殿、つくならつくでもう少しマシな嘘をついてください」

「あっ、やっぱダメ?」

「ダメです」

 キッパリと周瑜は切り捨てた。孫権は少しがっかりしたように肩を落とす。

「まぁいいです。それより、まずは伯符と義封らを助けるのが先です」

 項垂れる彼に、呉の知恵袋はそう言った。うんと孫権は頷いた。

 二人は佩ていた剣を抜くと、それを青眼に構え、足を半歩踏み出す。

「孫仲謀、手向かい致す」

「同じく周公謹、お相手仕る」

 二人の若武者は咆哮した。

















 三階に着くと、これまでの部屋とがらりと変わった雰囲気を持っていた。

 部屋は、この階からそれまで城の構築を完全無視したようなだだっ広い部屋ではなく、正方形の空間に変わり、殺伐とした空気がひしひしと伝わってくる。そこにはいろいろと禍々しい拷問器具のような物が無造作に置かれている。

 部屋には関平・姜維・ホウ統ら、そして、董卓軍の晏苹郢あんへいようがいた。

「おや、この階は貴方が担当でしたか」

 そんな彼を見つけた高蘭が冷笑した。晏苹郢は顔を曇らせる。

「高蘭、アイツは?」

「アレは晏苹郢と言って、かつて師匠の白朱のところにいたのですが、ひょんなことからあの男のもとに走ったどうしようもない精魂性根その他諸々一切がことごとく腐りきったヘタレ野郎ですよ」

「いちいちうっせぇんだよ、テメェは」

 やくざ顔ともとれる晏苹郢は荒く言った。

「私はただ事実をありのまま正直に述べたまでですが、何か?」

 高蘭は全く悪びれる様子もなく言い放った。つくづく安徳と瓜二つの性格の持ち主である。彼らの気が合っていたのも、頷ける。

「んだとぉ!」

 案の定晏苹郢は怒りを露にする。

「まあ、貴方のようなどこぞの馬の骨ともしれぬ輩は私一人で十分ですがね」

「というわけで、姉貴、先行ってくれ」

 張飛が皆を促した。一体何がというわけでなのか関羽は激しく問いたかった。

「オレと子龍がいればここは大丈夫よ!」

「・・・・・・調子いいなぁ、翼徳殿は」

 趙雲は苦笑いして答える。私は了承してないと言いたげであったが、ただ、趙雲本人もまんざらでもないようだった。

「まぁ、そういうことみたいなんで。行ってください、雲長殿、皆さん」

 関羽は些か呆れたように額に手をやる。我が妹ながら何とまぁ調子のいいことを。が、常日頃から暴走するわんぱく娘に趙雲のような常識を弁えた者がついてくれるのならば安心できた。彼は彼女の第二の世話係といっても過言ではない。

「分かったわ。でも、無茶はしないでね」

 そう言うと趙雲と張飛は任せろと親指を立てた。

霊憫れいびん(陳明の字)、桓丑かんちゅう(黄満の字)、貴方がたも残って手伝ってください」

 へ~いとやる気のない声で二人が答える。関羽達はそれを見てから階段へ急いだ。

「霊憫は子龍殿と翼徳殿を手伝ってください。桓丑は私と共にそこのヘタレ野郎を始末しますよ」

 それを聞いている晏苹郢は先程からこめかみをヒクヒクさせている。

「さっきっから言いたい放題だなぁ、オイ」

「おやおや、これしきのことでキレるとは、短気ですねぇ」

 高蘭は晏苹郢をわざとらしく挑発しまくる。晏苹郢はそれとはしらずにまんまとのってしまっている。

「ま、そんなことだから、いつまでたっても私には勝てないんですよ」

(アイツはぜってぇ敵に回したくない部類の人間だな・・・・・・・・・)

 黄満はその横で小さくため息をついた。

「もう許さねぇ! テメェだけは生かして帰さねぇ!」

 怒髪を立てて晏苹郢が襲いかかってきた。

「私とて、貴方をみすみす生かしておくわけないでしょう?」

 高蘭はくすくす笑って彼の斬撃を受け止めた。黄満は仕方なしに食人鬼の始末に取り掛かる。

「よーし、あっちも始まったことだしこっちもやんぞ!」

 張飛は頭の上で蛇矛を回転させ、構えた。

「テメェら、今助けてやっからなっ!」

 彼女はそう吠えると自ら斬り込んだ。やれやれと言う表情で趙雲と陳明がそれ続いた











 四階にたどり着いた一行はその異様な雰囲気に思わずその足を止めてしまっていた。彼らの顔には脂汗がにじみ出ている。

 そこは先程の部屋とはまた違う空気を漂わせていた。先程よりも不気味さが増し、暗く、重苦しく、そして冷たかった。

 そして、ここの中央に、彼らにとって決して会いたくない人物が腕組みして卑猥な笑顔で待っていた。

「待ってたぜぇ」

(避けられはしない、か・・・・・・・・・)

 龍二が悔やむ。彼を救えぬことに拳を小さく震わせた。その泰平は不気味な笑いを浮かべている。

「皆さん。ここは私達に任せて下さいな」

 一歩前にでながら安徳は腰の長光を抜いた。良介も続いて札を取り出す。

「えっ、でも───」

 驚いた達子に龍二はそっと肩に手を置く。

 この時、龍二は達子がある事実を知ってしまったことを自然に悟った。そして、その側で同じ反応をする明美も、おそらく同じであろう。

(・・・・・・知っちまったか)

 彼の内心に反応した紅龍は、彼らの「不幸」を嘆かずにいられなかったようである。やりきれなかった。

(これも宿命、というやつか)

 それでも、龍二は強い眼差しで彼女を見据えた。

「アイツに、任せてやってくれ」

 達子は彼の思いを受け取った。

「う・・・・・・うん、分かった」

「よし、ここは君達に任せる。頼んだぞ!」

 この場を二人に任せて残りの者達は階段へ向かった。龍二は、行く前に安徳の側へ近寄った。

「───絶対に死ぬんじゃねぇぞ」

 彼の肩を強く掴み見据えた。安徳は彼のその手を優しく触れた。

「分かっていますよ」

 龍二は曹操達の後を追った。その姿を、彼は今までにない優しい顔で見送った。

 彼は表情を元に戻し、闇に堕ちた友に向ける。

「会いたかったぜ安徳」

「・・・・・・はて、私は貴方に会うのはこれが初めてなのですが、おかしな事を言う人ですね?」

 彼の十八番が始まった。

「あぁ? テメェは大事な友達の顔を忘れちまったのか?」

「生憎と、私の知っている後藤泰平という人間はもっと親しみのある優しい方でした。貴方のような人を何とも思わないばかりか、このような外道のするような犬畜生以下に成り下がった憐れで滑稽な人間を友達に持った覚えはありませんのですがね?」

 頭にきたのだろう、泰平は簡単な攻撃術で攻撃してきたが、横から放たれた光によって彼の前で消えた。

「泰平。まさか、僕らの存在を忘れてるわけ、ないよね?」

『当然、俺達のこともな』

 彼と親戚関係にある良介がニッとした顔で言った。彼の横には式神の大内政義と九条為憲が控えていた。

「誰だテメェら」

 彼から発せられた耳を疑う言葉を聞いた左馬介政義は絶句すると同時に、心の底から失望した。

「おいおい、自分の式神のことを忘れちまうたぁ、土御門流陰陽師後藤家次期当主が聞いて呆れるぜ」

「全くや」

 同調した為憲は侮蔑の視線を送る。それに対し泰平は鼻で笑った。

「ふん、何とでも言いやがれ。テメェらを葬ることが俺様の使命なんだよ」

「・・・・・・いよいよ救いがいがないですね」

 その時、良介は札を取り出し密かに呪を唱えていた。

「結ッ!」

 札を上空に投げると部屋全体を巨大な光の膜が包み込んだ。

「これなら、十分に暴れられるだろ?」

と微笑んだ。

「流石学級委員。分かっているじゃありませんか」

「だてに君達と四ヶ月過ごしてないからね。君達のことはある程度分かっているつもりだよ」

 良介が微笑する。それに、安徳は苦笑して返す。

「勿論、君の心臓のこともね」

 その小言は安徳に聞かれることはなかった。心臓のことは、龍二から聞かされていたからこそ、彼の支援を申し出たのだ。

(泰平。必ず貴方を助けますからね)

 そんなことを知らず胸の中で誓いを立てた後、安徳は残る一刀、宗兼を抜いた。

「そろそろりましょうか、人非人にんぴにんさん?」

「ほざけっ」

 良介の攻撃術をひょいと避けると、彼は泰平の懐に飛び込んだ。













「董卓ー!!」

 正面の扉を蹴破ってたどり着いた先に待っていたもの。それは玉座に似た巨大な椅子の上に、肥大しまくったた身体を座らせている董卓の姿があった。横には異形の者と化した謀将・李儒の変わり果てた姿もあった。彼を見た時、曹操は思わず息を飲んだ。

「ようやく来たか、蠅共め」

 重い身体を持ち上げた董卓が言った。何とも言えない威圧感、眼光に、身体中の感覚が警報を発している。コイツは危険だ、今すぐ逃げろと。

 しかし、中華の存亡を一身に背負っている彼らは、ほんの一瞬臆したが、後ずさることなく、むしろ強い一歩を踏み出して眼の前の化け物に抵抗の意志を示す。ここで退いてしまっては、外で懸命に戦っている仲間達に申し訳がたたない。

「黙れ。貴様を倒し、この世の平和を取り戻す」

 関羽が青龍偃月刀を剥けて宣言する。それを、さぞおかしく思った董卓はありったけの大声で嘲笑した。

「ふははは! 正気か貴様ら。貴様らごとき蠅が、神であるわしに勝つだと」

「うっせぇんだよボケナス。テメェが神様なわけねぇだろ。俺達は全力でテメェをぶっつぶしてやる!」

 龍二は龍爪の切っ先を剥けて吠えた。

「ふん、その意気だけは買ってやる。なら、こやつらを倒したらわしが直々に相手をしてやるわ!」

 指を鳴らすと床を突き破って無数の異形の者が現れた。どれもこれも人の形をとどめていない。敢えて言うなら、顔は若干人の形を保っているくらいだ。

 全くもって、眼の前にいるこの男は、人の生命を何だと思っているのだろう。人を人とも思わぬ心理を理解できないし、しようとも思わない。

 今改めて見てみれば、董卓は悪の権化に相応しいなりをしている。力を頼りにする絶対君主であり、暴君である。

 と同時に、これが力に溺れた者の成れの果てなのだと認識できた。強大な力は制御しながら上手く使いこなすことが肝心である。

(ここに来て良かったよ)

(そうか。・・・・・・そろそろやるぞ)

 紅龍は静かに心を澄ませ彼の中に溶けていく。

「やったらぁ!」

 紅龍と同化した龍二が怒鳴った。

「行くぞっ」

 曹操が皆に言った

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