十五話 その意思は炎と共に
「クソっ、囲まれたかっ!」
林道で旅の武人二人組は大勢の雑兵に囲まれてしまった。雑兵は『董』や『袁』の文字が入った甲冑を着けている。
武人達は雑兵を斬り伏せて進むが、減るどころが次から次へと増援が来て増えていくばかりである。
「キリがないわよ、これじゃ!!」
一人が背中の武人に叫ぶ。そんなことはもう一人にも分かっていたが、何とかして突破しないと親友の使命を果たせない。
横の茂みから一騎、高く跳んだ駿馬が二人の武人の前に降りたった。駿馬の主はいきなり二人を抱えこんで馬を走らせた。
「何者だ、お前!」
ジタバタするが男の腕力が強くて抜け出せなかった。暫く行った所に木に繋がれた二頭の馬が見えた。
男はそこで二人を放した。
「その馬に乗って玄徳さんのところへ急いで。奴らは俺が食い止めるから」
男は彼女らにそう告げた。女武者は男の顔を何処かで見たことあるのだが、思い出せなかった。それも、ごく最近戦場でのことだ。
「急いで」
雑兵たちが砂煙をあげて来たのを見た男が叫ぶと、二人は馬を綱を木から外し、走らせた。見届けた男はゆっくり抜刀した。
「久々の実戦。行けるか、聖龍」
『それがしはいつでもいけるでござるよ』
「よし、ならば行くぞ!」
大勢の雑兵に、男は果敢にも突撃していった。
とある部屋に、太守劉備を始め、蜀の中核を担う将軍らが一同に集まっていた。誰もが皆、顔をしかめている。
───大陸に異変が起きている。
ある日、劉備の元に探索隊がそのように報告した。
この探索隊、元は董卓配下の暗殺者集団だったのだが、先の一件で安徳に脅迫され、命と引き換えに彼の部下───奴隷と呼ぶに等しい───となり、日々至る場所に探索に行って情報を収集していた。普通なら文句の一つもあるだろうが、相手はあの安徳である。〝命があるだけマシ〟なのだ。その為、大陸の異変にも早くに気づくことが出来たのだ。
後に良介が彼に告げたことと探索隊が報告した内容は以下の通りである。
一月前 魏都許昌が謎の軍団の急襲により陥落。その際、魏将夏候淵・徐晃らが捕縛される。これにより魏は壊滅的打撃を受ける。魏太守曹操ら船にて呉へ亡命。このことは、謎の軍団に悟られず。
二十日前 謎の軍団───恐らく魏を襲った軍と同じ軍と思われる───が河北へ侵攻。太守袁紹の指揮の下、奮戦により撃退せしも予断許さず。
十四日前 同軍団、荊州並びに北平へ侵攻。北平太守公孫サン奮戦虚しく河北へ敗走。荊州太守劉表敗死により荊州陥落。残軍は各地へ離散。
十日前 同軍団『董』の旗を掲げ首都洛陽を襲撃。洛陽炎に包まれる。帝以下、正体不明の青年の護衛の下逃走に成功。同日、呉太守孫堅嫡男孫策、朱然ら行方不明に。
三日前 軍団内に周平らしき人物発見。
といった内容であった。各地で異変が起きていることが将達に衝撃を与えた。
「この『董』の旗は間違いなく董卓ですよ」
安徳が口にした。
「やはりか・・・・・・・・・」
「くそっ、あんにゃろう今までどこに───」
その時である。見張りと思われる兵士と何者かが口論しているのが聞こえてきた。更に、時を見計らったように外からけたたましい爆音が轟いた。
「何だっ!?」
「今の轟音は!?」
そこに二人の武人が駆け込んできた。魏の将軍夏候惇と張遼であった。
「元譲殿、どうされた!?」
夏侯惇はきっと劉備を見るとこう叫んだ。
「玄徳殿、早く逃げてっ! 董卓が来たわっ!」
「・・・・・・ようするに、だ。また断れなかったんだな?」
うんと達子が頷く。
ここは龍二の部屋である。趙香に緊急の会議があることを伝えられていたので、早速部屋を出てみると、そこには鮮やかな色をした服を着ている達子が恥ずかしそうに顔を俯けながら突っ立っていた。いつからいたんだよとかよく見られなかったな他の人とか思いながらも、彼としては今すぐ会議に行きたかったのだが、ここに達子をそのまま放置してはいけないと思い、取り敢えず部屋に入れることにした。
───会議の内容は後で安徳か劉封あたりから聞こう
そういうことにした。
「・・・・・・俺の、着るか?」
「・・・・・・ううん。いい」
彼の言葉に達子は俯いて小さい声で答える。
非常に気まずかった。
(つか、月英さん達ゼッテェ遊んでんだろ?)
そんな風に龍二は思いたくなってきた。服もそれを表現するように日増しに露出や可愛さが増しているようにも見える。
ここ数日こんな感じなのだ。
(てかよ、少しは断ろうぜ達子)
と何度愚痴っても仕方のないことだ。
その時、突然外から爆音が轟いた。
「何だ!?」
驚いて窓を見ているところに趙香が慌てて入ってきた。
「白龍さん! 敵襲です!」
成都市内は既に敵軍により蹂躙されていて、放たれた炎に包まれて家々が焼け落ち、蜀軍は完全に後手に回ってしまい、多数の市民が犠牲になってしまった。
「領民を護衛しつつ敵を撃滅せよ! これ以上被害を拡げるな!」
劉備が大声をあげるも、蜀軍は大苦戦した。
というのも───
「何だこいつら!?」
「何で死なねぇんだよ!?」
蜀兵は敵の心臓を突き刺したり致命傷を与えるといった必殺の攻撃をしたはずである。なのに、敵はむくりと起き上がると、変な呻き声をあげて再度襲い掛かってくるのだ。
「おいおい、何だよこりゃ」
「おやおや、貴方は一体今までどこに行っていたのですか」
イヤミ満々で安徳が龍二にい言った。
「ちょっとな」
「達子ですか?」
「分かってんなら聞くなバカ」
「これは失敬。状況は・・・・・・分かりますね?」
「ああ、あのゾンビ共をブッ飛ばしゃいいんだろ? 任せとけっ」
龍二は颯爽と戦場へ舞い下りると、馬をぶん取って駆け巡り、ゾンビ軍団の首だけを狙い槍を振るう。その後でどこからともなく
「首を
と叫ぶ声が響いた。
(我々以外にアレを知る者がいる・・・・・・・・・?)
最初、彼は四聖の誰かが叫んだものと思った。しかし、よく聞き直してみると、彼らとはどうも違うらしい。声からして、主は若いが威厳がある者のようである。
この時代の人間は見た限りゾンビというものを知らないようだ。だとすれば・・・・・・・・・
(何者・・・・・・・・・?)
考えてみたが、戦場へふと眼線を移してから、今はそんなことを考えている場合ではないと記憶の隅の方へ放置した。
安徳は両腰の愛刀を抜刀し敵に斬り込んだ。
時折、孔明が何らかの指示をだしたり、間をおいて先程の声の主が同じ言葉を発するも、後手に回ったこともあり、不死の軍団を前に混乱している蜀軍は脆かった。たちまち劣勢に立たされた。
「安徳、このままじゃマズイぞ」
安徳の元に来た龍二が叫ぶ。
「一旦退きましょう。龍二、炎で奴らの侵攻を防いでください」
「合点承知」
「白虎、菊さん、いますか?」
「ここに」
「いるよ」
「白虎は孔明さんの所へ行き撤退の進言を。菊さんは良介の所へ伝言を」
承知と白虎はすぐに去り、菊幢丸は安徳の伝言を受けると駆け出した。
龍二は蒼炎で、安徳は雷で敵を食い止めながら、成都城へ後退していった。
成都城周辺は良介の結界と四聖や泰平・良介の式神達によって守られていた。領民らは既に青龍らによって成都郊外への避難を完了したと報告が入っている。
謎の軍団について、安徳が劉備や諸将を集めて説明を始めた。
「皆さんが先程戦ったアレは───簡単に言えば、一度死んだ人間達、と呼べばいいでしょうか」
「一度死んだ人間?」
「はい。妖術や呪術の類で、人の三大欲求の一つである食欲のみに貪欲に固着しているものです。ですから心の臓を突こうが腹を斬ろうが足が折れようが、彼らは全ての感覚を忘れ去っているのでそういった攻撃は全く意味がありません。生者がいれば見境なしに襲い掛かります。しかも厄介なことに、普通の人間がアレに噛まれたり傷をつけられると、そこから彼らをあのようにした『毒』が回り、その者は生きながらアレと同じ存在になってしまいます」
「それじゃぁ、オレ達に勝ち目ねぇじゃんか」
「翼徳さん。物事はそう簡単に決め付けてかかってはいけませんよ」
ちっちっちと安徳は張飛の浅はかな考えをたしなめる。
「翼徳ウルサイ」
と言わんばかりに関羽は張飛の頭に鉄拳をくれてやり、彼女を黙らせた。
「ですが彼らにも弱点があります。一度死んだとは言え元は人間です。首と胴を斬り離せば行動できません。ですから、今より我々が狙うのは奴らの首のみ。但し、彼らの攻撃は一切受けてはいけません。難易度は高いですが、我々が生きるためにはこれしかありません」
中にはかつての仲間が混じっているかもしれないが情け容赦は無用。でなければ己が滅びるぞと付け加えた。
「彼らも言わば被害者です。彼らの冥福を祈りながらもう一度眠らせてやってください」
「そうか~。ボクらが生き残る為には、それしかないのか~」
その場にいた者が、彼の言葉にギョッと眼を向いた。報告では彼女は河北の袁紹のもとへ逃げていたはずである。
「ちょい待てコラ! 何でアンタがいんだよココに! 河北にいたんじゃないのかっ!」
その当人───公孫瓚はいちゃいけないのかよ~、と頬を膨らませている。
「・・・・・・すいません。姉がどうしても聞かなくて」
むくれている公孫瓚の横で弟の公孫范が申し訳なさそうに頭を下げる。その横で、同じ様に腹心の魯鮑が頭を下げていた。
できた弟に部下だなぁと思いつつ、少しは彼らに感謝しとけよという眼差しを公孫瓚に送った。
そこに滿就が報告に訪れた。
「結界が破られた。奴らが来るぞ」
聞いた諸将の行動は素早い。すぐさま部隊に戻るや兵達に指示を飛ばし迎撃準備に入った。
「龍二、尚妃はどうしました?」
そんな時に安徳は気になったことを龍二に聞いた。
「趙香に朱雀が守ってる」
龍二はそう答えた。
劉安の助言のお陰で、味方は敵の弱点を知ることができた。そのおかげで、今まで四苦八苦していた不死の軍団を徐々にだが押し返すことができるようになった。しかし、兵力の関係などで状況が不利なのは変わらなかった。
「・・・・・・・・・」
その状況を見ていた劉備は何を思ったか、一人誰にも知られることなく知らせることなく城へ戻っていった。
それを、護衛将隊総隊長劉超は眼で追っていた。
(・・・・・・覚悟を、決めたか)
その間、蜀軍は必死の反撃を試みていた。しかし数に差がありすぎる。このままいけば全滅は必至だ。
「孔明殿」
そんな時、絶対最終防衛線である城の前で諸隊に指示を飛ばしていた諸葛亮を高蘭が呼んだ。
「義孟殿、どうしました?」
「玄徳殿が呼んでいます。一緒に来てください」
そう告げた高蘭の顔はどこか暗かった。
「五式之四、獄炎爆雷槍・連撃之型」
「
龍二、安徳は自慢の技で不死の軍団を極楽へ送りまくっていた。限度はあるがそれでもやらないよりは幾分マシだ。
それに、今は自分達が頑張らなくてはならない。
槍で、二本の刀で、彼らは今自分達ができる精一杯のことをした。
緒戦より大分数は減ったが、まだ四十万くらいいそうである。対する自軍は半分の二十万。
「おい、これじゃぁこっちに勝ち目ねぇぞ!」
「分かっています!」
「ここはもうもたねぇ。退くべきじゃないか? 数が違いすぎる」
「・・・・・・そのようです。でないと我々が危ない」
決断すると、二人の行動は早い。
「九式之一 破竹大車輪」
頭上で龍爪をぶん回すと、そのままの勢いで不死の者共を薙ぎ払った。高速で不規則な軌道から繰り出される槍は、常人は勿論武術の達人でも容易に見極めることは難しいだろう。
「一式之六 連撃・
今度は先程の不規則な軌道に加えて高速の突きを繰り出す。突き、薙ぎ払い、振り下ろし、斬り上げ、突き、薙ぎ払い、振り下ろし、斬り上げを繰り返した。
龍二の槍の腕前は日本で五本の指に入るほどの実力者で、時には『槍聖』と称される父龍造をも凌駕し、特に二つの型の合わせ技を得意としている。
「今のうちに撤退します。皆さん、急いで」
兵士に指示を出し、二人は
諸葛亮は眼に涙をためて佇んでいた。傍らには高蘭が同じように俯いて拳を震わせていた。
「孔明。分かってくれ。お前達を逃がす為には、これしかないのだ」
「しかし・・・・・・殿・・・・・・・・・」
───他に方法があるのではないか?
しかし、悲しみが強すぎて孔明は言葉がでない。
「孔明。そこにも書いてあるが、お前達には〝彼ら〟を守ってもらわらねばならぬのだ。お前達には何があろうとも生きて生きて生き抜かねばならない義務がある。
───分かるな、孔明」
泣く泣く孔明は頷く。
「自己犠牲、自己満足と思われるかもしれないが・・・・・・・・・」
それ以上は、劉備は口を開かなかった。
「高蘭殿。後のこと、お願いできますか?」
「御意。お任せ下され、玄徳殿」
高蘭は涙するのを必死に堪えて力強く答えた。
「行けっ、呉へ」
泣きじゃくる孔明を高蘭が引きずるように連れて部屋を出た。
彼らが視界から消えてから、劉備はほうと息をついた。
その時、不意に後ろから男の問う声が聞こえた。
「・・・・・・死ぬ気か?」
「・・・・・・貴方ですか」
劉備は振り向くことなく、苦笑しながらそのまま問い返した。
「軍人で指揮官であった貴方なら、分かると思うのですが?」
男は無言を貫く。
「あの子達は、貴方同様生きてもらわねばなりません。仲穎を討つ為には、“あの子らの本来の世界に帰るには”こんな所で死んではいけないのです」
「───貴殿の意思がそこまで固いなら俺はこれ以上何も言わん。
時に、アレで葬るのか?」
「えぇ。高蘭殿に無理を言って用意してもらいました」
「・・・・・・そうか」
不意に、男の声が沈んだ。
(惜しい。この男を失うのは実に惜しい・・・・・・・・・)
「貴方にも、あの子達を任せてもよろしいですか?」
「ふん、当然だ。その為に俺はアイツに呼ばれたからな。
それに、『孫』もいるしな」
「頼みます。『大元帥』殿」
男の気配が消えた。
劉備は自身の双剣を取ると、部屋を出て、太守の間へ向かった。
彼の双眸は、何かを決心、揺るぎない決意に満ち溢れていた。
───呉へ向かう
高蘭や孔明が全軍に命じるや、龍二・安徳・関羽らを殿として、趙雲・馬超ら蜀の主な将軍達が先頭になり裏道から一路呉を目指した。
しかしそこに、主君劉備がいないことに気づいた張飛が孔明に尋ねると
「後で来ます」
とだけ答えた。その表情がいつもと違うことに彼女は気づかなかった。
呉へ向かうと聞いた龍二は、殿を勤めるその前にすぐさま城へ戻り達子の元へ向かい、彼女を自身の馬に乗せ、務めを果たすと軍を追い掛けた。
太守の間で、劉備はこれまでの四半世紀を思い返していた。義妹のこと、趙雲達のこと、息子のこと、妻のこと、あの四人の子ども達のこと、そして───
(この二十数年間、色々なことがあったなぁ)
思い出に浸る劉備の元には、鬼畜の軍団が着々と迫ってきている。
劉備は立ち上がった。
(蜀の太守としての、最後の仕事をやる時が来たようだ)
扉が勢いよく破られた。数百の不死の軍団を率いた将軍・董旻が吠えた。
「劉備! 貴様の命、貰いに来た!」
獲物を前に涎を垂らす獣は、内心でこの部屋の異様さにあっと声をあげていた。
それもそのはずである。部屋一面に黒い砂の様なものがそれこそ一切の隙間なく撒かれていて、劉備の後ろにある椅子の前には剣幅くらいの溝のようなものが見える。
(な、何なんだこれは!?)
思わず、董旻は一歩後退する。
劉備が突然笑い出した。まるで自分達を嘲るかのように。
「何を笑っていやがる。気でもふれたか」
「お前達が来るまで、私が何もしていないとでも思ったか」
刹那、轟音とも破壊音ともとれる音が辺りに鳴り響き地面がぐらぐらと揺れた。慌てて外を見れば、城門が全て閉じられていて、そこから黒煙が上がっていた。
その音はまだ続いている。時折地が揺れた。
「貴様何をっ」
董旻の声に彼は耳も貸さず、静かに剣を抜いていた。そして、あの溝の前で立ち止まった。
「お、お前ら、早くアイツを殺れ!」
何かを察した董旻が化け物達に命じるや、彼らは人ならざるものの声をあげて劉備に突撃していった。
彼はそれらに一瞥をくれると眼を閉じた。
(皆の者、後は頼んだぞ)
見開いた眼を溝に移し、劉備は剣を溝に突き刺した。
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