二十一話 建業城防衛線1

「では、白朱殿は明日中にはこちらに来るんだな?」

「はい、予定では。勿論、不測の事態も予想できますが」

「ふむ、それはそうだ。我々もおちおち安心していられんしな」

 その日の夜、龍二と達子を除いた三国の将軍や袁紹、公孫瓚が集まって会議を開いていた。内容は目下迫ってきている袁術のことについてである。四聖や龍一・聖龍・紅龍・神亀・鳳凰・蛟もこの会議に参加している。

「敵の数が分からない以上、迂濶に攻勢に出るのは危険だな」

 帝が呟く。連合は先の戦いで兵力の半数弱を失っていた為、そこが悩みであった。いかに士気が上がっていようが、兵力ばかりはどうしようもなかった。

「兵糧はどうだ」

「全員を喰わせるにはもって七日程かと。現在、民に頼んで少しでもと分けてもらっているところです」

 兵糧の総責任者陳寿が自身が調べ上げた資料を見ながら発言すると列席者からため息が漏れた。それもそうだ。七日以内に決着をつけねばならぬ状況にまで追い込まれていたからだ。

「時に孔明、アレはまだ残っているのか?」

「まぁ少しなら。今、我が妻月英と義孟殿が図面の下増作しております」

「やはり数が無いか」

「はい。先の戦いで大分使ってしまいましたから」

「やはり兵数だよなぁ・・・・・・こればっかりはどうにもなぁ」

 劉安の探索隊と龍一の話によれば、こちらには袁術軍の増援が兵数不明で向かっていると言う。早ければ明日にでもこちらに着くらしいので、連合軍は早急な対応を要さねばならなかった。ただでさえ、袁術本軍の兵数もこちらの倍以上ありそうなのだ。

「一応、周辺に結界を張ってみましたが、いつまで持つかは・・・・・・・・・」

 保証できないと力なく良介が言った。相手側に術者がいれば、恐らく数分と持たないだろう。

「ま、あの泰明が敵にいるから、本当に気休めしかならないけどね」

 最後は自らを皮肉るようにため息をつく。

「ひとまず、前面に弓兵を配置、孔明はアレの増作を急げ。孫良はできる限り結界とやらをもたせてくれ」

 司馬懿が言う。

「僕の滿就と、政義さんに為憲さんにも手伝わせましょう」

 良介が提案すると孔明は微笑んで了承した。孔明は三霊を連れて部屋を後にした。

「公謹、封徳、後頭のキレる奴、こっちに来てくれ。兵の配置を考えたい」

 司馬懿は二人や陸遜、呂蒙、郭嘉らを連れて行ってしまった。

 それを機に、散会となった。















 一室にて、龍二は達子と共にいた。龍二の傷は完治したとはいえ、今日一日は絶対安静にするように良介に釘を刺されていた。

「明日、袁術軍が攻めてくるって。朱雀が言いに来てくれた」

 彼のもとに戻ってきた達子が告げた。

「そっか」

 月明かりと蝋燭の灯だけの薄暗い部屋には彼ら二人しかいない。

 龍二が眼を覚ましたと伝え聞いた者達が津波のように押し寄せて来たのがまるで嘘のように静まり返っていた。

 新太守劉禅や曹操らを始め、帝や劉封達が訪れては一言二言声をかけて言った。中には、呉禁のように顔をくしゃくしゃにしながら飛びつく者もいた。

 その中には、一般の兵士達も混ざっていたので、それだけ彼は慕われていた。

「好かれていますね」と安徳が言うほどである。

 そんな時、龍二はふとあの時「龍二が好き!」という達子の告白を思い出してしまい、顔を朱に染めて毛布で半分隠していた。

(何だってこんな時に)

「ねぇ、龍二。明日はアンタも出るんでしょ?」

「えっ、あっ、あぁ、そのつもりだけど」

 龍二は慌てて上体を起こした。達子は心配そうな顔で彼を見ていた。

 彼は、時たま無茶をすることがあり、いつも危ないと思っていた。その時はいつも決まって平気平気と頭に手を置いていた気がするのを思い出した。

「───無理、しないでよ」

 小さな声で呟くようだった。

「アンタ、いっつも危なっかしいんだから」

 龍二はふふんと微笑み、後ろに手に組んでそこに頭をのせ上体をもとに戻す。

「何だよ、お前らしくない」

 彼女が龍二のような者を心配することは今までなかった。それを考えれば、確かに彼女らしくない。

「だって、アンタ、ここに来てから二回も大怪我、してるじゃない。あたし、アンタが死んじゃうんじゃないかって心配で」

 時々、彼女は声を詰まらせる。

「バーカ。心配しすぎだよ。大丈夫だよ、もうあんなヘマはしないし無理もしねぇって。なっ?」

 いつもの調子で龍二が答える。つられて達子も、笑った。

「うん」

 何故か、達子の眼から涙が流れる。

「おい待てよ。何で泣くんだよ」

 龍二はやれやれと子供をあやすように達子の頭を撫でた。まるで親子みたいだ。

(何だかんだ言っても、コイツも女の子なんだな)

 改めてそう思った。

「──二、──して」

 達子がごにょごにょと小声で何か口にしたが、龍二にはよく聞き取れなかった。

「ん? 何か言ったか?」

 聞き返すと今度は聞き取れる音量なのだが、何故か早口であった。

「顔貸してって言ったのよ!」

「顔? 何でよ?」

「いいから早くして!」

 今度は語気を荒げた。どういうわけか、彼女の顔はリンゴのように赤かった。

(顔貸せって、一体どんな了見なんだ?) 

 一体何を考えて達子はそんなことを言ったのか考えていると「早く!」と達子が急かした。

 はいはいと仕方なくよいしょと上体を起こし「こうか?」と顔を達子の方へやると、達子はいきなり自分の唇に己の唇を合わせてきた。

(!!!?)

 あまりに突然のことで龍二の頭は真っ白となり何もできなかった。

 でも、それもほんの数秒から数十秒の間である。行為が終ると龍二は口を覆い、達子は己の行為で顔を赤らめ俯ける。

「あっ、あたしの・・・・・・ふ・・・・・・ファーストキス、なんだからねっ! こ、今度、大怪我したら承知しないからねっ!」

 達子は赤い頬を更に紅潮させて口早に言った。

「は、はい・・・・・・・・・」

 彼女の気迫に、危うくあらゆる所が沸騰しかけたのを何とか我慢したが、夕日のように紅く染めた顔を俯けながら龍二は答えた。ただ、心配してくれる人が傍にいてくれることが何だか嬉しかった。

「・・・・・・ふむ、少々心配じゃったから来てみたのじゃが・・・・・・どうやら要らぬ心配だったようじゃな」

 二人から見えない位置から覗いていた四聖・青龍はククッと笑っていた。

 完治したとはいえ、永年彼らの一族はそういった時も何かと無茶をするきらいがあるので今回もそうじゃないかと、少し釘を刺しておこうかと思い、忍んで来てみれば、ちょうど達子が龍二と口づけをしているところに出くわしたのだ。

「そのようだな」

 白虎が同じく微笑む。

「朱雀、お前の主人は、なかなかすごい奴だな」

「でしょ」

 その横で玄武が朱雀の手で視界を隠されじたばたしている。

「ねぇねぇ、何が起こってるの朱雀っ!?」

「はいはい、お子様はまだ見るには早いわよ~」

 眼を覆っていた朱雀がそう言って玄武をあしらった。

「む~」

 玄武はむくれた。その姿も、子供のように可愛かった。世の子供好きの方々が見たら、きっと飛びついて頬擦りしてぎゅっとするだろう。

「僕はお子様じゃなーいー」

「あぁ、もう、可愛いなぁ~」

 朱雀は二人のことをそっちのけで玄武を抱き上げぎゅっと頬擦りし始めた。

「ま、これなら安心じゃな」

「うむ」

「さて、主ら、邪魔にならぬうちに去ぬるぞ」

 四聖が消えた後、達子は龍二の顔に自分の顔を寄せていた。

(青春じゃな。しっかり謳歌するんじゃぞ)

 微笑しながら青龍は主人にエールを送ってやった。

「ホント・・・・・・無茶しちゃ、ダメだからね?」

 彼らが去った後、背中を預けしんみりとした声で達子が言う。

「───分かってるよ」

 龍二は達子の頭を撫でる。

(あんなことされて、無茶できるわけねぇだろ・・・・・・・・・)

 そのまま、二人は夜を共に過ごした。















 早朝、戦の火蓋が切って落とされた。袁術軍の増援はどこからか金やら何やらに眼が眩んだのであろう生身のならず者共が大半であったので、幾分か戦り易かった。どうやら、不死身の軍団はあまりいないようだった。

 とはいえ、兵数六十八万の大軍に対し連合はその半数以下の兵数で戦わざるを得なかったので、やはり苦戦を強いられることになった。

 それでも、孔明特製の地雷や火矢の援護射撃で減らせるだけの数を減らすことに成功した。

 建業の大地は真紅の血をその干からびた躯で吸いまくった。その躯の上には無数の兵士達の骸が山のようにそこらじゅうに築かれていた。まるで閻界の王である泰山府君への供物のように見えた。それらを、太陽は暖かく照らしている。

 龍二達は自分達の能力をフルに活用して大いに活躍していた。他の者達も、彼らにいつまでも助けられていてはと各々の全力で敵にぶち当たっていた。

 達子は「口じゃ大丈夫と言ってたけどやっぱり不安」だから監視という名目で龍二と共に行動していた。天下一品の槍の使い手と戦場の舞姫の周りでは、彼らの護衛将隊である劉超・劉封・黄明・呉禁・星彩・曹妃・周美が好き放題に戦場を掻き乱していた。特に、女武将が戦場を舞うその姿は、達子と同じく優雅に大空を舞う蝶のようだった。

「さて、無理しない程度に暴れて来るとしますか」

 龍二は馬の腹を蹴ると、自慢の槍を振るってその存在を誇示した。

「へぇ、腕は鈍ってないんだな」

 その様子を遠巻きから見ていた龍一が笑って傍らにいた相棒の聖龍に言った。

「そのようでござるな」

 彼は槍をしごいて敵を突きまくって敵を次々にもの言わぬ骸にしていく。

「ふむ、兄として、弟に負けるわけにはいかないな」

 龍一の槍術は正確に必要最低限の動きで相手の心臓を貫いており、一切の無駄が無い。

(やはり兄弟では違うでござるな)

 一人納得する聖龍。

 龍二の槍術は力系に主軸にあるのに対して、主人である龍一のはそれとは真逆、技術系に主軸を置いている。恐らく性格が起因していると思われる。言うなれば、龍二は動で主の龍一は静の武人である。というのが、聖龍が彼らを観察していて導き出した答えだ。

「主殿。試みに問うのだが、弟君は常日頃から力押しに頼るお方でござるか?」

「否」

 即座に彼は否定する。

「半分正解だな。言っとくがアイツは俺や親父よりすごいぞ」

「? それはどういう意味でござるか?」

「アイツはな、相手によって〝動〟と〝静〟を使い分けることができるんだ」

「! ほぅ、それは興味がある」

 人間は、基本的に〝動〟と〝静〟の二つに必ず大分できるらしく、すなわち常時冷静さを武器とし、いかなる時も対応可能とする万能型の戦い方をする〝静〟と、怒りのリミッターを解除することで爆発的力で敵を粉砕する一撃必殺型の戦い方をする〝動〟であるそうだ。

 龍一の弟はそれを使い分けられると言う。

「だろ? ふふん、自慢の弟さ」

 本当にそれを誇るように龍一は胸を反る。

 その〝静〟の部類の龍一は、巧みな連携技を駆使して相手を翻弄し、隙が生まれるやそこを突く。剣道界では『現世の塚原卜伝』の異名を持つ彼であるが、槍道界でも、彼を知らない者はいないくらい名を知られている。

「某、ますます主殿の一族に興味が沸いたでござる」

「それは光栄だ。でも、まずはこの害虫共の駆除に専念しようじゃないか」

「承知した」

 龍一は周りの敵を排除すると、改めて槍を構えて半身となる。

「趙永龍、参る!」

 龍一は一気に敵陣に突っ込んだ。














 連合本陣ではまだありったけ残っている火矢を惜しむことなく射ていた。惜しんでいられる状況ではなかった。

「戦況は」

 仲達が側に控えていた兵士に訊く。

「我が軍に不利かと」

 兵士は数秒戦場を眺めてから正直に述べた。

 司馬懿はそれを聞いて神妙になる。それに気づいた周瑜が声をかけると、彼はちょっと良いかと後ろを指差した。彼について歩いていった先には反対側の城壁であった。

「公瑾殿。どう見る? この戦」

「どう・・・・・・とは?」

「何か、気にならないか?」

 突然の問いかけ。仲達にはこの戦、何か腑に落ちないことがあるようだ。少しこれまでを思い返してみた彼は、ふと思ったことを口にした。

「なぜ奴は不死身の軍団を主力としないのか。それは気になっていた。それに、泰明達が見えないくらいか」

「そう、それだ」

 司馬懿が疑問に思っていた点。もし、昨日の襲撃が彼等であったなら自分達は既に全滅していてもおかしくないし、あの不死身の軍団が来たならば壊滅的打撃を受けていただろう。

 しかし、現に攻めてきているのは袁術が率いる『生身』の人間の軍である。多少は奴らもいるが、被害はだいぶ違う。それに、泰明らを今日は一度も見ていない。

 これに関して、司馬懿は自身の見解を話した。袁術と董卓は同盟関係にあるが、彼らと不死身の連中は董卓の主力の一翼を担っている。昨日のあれは恐らく袁術側からの要請によって派遣されたものであり目的を達せしたので帰ったものとすいてされる。しかし、董卓からの配慮によって、若干の軍隊を残していったので少数ではあるが不死身の連中がいる。

「たまたま袁術が待機していろと命令しているからそうしているのではないか? 援軍とはいえ、指揮命令権は袁術にあると思うのだが」

「それもあるが、何というか『気配』を感じない。勘でしかないがな」

 その言葉に、何かを感じ取った周瑜はそれ以上は聞かなかった。

「しかし、彼には驚かされたな」

 不意に周瑜が感慨深く眼の前を指した。

「確かにな。ここは私も盲点だった」

 司馬懿も同意する。彼らの先には大海が広がっており、所々から火柱と戦闘の音が聞こえてくる。

 それは戦闘に入る数時間前に遡る。各自が戦闘準備を整えている中、作戦司令支部と仮称した部屋に一人の少年が入ってきた。

「仲達さん、ちょっといいですか?」

 ちょうど部屋にいた司馬懿に声をかけた少年に司馬懿はどうしたと返事した。

「城の反対側に川、ありますよね?」

「あぁ、あるな」

「呉の水軍と一万くらいの守備隊を配置した方がいいと思いますよ?」

 その少年はそういって主戦場の反対に位置する大きな川を指しながら提案した。最初は疑問に思いつつ聞いていたが、その川を眼で追ってみて気づいたことがある。その川の上流には袁術軍が駐留している個所の近くである。征服カ所には水軍で名を馳せた地方も含まれていて水軍を要してても可笑しくはない。彼をはじめ全く気付いていなかった。

「・・・・すまない。早速手配する」

「いいんですよー。俺らの最後の砦だしね」

 少年はひらひらと手を振って去っていった。

「・・・・・・」

 司馬懿は暫く呆然としていたが、慌てて呉の軍師周瑜の元へ行き、先の話と手配を依頼した。ということがあった。

 そして、彼の言う通りその大海から袁術軍の水軍が攻めてきたが、急遽ではあったが手配した甘寧率いる水軍と黄蓋指揮下の守備隊によって上陸を防ぐことができた。それが今眼の前に広がっているそれが今眼の前に広がっている光景だ。

 ここは、黄蓋と甘寧に任せておけば安心だ。二人はそう思った。だからこそ、やるべきことはただ一つ。

「袁術を討つ」

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