二十二話 建業城防衛線2
「オンナムテイハク───」
本陣に待機していた良介は、結界を張りながら、片方の手で印を結び式神の大軍を出現させた。
「じゃ、滿就、頼んだよ」
『あいよ、任せときな』
滿就は大式神軍団を率いて戦場へ向かった。
「あんま時間かけないでよ? こっちが持たないからね」
術を使うには、それなりに体力や精神力がいる。使用時間が長くなるほど消耗が激しくなるからだ。
『ふん、百も承知だ』
滿就からはそんな言葉が返ってきた。
「アレで結構減ってくれること願いたいね」
良介が微笑む。額から流れる汗は、いかに体力を消耗しているか証明しているようだった。
(個人的には、泰平に一番出てきてほしくないね)
この戦いに勝つには、彼が出てくる前に少しでも連合軍に有利な状況にもっていかねばならない。
「左馬介さん、近江守さん。そっちはどうですか?」
『おう、何とか間に合うたわ。こないたくさんできたし』
『こんだけありゃ十分だろ』
九条為憲は大袋に大量の爆薬を入れて持ってきた。
「奉匿、これを何に使うのだ?」
司馬懿が訊くと
「まあ見ていて下さいよ」
と笑んで見せる。
良介は袋の中から爆薬を取り出すと、それに火をつけ力一杯投げた。炸裂音と共に地面が抉れ、人が吹っ飛んだ。
いわゆる、焙烙玉によく似たものである。
未知の兵器に驚いた敵軍は、撤退を始めた。
「凄いではないか!」
「ですが、これは扱いが難しい上、この袋の中の物しかありません。それに、いつ周平が出てきてもおかしくない。それまでに何としてもケリをつけねばなりません」
その後袁術軍は攻めてくることもなく、この日の戦は終った。
その夜。今日の被害報告と戦況が報告された。戦死者3万、戦傷者1万弱、城壁の一部が損傷、戦績は敵水軍は全滅、敵将、兵士の首を取ること幾万とのことだった。その後、いくつかの打ち合わせをして散会となった会議場にひょっこりと龍二が現れた。
珍客の登場に少し驚いた面々であったが、周瑜が先に口を開いた。
「白龍殿。如何した?」
「ちょっと提案にきました」
首を傾げる面々に、彼は不敵な笑みを浮かべて広げられていた地図を指さした。
「ちょっと、いたずら仕掛けません?」
翌日。周瑜は不安げに隣に立つ龍二に本当に大丈夫かと尋ねると、大丈夫だと自信満々に頷く。昨日の提案は実に試してみる価値はあり、ほぼ徹夜でその仕掛けを作ったのだ。
「連中は必ずハマる」
彼は失敗するとは微塵も思っていない。この日、連合軍は袁術軍が罠に嵌るまで待機命令が出ている。城内や森の奥底に隠れていて機会を窺っている。
その時、斥候から報告が入る。
「敵援軍は張角!」
生きていたか、と曹操は苦虫を噛み潰した顔をする。厄介な術者が一人敵(あちら)側にいるのに、更に面倒な奴が一人増えてしまったのだ。張角率いる黄巾軍10万がまっすぐこちらに向かっているという。
「丁度いいから連中にもかかってもらおうか」
ぽつりと龍二が言う。やがて鬨の声と共に足音が木霊してきた。袁術軍がこちらに向かってきているようだ。
ついに袁術軍が城に迫ってきているのが視認で来た。ところが城まであと数歩という所で突然地面に穴が開き絶叫や悲鳴が轟いた。異変に気付いた将兵が足を止めようとするも後ろからなだれ込んでくる者達によって押し出されて瞬く間に穴に落ちていく。
ようやくそれが収まったと思い、別軍が違う道から城に迫ろうとしたが、そこにも落とし穴があり次々に飲み込まれていく。これに恐怖した袁術軍は即座に撤退を始めた。
「・・・・本当に効いたんだな」
「でしょ? これでだいぶ減ったでしょう」
龍二の提案とは落とし穴であった。しかもただの落とし穴ではなく、相当深く掘り進め、その穴にこれでもかという竹槍を埋めていたのだ。その上に布と縄を張り枯葉と土でカモフラージュさせたものをいくつも作った。重さで布が落ち、竹槍にくし刺しになるか間に落ちて全身の骨を砕いて死ぬかのどちらかである。これによって1/3程の敵軍が穴に飲まれた。
「それじゃ、準備してきますね~」
手を振ってそこを去る龍二を見送った周瑜は嘆息する。あの時といい、今回といい、彼は見かけによらず戦場が見えているように思える。と、言うより彼には我々には見えない何かが『見えている』と感じる。彼の眼には一体何が見えたのだろう。
周瑜は一旦考えるの止めて、城壁より大号令を下した。
「反撃の時は今ぞ! 全軍、袁術軍にぶち当たれ!」
城門が開き、連合全軍が雪崩のように出ていき撤退する袁術軍を追いかけた。数分もしない内に追いつきそのまま袁術軍の尻に喰らいついた。阿鼻叫喚が木霊する戦場に気づいた敵の援軍が連合軍の側面にぶち当たろうとしたが、読んでいたかのように関羽と夏侯惇の部隊がそれを防いだ。
そこに、斥候からの報告が届く。
「
主だった将軍がその方向に向く。確かに砂塵を巻き上げてこちらに向かってくる一軍がある。
「警戒を怠るな。敵の増援かもしれぬぞ」
誰かがそう言った。だが、それは違っていた。
謎の軍を率いている先頭の男が、手に持つ得物を天に突き上げて高らかに叫んだ。
「我が名は呂奉先! 師の命により我が軍はこれより連合軍に加勢する!」
連合軍はそれこそ耳を疑ったことであろう。かつて虎牢関の戦いで董卓軍の将軍として自分達の前に立ち塞がった史上最強の男が、何故か今度は自分達の味方として戦闘をおっぱじめようとしているのだから。
「呂布だぁ! 呂布が来たぁ!」
「何と! あの男、我らを裏切ったか!」
敵の誰かありったけの声で叫ぶ。彼の裏切りは敵の士気を大いに下げる効果があったようで戦場から逃げ出す者が多数出始めた。
この好機を、連合軍が逃すわけがない。何せ、中華最強の武人がこちらについたのだ。
「援軍を得た我らに負ける要素はない! 今が好機だ! 袁術と張角の首を
「天運は我らに味方したぞ! 進め進め!」
孫堅、曹操が天高らかに得物をあげた。それに合わせて、連合軍全将兵が力を強めて敵軍を屠る。これまで彼らのよって鬼籍に入った仲間たちの無念を晴らすために彼らは剣を、戟を振るった。
「袁術っ! 覚悟しろっ!」
袁紹は愚弟に怒りの剣を振るっていた。一族の汚点として始末をつけたい為、彼は部下の中で特に頼れる二翼、顔良・文醜だけを引き連れて敵のド真ん中に突っ込んでいたのだ。兄の配下である顔良・文醜の名を知らない者は袁術軍の中にはいないので、皆恐怖した。
しかし、それは無謀というものである。
「本初さん、無茶しちゃダメよ」
「アンタのことは、俺達がしっかり守ってやんよ!」
「いいか野郎共! いかなる攻撃からも本初殿を守れ!」
ある種の特攻を敢行している袁紹に龍二・達子隊が合流し、鉄壁の布陣で敵陣を突破していく。
「誰かアイツらを止めろ!」
死の恐怖が迫る袁術が、情けない声で部下らに命じる。しかし、破竹のごとき勢いに彼らは成す術なく黄泉へと旅立っていった。
その時、どこからともなく、一筋の矢が袁紹の前を通り過ぎその先にいた袁術の右肩に突き刺さった。
───今です、袁紹殿
その時、袁紹は懐かしい声が頭に直接響いたと言う。
その一瞬のチャンスを逃さず、龍二らがそこまでの血路をひらき、そこを突破した袁紹は痛みにのたうち回る袁術を両断した。
「この、一族の恥さらしがぁっ!」
袁術の亡骸を、顔良・文醜が怒りに任せて塩辛にしてしまった。
(今の声・・・・・・・・・)
虚空を見上げ、声に主に礼を述べた。きっと、あの者が天から自分達に味方したに違いない。そう確信できた。
(助かった)
心の中で微笑むと、彼は袁術の首を剣先に突き刺して天高々に掲げた。
「敵大将袁術、袁本初が討ち取った---!」
辺りに響き渡るように腹の底から声を出した。
その頃、張角率いる黄賊は史上最強の武人呂布の裏切りに狼狽していた。
「どういうことじゃ! わしは聞いておらんぞ!」
張角は周りに怒鳴り散らす。その間にも、反撃に転じた連合軍により次々に隊が壊滅していく。
「蜀の趙白龍見参!」
そこに、人知れず袁紹から離れた龍二が、今度は単騎で敵大将を討たんと槍を振るっていた。
噂に聞く怪しげな力を使う少年と史上最強の武人が相手に、張角の恐怖は頂点に達する。
「あの猪共を止めろ!」
彼らを部下に任せ、彼自身は呪文を唱え始める。
「破ぁ!」
手にする杖から灼熱の炎を繰り出した。信者達は心得ているように、彼の術が発動するや、それの射程外に退避していた。
「そらよっ」
それを見た龍二は突き出した掌から蒼き炎龍を繰り出し応戦、龍は張角の炎を飲み込み、そのまま張角へ襲い掛かる。張角は咄嗟に横に避けたので、蒼炎の龍に喰われずにすんだ。龍はそのまま空へ昇っていった。
「テメェが張角かっ! 覚悟しやがれ!」
槍を繰り出し、龍二は徐々に張角を追い詰めた。老いぼれの張角には堪える重い攻撃である。
ついに、龍二の重い一撃に耐えることができず、張角の杖は真っ二つに折れてしまった。
「もらった!」
馬から降りた龍二が大声で叫んだ。
「〝進藤流〟槍術七式之四・
蒼炎を纏った龍爪は、張角の心臓を貫き、首だけを残し肢体は蒼炎に焼かれて消滅した。
「敵将張角、趙白龍が討ち取ったぁぁ!」
龍二は龍爪の穂先に張角の首を刺し天に突き上げた。
敵大将が二人、それも一人は総大将が討たれたことで敵軍は全く戦意を喪失してしまった。袁術軍残党は残らず降伏を申し出た。残った食人鬼は全軍の総力を以って残らず討ち滅ぼした。
加えて天公将軍張角戦死の報が戦場に伝わるや、彼を宗主と崇め奉る黄巾賊は一斉に潰走を始めた。
「勝った、勝ったぞ!」
「我らの勝利だ!」
連合軍は得物を天に突き上げ歓喜した。
かくして、多くの犠牲を払いながらも、後に建業攻防戦と命名されたこの一戦に連合軍は勝利を収めた。
「すまない。準備に少々手間どってしまった」
その夜、勝利の宴の席で、夕刻に建業城に到着した白朱は連合軍の諸将に頭を下げた。
「気になさらないで下さぁいよ。我々はぁ、貴方には感謝しているのですからぁ」
于丹が顔を赤くして眼をトロンとさせていた。
「このジジィ、もう酔ってやがる」
帝が悪態をつきながら苦笑する。
皆、今日の勝利に嬉しさのあまり、用意された酒をこれでもかとかっ喰らっている。仲間の無念も少しは晴らせた事で彼等への弔いも含めている。
「さぁて、今日は飲みますよ~」
安徳は早速墫の中の酒を一気に飲み干した。
(・・・・・・君は本当に高校生か?)
横眼で見ている良介は心中でツッこんだ。この時代の大まかな知識を持っているが、その辺のことはしっかりしている良介は、当然酒を飲んでいない。やむを得ず飲む場合は、術でこっそり水に変えて飲んでいた。
「お~いそこのお前ぇ、こっち来て一緒に飲もうぜぇ」
勝利の美酒にでろんでろんに酔っ払ったサラリーマンのように頬が真っ赤の張飛が、早くも良介に絡んできた。
「ちょ、翼徳さん、重い・・・・・・・・・」
「あんだぁお前ぇ! オレの酒が飲めらいってのかぁ!」
タチの悪い酔っぱらい親父状態の張飛は、いきなり良介の首を絞め始めた。柔らかくふくよかなものが背中に当たっていて端から見ればムフフな光景だが、今はそれどころではなかった。慌ててタップするが、張飛は止めなかった。
「ちょ、あっ、まっ、はいっ、ギブ! ギブギブ」
「どうら! 参ったかぁ」
「ギブ、ギブっ」
それをたまたま発見した関羽は、ブチンとこめかみの血管をブチ切って、彼女の怒りの拳が火を吹いた。
「よ~く~と~く~!!!」
「あだぁっ!?」
「いい加減にしろこのバカ娘!!」
頭から煙をふかし、しかしまだ息があった張飛の背中を、全体重をかけた踵落しを決めトドメをさした。
「ごめんなさいね、
「あっ、いえっ、お気になさらず・・・・・・・・・」
関羽はノビた張飛を引きずって茂みの方へ消えていった。良介は関羽の迫力に唖然としてしまった。
「あれ? アイツらはどこ行ったんだ?」
そして、良介は今回の功労者がこの席にいないことに気づいた。
「綺麗な月よね」
「そうだな」
会場から少し離れた場所にある小高き丘の上で、二人は美しき満月を見ながら寄り添っていた。そして、このようないい雰囲気漂う所に、必ずといっていいほど、隠れて見物している奴らがいるものである。
「良いわね、二人っきりって。ボクも誰かとあんな風になりたいなぁ~」
「あ~あたしも~。玄ちゃんと見たかったな~」
「お二方、気づかれてしまいますからお静かに」
孫尚香・公孫瓚と彼らの将隊の面々は、茂みからこの光景をしっかり覗き見ていた。二人のことが気になった彼らが、こっそり二人の後をつけてきていたのだ。
「蓮ちゃん狙ってたのにな~」
「・・・・・・えっと、尚香様? 貴方には玄徳様がいらっしゃったではありませんか」
「何を言ってるんだよひーちゃん(曹妃のこと)。一妻多夫制の世の中にはそんなこと関係ないのだよ」
(尚香様・・・・・・それでは意味があべこべですよ。字も違いますし)
曹妃は敢えて言わなかった。その横で、周美が茂みから出て行こうとする公孫瓚を必死になって引き留めている。どうやら彼女は何かを我慢できなくなったらしい。
「ていっ!」
不意に後ろから、彼女の弟の公孫范がやってきて、問答無用に殴りつけ彼女を気絶させた。
「えー、皆様、どうもお騒がせしました」
彼は頭を下げ、ノビている姉を引きずって宴会場に戻っていった。
「いいなぁ、いいなぁ」
尚香は茂みから瞳を爛々に輝かせて見ていた。その辺、公孫瓚よりはマシだった。
「尚香様、くれぐれも彼らの邪魔だけはしないで下さいね?」
「分かってるよー♪」
(本当に分かってるのかな)
一角ならぬ不安を抱きながら、星彩はしっかり彼らの様子を観察していた。
「本当に綺麗だなぁ」
龍二が呟く。
「ねぇ龍二。あたし達、元の世界に帰れるかな?」
「何言ってんだよ。帰れるさ。俺も、お前も・・・・・・アイツらもな」
「うん。でも―――」
もしかしら死んでしまうかもしれない、と言いかけたが、龍二の言葉がそれを遮った。
「安心しろよ。いざとなったら、俺がお前を護ってやる」
「ダメよ。アンタそんなこと言って大怪我したんだから。今度はあたしがアンタを護るの」
達子は頭を龍二の胸に埋めた。
「分かったよ。じゃあ、二人でお互いのことを護ろうか」
と龍二はクサイ台詞を言い放ったのがよほど恥ずかしかったのか恥ずかしかったのか、龍二の頬はたちまちユデダコになった。
「うん・・・・・・・・・」
達子はほんのり頬を染めて顔を更に龍二の胸に埋めた。
「・・・・・・本当に月が綺麗だなぁ」
龍二が照れ隠ししながら満天の月を見上げた。
皆が寝静まった頃、少年は起き上がった。寝ている誰もを起こさずに、少年はゆっくり立ち上がり何処かへ歩き始めた。
外に出た少年は、人気のない森に来ると、懐から一枚の札と筆を取り出した。
「覚悟を決めたのか?」
少年の背中越しに声が聞こえてきた。少年は筆と札を木の幹に置いて、振り返った。そこには、木に寄り掛かって腕を組んでいる白虎がいた。
「───どうやら、私に残された時間がどうにも少ないようなのでね。ならば、と思ったまでです」
安徳が淡々と答える。彼が幹に置いた札はいうまでもない『死者蘇生』に使用するものである。
「そうか」
とだけ白虎は言った。
「それで、安徳よ。そこに書く者は決まっているのか?」
「えぇ。勿論です」
安徳は札を取り、用意した墨をたっぷり筆に含ませて、そこにある人物の名を書き始めた。
「───ほう、あの男か」
白虎がそんな声をあげる。安徳が書いた人物を知っているような口ぶりである。
「そうでしたね。貴方は知ってる筈ですよね」
安徳が苦笑した。
「私の先祖が仕えていた者です。この人なら、我々には充分な戦力となるでしょう。
───それに、私も見てみたいのですよ。後の世に謳われた最強の将軍とやらの実力を、ね」
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