二十話 天龍
連合軍本陣には、各方面の戦況が矢継ぎ早に報告される。
「夏候元譲隊、夏候妙才隊と激突っ」
「黄公覇・孫仲謀隊、孫伯符隊と接触」
「馬孟起隊、姜伯約隊と戦闘開始」
その後も戦況が伝えられたが、どの報告も芳しい物ではなく状況は徐々に悪化していった。
各国軍師が対策に忙殺されているその時、来てほしくない凶報が届いてしまった。
「蜀の趙白龍将軍、重傷の由!」
「何ですと!? して、相手は?」
趙蓮の実力を知っているだけに、諸葛亮はそんな彼が重傷を負ったとは信じられなかった。彼以上の手練が
報告に駆け込んできた兵士は一瞬躊躇ったが、意を決し絞り出すように言った。
「襲撃者は周泰明将軍です!」
刹那、本陣には衝撃が走った。
(恐れていたことがついに起きたか)
孔明はすぐさまその兵士に前線にいる孫堅にこの事を報告するよう告げて走らせた。
「龍だ! 龍が現れた!」
ちょうどその時、彼の側に控えていた守備兵が声を上げて上空を指した。
孔明が見れば、確かに彼の指した方向に
兵士の声に驚いて帝が城から出てきた。従ってきた周瑜・司馬懿の両軍師は迎撃体制をとるよう兵士に下知を出している。
「攻撃しないで、彼は敵じゃない」
そう言ったのは、彼らと同じく帝についていた神亀だった。
「あれは聖龍。僕らの仲間だよ」
その聖龍は建業の地に降りると人に姿を変えた。側にはぐったりとした龍二を担いでいる達子がいた。
「部屋を用意してくれ。将軍が危ない」
事態を悟った周瑜が兵に部屋への案内を命じるや数人の兵士が龍二を担ぎ部屋へ急いだ。
用意されていた部屋に着くや、聖龍は己の能力をもって龍二にかかった術の解除に取りかかった。が、何分強力なものらしく、容易にはいかなかった。龍二の顔色は徐々に悪くなっていくのが分かる。
「イヤ! ダメよ! 死んじゃイヤ! 龍二っ!」
達子が思わず彼の本名を呼び泣き叫ぶ。向かい側で聖龍が懸命に頑張っているも、彼の容体は悪化するのみだ。
「くそ・・・・・・・・・!?」
そこに、聖龍の手を覆い隠すようにちょうど彼の手と垂直の形で女の手がすっと現れた。驚いた達子はその方を見て、聖龍は思わずその手を引っ込めた。
「そなたは・・・・・・・・・」
聖龍が言い出す前に、女は人指し指を口に当てた。静かにしてという意味と二人は解釈した。
女は龍二の傷口に手を当てると、そっと眼を閉じた。
「快」
女の手が光るや、彼の傷口から黒い
「さ、これで大丈夫よ。聖龍君、〝神戸達子〟ちゃん」
女は聖母の笑みを浮かべて何処かへ消えてしまった。
「あの人・・・・・・何で私の名前を?」
「ま、知ってて当然でござるな。しっかし、相変わらず自由奔放というか・・・・・・・・・」
「聖龍さん、あの人知ってるんですか?」
聖龍はため息をついた後、彼女に言った。
「彼女は我ら五大龍が長であり、蜀の五虎大将軍趙子龍に宿る龍、天龍でござる」
「あの人が・・・・・・・・・」
綺麗で清楚。まさにそこにいる聖龍達のリーダーというだけはあるなと見た目から判断した。
それが、後日ド派手な音をたてて盛大に崩れ落ちるとはこの時の彼女は思っても見なかっただろう。
安徳は泰平に容赦なかった。ここに至って、彼は爆弾を抱える心臓に負担がかかろうが無視した。今の彼だけは許すわけにはいかなかった。
幸い、今日は心臓の調子が良く、痛みが走ることがなかった。
「テメェお得意の陰陽術はどうしたよ? 使えねぇのか? 使わないのか? え? どうしたよ」
心臓の調子が良好ため、悪態も健在である。
「けっ、テメェごときに使う機会が無いだけだ」
「いよいよナメられたもんだな」
安徳が渾身の一撃を喰らわせようと構えたところ、遠くの方から銅鑼が鳴るのが聞こえてきた。
「チッ、引き鐘か」
泰平は不満そうに吐き捨てた。
「命拾いしたなぁ安徳!」
そう言い残して泰平はスゥッと幽霊のように消えてしまった。彼が退いた後、忘れていたかのようににわかに心臓が痛み出しその場に膝を折った。
「大丈夫か?」
いつの間にか現れた白虎が崩れかけた彼の身体を支えた。察するに、彼はかなり前から彼の心臓の異変に気づいていたようだ。
「このくらい・・・・・・何とも、ありませんよ。それ、より・・・・・・龍二は・・・・・・どうなりました?」
肩を貸しながら、白虎は安心しろと微笑む。
「先刻聖龍から連絡があってな。天龍が治したそうだ。その内起きるだろうってよだ」
「そう、ですか・・・・・・・・・」
安徳は長光を鞘に、宗兼を杖がわりとして歩きだした。彼の歩幅に白虎は合わせる。
「すみません・・・・・・・・・」
「気にするな。少しは人を頼ったってバチは当たらないぞ」
安徳は力なく笑う。「私達も、戻りましょう」
「そうだな。ま、ゆっくり行こう」
えぇ、とゆっくり歩きだした。
達子は治療が終わった後も龍二の側を離れることはなかった。
「達子殿。某は周公瑾殿に伝えねばならぬ事がある故、席を外す」
龍一の龍である聖龍は先刻そう告げて部屋を出ていった。
「んぅっ・・・・・・・・・」
龍二がぴくりと動いた。達子は慌てて龍二の顔を見る。
「ん・・・・・・達子・・・・・・ここは?」
やがて眼を覚ました龍二に、達子は込み上げてきたものを我慢できず、溢れんばかりの大粒の涙を流しながら彼に力強く抱きついた。イマイチ状況が把握できていない龍二はなすがままになっている。
「バカッ! 心配したんだからねっ!!」
泣きながら達子は龍二の胸の辺りを叩く。
ようやく理解した龍二は
「・・・・・・ごめん」
と小声で謝った。
「バカぁ・・・・・・・・・」
なおも泣き続ける達子に、龍二は、ほんの少し彼女を自分の方に寄せ、頭を撫でてやることしか出来なかった。
「それは真か、聖龍」
帝が真剣な面持ちで聖龍に確認をとった。
彼の話によれば、今回の董卓・袁術の反乱に乗じて、それまで各地に分散し息を潜めていた黄巾党が一斉に蜂起し、各地で暴れ回りはじめたらしい。蜀・魏という二つの大きな抑止力を失った今の後漢王朝や各地の太守に、彼らを止める術は皆無に等しい。
「真でござる。今は、白朱殿が時間稼ぎにと各方面に兵を回して注意を引きつけているが、しかし、それがいつまでもつか、某には見当がつかぬ」
「クソッ、こんな時に!」
帝と各代表が聖龍と会談している間に、連合軍が続々と帰陣していた。夏候惇らかつて仲間と戦った者達は、現実の運命に打ちのめされ表情が暗かった。
彼らに遅れること数時間、安徳も帰陣した。この時には、既に痛みは引いており、何事もなかったかのように帰ってきた。
「失礼します」
呉の兵が会談中に入ってきたのは、そんな時であった。
「何だ。今忙しいから後にしてくれ」
割り込まれて明らかに不満なのを顔に出して孫堅が言う。それを重々承知で兵士は続けた。
「申し訳ありません。ですが、こちらに正体不明の何者かが接近してきておりまして・・・・・・公瑾様より御足労願えと」
「───分かった。陛下、そういうわけで、少し中座させていただきます」
孫堅は帝に断りを入れ兵士に周瑜のところまで案内させた。その間に、その兵士より今回の戦の詳細な報告を受けた。
そのほとんどは途中まで己の眼で見てきたものと大差はなかったが、改めて今回の敵の強大さ、厄介さを痛感した。
「殿、あちらです」
着いて早々周瑜の指した方に眼をやれば、確かに砂煙をあげて一騎こちらに向かって来ている。遠目であるのでその騎馬が敵か味方か判別がつかなかった。
「如何しましょう? 追い払いますか?」
「いや、早計すぎる。今暫し様子をみる必要があるだろう。が、準備だけしておけ」
「はい」
周瑜はただちに弓兵の手配を行った。
騎馬はだんだんと近づいてくるが、その姿が分かるにしたがって兵士から驚きの声が上がる。
「えっ・・・・・・趙白龍将軍??」
言われてみれば、確かに騎乗の人物の容姿は趙蓮にそっくりであると言えよう。
だが、彼は重症の身体でついさっきこちらに運ばれてきたばかりである。それは周瑜が一番よく知っていることである。
───では、あの者は一体誰であろう?
周瑜は弓兵に合図を送る。
「待ち給え周大都督。俺は敵じゃない」
やがて、趙蓮似の男はそう叫びながら彼らの前で馬を止めた。
「白龍は無事ですか?」
男はいきなりこんなことを聞いてきた。
「その前に、君は一体何者だ? 名を聞かせてもらおうか」
男を見据えながら、孫堅は剣の柄に手をかける。怪しい者なら即座に斬り捨てんという気迫がひしひしと伝わって来る。
「これはご無礼を」
男はサッと下りると拱手抱拳の礼をとる。
「俺は
男───趙鐐に言われて、二人はようやく納得いった。彼が報告に来た聖龍の主であの子の兄と言うことは、彼も異世界の住人と言うことになる。
「平気だよ。彼なら無事だよ」
いつからいたのか、孫堅の横からひょっこり首を出した蛟が答えた。
「そうか。ありがとう蛟」
それを聞いて趙鐐は安堵の胸を撫で下ろした。
「文台殿。聖龍から話は聞いていますか?」
「あぁ、たった今彼からその話を聞いてきたところだよ」
「それはよかった。その件について、俺からも話があります。聖龍がいる所まで案内できますか?」
「あぁ、こっちだ。公謹、警戒を怠ることないよう全軍に通達せよ」
孫堅に案内されて、趙鐐こと龍一はそこへ向かった。
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