十四話 覚悟を決めるとき

「やぁ、待ってたよ」

 泰平に与えられた部屋には見知った男がいた。

 名を池田良介と言い、龍二らの通う高校のクラスメイトで学級委員をしている。そして、泰平と同じ陰陽師───泰平と同じ土御門流───であり彼の遠い親戚らしい。

 という話を、始業式の日に池田本人から聞いた。

 そんな彼が、何故ここにいるのか問い正すと、どうやらあの白朱に連れてこられたようで、既に劉備には謁見を済ませたと言う。

───やっぱ後でアイツをシメよう

 龍二は何度目かの決心を固めた。

「何でお前がここに?」

 龍二が尋ねると、良介は懐から2枚の札を取り出した。

「これが僕の机の上に置いてあったから、何かあったと思ってきてみたまでさ」

 その札には良く分からない模様と文字が隙間なく書かれていた。

「これは『死者蘇生』の札。君達に万一があった時にとヤスが残したみたいだね」

「陰陽術にはそんなのまであるのか?」

「僕らの流派だけの秘術みたいだね」

 あっけらかんという良介に安徳がこの札の使い方を聞いた。

「簡単さ。ほら、真ん中に空白部分があるだろ?」

 そう言われて二人が眼を落すと確かにその札の真ん中部分はぽっかりと空白になっていた。彼曰く、その空欄に収まるように自分が蘇らせたい人物の名前をフルネームで書き記す。自らの名前でもいいし、他の人物でもいいという。蘇らせたい人物に制限はないが、書き記した人物は死亡した年齢で顕現するので、高齢すぎたり、幼すぎたりする場合がある。

 発動条件はこれから教えるという。

 「で、肝心な『呪』は・・・・・・───だ。発動するまで大体一分弱はかかるから、使い時を考えることをオススメするよ」

 聞き終えた二人は分かったとそれぞれ札を取った。

(これで、万一の時の対策は大丈夫だ)

 来るべき事態の、自分のなすべき事はした。後は彼らの意識に任せることにしよう。

「では、この事は達子達には内緒にしておきますね」

「そうしてくれるとありがたい」

 龍二は不思議に思った。何でアイツらに秘密にしなければならないんだ? 話せばいいのに。

 顔にそれが現れていたらしい。安徳が語った。

「達子や明美にはこの件は荷が重すぎます。何だかんだ言っても、彼女達は女性です。彼は敵に捕らわれ、下手をすれば文字通り我々の『敵』として現れる可能性もあります。まして、先程の術の件を話せば是が非でも私たちを戦場から遠ざけようとすることもあります。だから、我々だけの秘密にするんですよ。

 ついでに言っときますけど、二枚あるのは保険ですよ。いずれ泰平と対決するとき、私か龍二、どちらかに不慮の事態に陥った場合のね」

「・・・・・・ホント、お前にゃお手上げだよ」

 龍二は苦笑した。皮肉ではない。

「分かった。アイツらには口が裂けたって言わねぇよ」

「ですが、四聖の皆さんとマサさんタメさんには話しておいた方がいいですね。いざという時、助けが要りますからね」

「そうだね。それはしかる時がきたらお願いするよ」

 すかさず安徳が切り込んだ。さすがにその辺は鋭い。良介は首肯する。

「そういえばさ、政さんたちはどこに?」

 多分ここだと良介は机の引き出しの下を指さした。そこを見ると、札が三枚貼られていた。

「恐らくヤスは何らかの形でこうなると悟ったんだと思う。そして、万一『敵』として現れた場合、少しでも僕らの方に戦力を残そうと政さんの為さん、それと玄武を札に隠して見つからないように貼り、念には念を入れて部屋全体に結界を張り結界を張り敵の眼を欺むこうとした、と僕は見ているよ」

 















 札から召喚された大内左馬介政義おおうちさまのすけまさよし九条前関白近江守為憲くじょうさきのかんぱくおうみのかみためのり、そして玄武は、事のス全てを彼らに話した。

「そんな・・・・・・アホな・・・・・・・・・」

 為憲が愕然とした声をあげた。

「全て事実です。そして、事は急を要すると我々は見ています」

「・・・・・・ねぇ龍二ぃ。嘘だよねぇ?」

 龍二は俯いて首を横に振った。場の空気が一気に重くなった。

「悪いが、全て事実だ」

 無理もない。自分の主人と戦わねばならなくなると聞かされたら、誰でも耳を疑うだろうし動揺もするだろう。

「・・・・・・俺達は何をすればいい?」

 そんな沈黙を破るように政義が指示を求めた。

「マサ……お前」

「アイツが俺達に託した願いだ。ならば、叶えてやるのが俺達の使命だ。違うか、九朗?」

 為憲は押し黙った。

 政義と為憲は、生前より物凄く仲が良く、普段は名(諱)で呼び合っている。しかし、彼が通称で呼ぶときは覚悟を決めた時は一大事の時であることを彼は承知していた。

「大樹の時だって、そうだっただろう?」

「む・・・・・・・・・」

 為憲は何も言わなかった。

「で、どうすればいい?」

「私か龍二、どちらかが泰平と戦うことになった時の護衛をお願いします」

「・・・・・・承知した」

 政義は頷いた。為憲も、意を決したように頷いた。

「近江守為憲、主が願い聞き入れた」

「幸いにも、お二人の使役権限は一時的に僕に移譲されているようだから、言ってくれれば召喚は可能だよ」

 二人は頷く。

「・・・・・・玄武には、やっぱキツかったかな」

「まあ、四聖の中では一番子供ですからね。無理もありません。ですが、知っておいてもらわねば」

 それがどんなに酷なことであるかは十二分に分かっている。

 人には、知らなくていいことがあっていいという。が、それを承知で知ってもらうこともまたあるのだ。たとえ、それが残酷で最悪な事であったとしても、だ。

(つか、これって子供と呼んでいいのか?)

 というツッコミは何とか飲み込んだ。

「・・・・・・分かった。ヤスの為にも、僕やるよ」

 玄武も決心したようだ。眼に涙をためながら、何かを堪えるように無理矢理な笑みを浮かべている。

「ありがとう、玄武」

 三人にはこの件は他言無用に願うと確認した後、二人は部屋を出た。

 出たところでそういえばと龍二は顔を向けた。

「なあ、良介は?」

「玄徳さんところへ。どうやら彼以外にも、龐統さん、姜維さん、孫乾さん、将隊の関平さんが消えたそうです」

「そうか・・・・・・・・・」

「ところで・・・・・・龍二。貴方、達子を部屋に放置したままでは?」

「あ゛っ、しまった忘れてた!」

 龍二は大慌てで自分の部屋に走り出した。

「あれでいて、気にしているんですね、彼は」

 やれやれと言った感じで安徳はため息をつく。なんだかんだでお似合いじゃないかと思う。最も本人達は完全否定しているが。

滿就みつなりさん、いたんですか」

「ついさっきからだけどな」

 安徳は壁に寄り掛かっていた武士の方に振り向いて言った。

 彼は菊地志摩守滿就きくちしまのかみみつなりといい、良介の式神である。昔は政義や為憲と同様将軍家に仕えていたらしい。

 あの後、良介が気になることがあるとい言って彼を呼び出し、ある場所へ探索に行かせていたようだ。良介が彼を二人に紹介したのは、二人が泰平のことを話している最中であった。

「どうでした?」

「アイツの勘は当たっていたようだ。俺が行った時には既に魏都許昌は炎に包まれていた。曹操殿らは無事呉へ逃げおうせたが、中核である夏候淵殿、徐晃殿らが敵に捕われたそうだ。その呉では、君主孫堅殿の嫡男孫策殿や朱然殿らが消えたそうだ」

「この事、良介には?」

「無論、既に伝えてある。劉備殿にも先刻同じように伝えた」

「でしたら、ことついでに四聖にもお伝え願いますか? その時、朱雀さんは達子がいない時に」

 そんなことを言ったわけを滿就は察したようで、眼を閉じ頷いた。

「承知した。そのようにしよう」

 滿就は忽然とその姿を消した。

「さて、私は・・・・・・・・・!?」

 安徳は自分の部屋に戻ろうと右足を踏み出した瞬間、突如として心臓に激痛が走った。苦悶の表情を浮かべ彼は胸を押さえた。よろめいた身体を支えるように咄嗟に壁に手を触れそのままもたれた。

(今日の、は・・・・・・一段と・・・・・・・・・キツイ、ですね・・・・・・・・・)

 心臓を鷲掴みされているような痛みに耐えながら、今にも倒れそうになる身体に喝を入れながら壁伝いに自分のあてがわれた部屋に向かっている。

(ここに来て・・・・・・、無理が祟りましたか。このような時に・・・・・・ぐ)

 生まれ持った心臓の持病がここにきて発作を起こしたようだ。それまではなるべく気遣いながら戦っていたが、先の成都攻防戦時に少々タガを外しすぎたようで、心臓に負担をかけすぎたようだ。

 彼の持病を龍二達は本人から直接聞いているから知っている。無理な運動は当然御法度。彼もそれを重々承知しているはずだった。だが今回の件でいろいろと彼は無意識に身体に無理をさせつづけていたようで、巴蜀の変───成都に済む人々が劉備と劉邑の戦いをそう呼んでいる───前後からまるでそのツケであるかのように時々心臓にこうした激痛が走るようになった。

 この事を彼は友人達に話していない。彼らに余計な心配はかけたくなかったからだ。

(く・・・・・・・・・)

 痛みは時間が経つにつれて増してくる。

(せめて・・・・・・せめて、後少し・・・・・・後少しだけ。泰平を・・・私の親友を・・・・・・この手で救うまでは・・・・・・頼む、私の心臓よ・・・・・・もってくれ・・・・・・・・・)

 痛みに堪える。息遣いが荒くなる。痛みで顔が歪む。額に脂汗がにじみ出てきた。歩く早さも、だんだんと遅くなってきている。

(悟られては・・・・・・、悟られてはいけない)

 誰かにこの姿だけは見せたくない。見せてはいけなかった。特に、親友達には是が非でも見つかってはならなかった。

 そう願いながら、安徳は自室に戻っていった。

(バカ野郎・・・・・・・・・)

 その姿を、見ていた者がいたのを知らずに・・・・・・・・・













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