閑話陸 決戦に向けて



「今すぐ攻めるべきだ!」

「いや、ここは少しでも将兵を休ませるべきだ!」

 袁術討伐から一夜明けた。連合の将軍たちは軍議を開いていたが、数時間たっても平行線のままだった。この機を逃さず董卓本陣に攻め入るべきだという曹操ら主戦派と、負傷した将兵や疲弊した体力を回復させると同時に少しでも武器を調達するべきとする孫堅をはじめとする非戦派の対立だ。帝もお互いの主張が痛いほどわかるので決めかねている。幾度となく帝に採決を促すも無言を貫いていた。

「白龍君。君はどう思う?」

 たまらず周瑜が参加していた龍二に尋ねた。これまで無言で軍議に参加していた彼であったが、聞かれた以上何かしら発言せねばなるまいと思い、個人的にだがと断ってから見解を話した。

 周瑜は彼が言う言葉には全員を納得させるだけの力があると思っていた。過去二回の提案は全く彼を納得させるに十分であった。故に、情けないが彼に頼ることにしたのだ。

「個人的には今すぐの出撃は反対します」

 端的に理由を彼は述べた。一つ、兵力、戦力不足。二つ、建業の防衛能力低下。三つ、兵糧不足。そしてその理由を語る。

 現状我々はここ最近の戦闘で満身創痍であるし、重傷軽傷含めて手負いの将兵が多い。加えて武具の消耗も激しい。それらへの対策なく、勢いのまま攻めるのは自殺行為に等しい。かつ、國土のほとんどが董卓領となっている今、洛陽に行くにはリスクしかない。

 また、建業城もいたるところで城壁や門扉の損傷が目立つ。補修せねば次襲撃された際の弱点になる。そうなればこの城は瞬く間に崩壊する。

 攻めるには兵糧と保管拠点が絶対必要である。兵糧等を無視した突撃は愚考であると。

「それにここの防衛に人を割くために攻める人は半数ほどになる。そこを踏まえた作戦等は、ここにいる方にはおお持ちですか?」

 反論はなかった。皆が押し黙ったのだ。彼の話を聞いているうちに冷静になったのだろうか。周瑜が期待していた通りに彼は発言してくれた。沈黙している面々は恐らく色々と今後の動き方を考えているのだろう。

諸葛亮や司馬懿は先程からじっと龍二を見ている。彼に発言するよう促しているようにも見える。

「一応、即興で考えた案はありますがね?」

視線に耐えきれなくなったのか、見越していたのか嘆息して彼はその案を皆に披露する。

 まず、無傷の奉先軍にて洛陽までの道のりのいくつかで兵糧拠点となりそうな個所を三カ所確保する。並行して城壁の修復を比較的体力のある者達で敢行。兵糧の確保は住人に懇願して借り置ける。降伏した袁術・黄巾の将兵に関しては自分達と同等の扱いをすること。城内の兵糧は半分を住人用として手を付けないこと。といったところだった。

「借り受けてこっちのは手を付けないって何か意味なくないか?」

 誰かが意見する。

「ごもっともです。私としては、住民から食料を『借り受けて』戦中、戦後に色を付けて『お返しする』といった思惑だったのですが」

「その辺は我々で纏めておきます」

 すかさず司馬懿がいう。

「奉先殿をここへ」

 曹操が後ろに控えていた兵士に指示すると、兵士は返事して去っていった。数分してその兵士は呂布を連れてきた。

「何か用か?」

 頼みがあると曹操は端的に語った。

「3か所、兵糧の拠点を奪取して欲しいのです」

 それだけで彼は言わんとしていたことが分かったようだ。

「分かった。ついでに周辺の雑魚共も片付けてこよう」

 そういってさっさと去ってしまった。これで拠点確保はどうにかなる。

「ありがとう白龍君」

 周瑜は礼を言うと、頭を振って彼は席に着いた。

 よし、と司馬懿が手を打った。

「動けるものを二手に分けて資材を集めて来る班と修復班に分けて作業をする。併せて、周辺に斥候を放ち状況を探る。もしかしたら我々以外にも奴に抵抗している勢力があるかもしれん」

「斥候部隊の編成は任せてくれ。適任がいる」

「石材は我々に任せてほしい」

「修復は私たちの方で請け負いましょう。その手に精通しているものを知っていますので」

 これを前提方針として全軍に伝達し、さっそく行動を開始した。曹操は楽進を隊長とした斥候部隊を編成し各地へ飛ばし、情報収集を行う一方で、孫堅は石材採掘部隊とその護衛部隊を編成し数キロ先の山へと行かせた。諸葛亮はその手の才ある者を隊長に部隊に教授し石材が届き次第修復を開始した。

 龍二ら残った面々は治療班と訓練班に分かれてた。治療班は達子を筆頭に女性陣が率先して怪我人を世話していた。孫権も医療に詳しい人物を探し出して彼女達を手伝わせた。

 一方の訓練班が最初に手を付けたのが編成の改造だった。降伏した袁術軍将兵を各軍に編入し、更に各国軍も弄ることになった。

 提案したのは献帝だった。今や自分達は運命共同体。これまでのように国毎に将軍が兵を率いるとしてもその将軍や国によって戦闘方法が違う。ここはある程度やり方を統一して董卓に挑んだほうが良いと思うがどうか。そう投げかけた。帝の言葉を否定するものはいなかったのでそういうことになったのだ。

 責任者として選ばれたのはなんと龍二であった。この選定をしたのは帝であるが、本人を含めてその場の全員が驚いた。

「簡単なことだ。彼が一番『中立』だからだ」

 帝はそういうが、彼はこれまで劉備の下で戦っていたのだ。なので蜀のことは知っていても魏呉のことは知らないだろうと他の者達が反論した。それに対し帝は嘆息して騒ぐ者達を落ち着かせて説明した。

「彼は、『人を見れる』んだよ」

 その例として連合の兵糧責任者である陳寿の例を筆頭に伝えると、本人以外はうむうむと納得したように頷く。

「別に特別なことしてないんだけどな・・・・・・」

 その彼は後頭部を掻きながら呟いた。彼としては『普通』にその人が向上するようにアドバイスしたり、悩んでいればその悩みを聞いてやったりしただけなのだ。

 全員一致で彼が責任者となったわけで彼は早速編成を考え始めた。











 張り出された紙の数を見て集まった将兵は唖然としていた。あれから1時間も経っていないのに、もう編成が出来上がったのだ。しかも、かなり大幅な変更が加えられているのだ。例えば、これまで将軍であった張飛が部隊長になっていたり親衛隊であった劉超が新たに将軍に昇格したりしている。兵士に関しても率いる部隊長や将軍の性格に合わせた配置となっていた。

 このことがきっかけで誰でも何でも彼に相談を持ち掛けるようになった。それによって全体の能力が上がることになるが別の話・・・。








 数日して斥候部隊と高覧が戻ってきたということから曹操らが緊急に招集された。数十分して皆が集まったので軍議に入ることになったが、例によって龍二も召集された。

 まず、それぞれの責任者から近況報告を始めた。尚、呂布は現在拠点防衛の任務継続の為、代理として副隊長の高覧より報告があった。

 兵糧拠点に関しては、滞りなく所定の三カ所を抑えることに成功した。が、周辺は焼け野原に等しく一昼夜見張りをしていないと危険との判断から交代して見張っているという。

 次に斥候部隊長楽進より報告があった。

 それによると、國土の八割強が董卓により侵略され虐殺略奪が多発し、高覧の報告同様、焼け野原に等しくなっているという。一応兵を配置はしているが、戦力的には大したことはなく、攻めれば容易だが得るものは皆無。

 それと抵抗勢力について。彼のよれば荊州の劉琦と交州の士厳が少数ながら董卓軍の侵攻を食い止めていて、しかも連戦連勝であるということだ。何処にそんな戦力があるのかは遂に掴めなかったと彼は語った。だが、抵抗勢力があるということはうまくいけば連携が可能かもしれないという希望が見えた。

 諸葛亮から城壁修復に関してはほぼ完了したと簡単に報告がった。

 最後に龍二から報告があった。治療班に関しては負傷者はほぼ完治したことと、龍二によって編成された『連合軍』は彼や仲間の訓練によって飛躍的に実力が上がったと本人は語った。

 帝から諮問があった。今後我々はどう動くかと。

「奉先殿から言伝を。兵糧拠点に関しては今率いている者達で事足りる。増援は送るとしてもほんの少しでいいとのことです」

 高覧から先だってこのように発言があった。そうなれば攻撃にそれなりに割けそうである。

「白龍君宜しくね」

 帝がほほ笑みながらしれっと彼に言った。つまり遠征軍と防衛軍の振り分け宜しくと帝の顔が語っていた。あまりにも自然に言うものだから彼は唖然として頷く他なかった。

「せめて、振り分けの割合くらい教えてください。情報無しじゃ俺でも無理ですよ」

 げんなりしながら彼は訴えた。こくりと頷いて帝は曹操に諮る。

「そうですな。私としてはできるだけ遠征軍に人を割きたい。これが最後の戦いと銘打つならなおさらだ」

 彼の言葉に孫堅が頷く。だが軍師たちは否定するように無言だった。

「君達はここの防衛に人を割きたいのかな?」

 帝が訊ねれば三人は頷く。理由を問えば確かに最後の戦いということならば攻撃に軍を割くのは当然であるが、相手はあの董卓である。こちらの裏をかき我々がここを開けたのを見計らって大軍を率いてここを攻め落としにかかるかもしれない

万一にここが陥落すれば我々は帰る場所を失い士気が大幅に下がるのは必須。なればここはその大軍を警戒して防衛に人を割くべきだと。

 それを聞いた曹操と孫堅は一定の理解を示すもやはり遠征軍に人を割くべきと新たな理由を用いて諭す。それに対して軍師たちも理由を示して防衛に人を割くべきと訴える。

(あー是ずっと平行線のままかな)

 ボケっと論戦を眺めていた龍二はそう思ってチラッと帝に視線を向けると彼は彼で龍二の方を向いていて不敵な笑顔をしていた。

(・・・・・・あ、これ俺に決めさせる気満々だ)

 龍二は悟って深い深いため息を吐いた。何でまだ若い俺に全部決めさせるのかねぇ一体何を考えているのだろうか等と考えていた時に、帝が口を開いた。

「このままじゃぁ平行線だね。白龍君、君はどう思う」

 彼はしばらく沈黙した。ここで発言した後、俺は編成について頭を悩まさねばならないんだよなぁどーしたものかなーと思考しながらも言わなきゃ終わんないよなと思い、彼は意見することにした。

「双方の主張は至極もっともだと思いますし、個人的にはどちらにも賛成と言いたいです。ただ、今回に関しては私は孟徳殿の意見を押したいと思います。しかし防衛に関して捨てるわけではありません。防衛が得手の方を将軍として編成しますし、それなりに割きます。遠征に6割、防衛に4割で如何でしょうか?」

 結局自分で割合を決めてしまったと頭を抱えた龍二であるが、表情には出さず双方に問いかけた。暫しの沈黙の後、彼らは君が言うならと納得して了承された。

 何でやねん!と心の中で突っ込んだがともかく決定した。

 次に動きであるが、司馬懿がこれより三日以内に軍備の再編成と兵糧の手配などを済ませ、洛陽に向けて出発すると意見すると即決され方針が決定した。

「結局、俺が苦労するのか・・・・・・」

 軍議が終わった後、そう呟いて自分の部屋に戻る龍二の背中はひどく疲れていた。



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