第十一話 現れた目的

 劉悒を討ってからおよそ半月が経った。

 法正や張任ら巴蜀の旧臣たっての願いで、徐州太守劉備はそのまま蜀に留まり治世安定に努める一方で、孟達や張松らは洛陽に上り、帝に劉備の蜀太守任命を奏上した。帝はこれを快諾し、自ら蜀に赴き直接その旨を劉備に伝えた。

 拝命した劉備は一旦徐州に帰城、守将らに指示を出し、荷物をまとめ、帰城三日後には再度巴蜀へ発った。

 劉備が帰城している間、成都に残った諸葛亮、趙雲らは法正らの協力の下国内の悪政や悪法、悪官などを厳しく弾圧、撤廃、罷免し、新たに法律、刑罰を制定、さらに領民の意見をいつでも受け付けられるように城の前に専用の番所を設置した。また、広く人材を募り、諸葛亮らの眼にかなった者を次々に登用し政治・軍事の充実を図った。

 領民は善政を歓迎し、新領主の手腕を期待した。

 余談だが、北平太守としての仕事をすっぽかして劉備に従軍していた公孫瓚は成都城攻防戦前に彼女の弟笵らによってこってり絞られた後、強制送還された。












西暦213年3月某日


 この日、珍しく早起きした龍二は部屋を出て廊下で背伸びをしていた。

「くぁーよく寝たー」

 太陽の光が廊下を明るく照らしている。なんとも清々しい朝だ。たまには早起きもいいもんだと彼は思った。

 こういった日は身体を動かすとさぞ気持ち良いいだろうなと思っていると

「りゅ・・・・・・龍二。お・・・・・・、おはよう」

 横から達子の声が聞こえた。が、どこか恥じらいのある声だ。

(何たかが朝の挨拶で恥ずかしがってんだか)

 いつも学校行く前にやってるじゃねぇかと半ば呆れた龍二は、かと言ってこのまま達子を無視するのもどうかと思い仕方なく挨拶することにした。

「あぁ、おはよう達・・・・・・子・・・・・・・・・?」

 振り向いた龍二は思わず眼を奪われた。

 長い髪は後ろに結わえられていて、簪を挿していて、色鮮やかな衣装に身を包んでいた達子は、頬を染めながら俯いていた。

 今まで『普通』に『友達』として接していた龍二だけに、今日初めて達子を『女』として認識した。

「あんま・・・・・・ジロジロ見ないで」

 達子が恥ずかしそうに声を絞り出す。

「えっ、あ、あぁ、ゴメンっ!!!」

 龍二は慌てて後ろを向いた。顔を林檎のように赤くしてガチガチになりながら。

「・・・・・・どう?」

 暫くしてから達子がぽっつり呟く。

「・・・・・・へっ?」

 そんな彼女にきょとんとした声で龍二は返す。

「私の、この格好ね・・・・・・月英さんが考えてくれたんだけど・・・・・・似合う?」

「えっーと・・・・・・うん、似合ってるし・・・・・・可愛いよ」

 龍二は照れながら感想を述べた。彼女は顔を更に紅潮させたが、内心そう言ってもらえて嬉しかった。

 その時朝食を知らせる合図が鳴ったので、「じゃあ、俺はこれで」と足早に去ろうとしたのだが、袖を捕まれてしまった。

「───えーと、 何?」

 首だけを達子の方に向ける。彼女は相変わらず俯いたままである。

「・・・・・・一緒に、行こ?」

 小さいながらもはっきりと主張する。

「・・・・・・何で?」

「・・・・・・恥ずかしいの、この格好」

 顔を俯けている達子に

「・・・・・・着替えればいいじゃん」

と普通にツッコミを入れた。

「・・・・・・服、月英さんトコ。・・・・・・部屋、もう鍵かかってるから無理」

 こう返されてしまい龍二はこめかみを指で押さえた。この際ここが異世界であるとかこの時代に鍵なんてあるのかそう言った諸々のツッコミは入れないことにした。

 だが、上目遣いに今にも泣きそうな達子を放っておくわけにもいかなかった。

「・・・・・・うん、分かったよ。一緒に行ってやるよ」

 鼻を掻きつつ言った。達子はほっとしたらしい。口元が嬉しそうだった。

「・・・・・・飯、行くか」

 達子は小さく頷いた。

 食堂までの道のりを、達子は龍二の後ろに隠れるように彼の服を掴みながらついていった。


 












 食堂集まった面々は、遅れてきた龍二達を少々こらしめてやろうとしたのだが、達子のあまりの綺麗さに我を忘れて見入ってしまった。

 皆に凝視された達子はさっと龍二の後ろに隠れた。当の龍二は顔を真っ赤にして俯く。

「おやぁ。蓮、君はいつから尚妃さんのコレになったのかなぁ?」

 いいカモが見つかったという顔で安徳が早速からかいだした。

「バッ、おまっ! んなんじゃねぇよ!」

 赤面して慌てて否定するも、それは男連中の肴としかならなかった。

 一方で、女性陣は達子の鮮やかな姿に興味深々である。

「ねぇねぇ、これ、誰に選んでもらったの!?」

「綺麗」

 口々に感想を述べると、達子が小さく「月英さん」と答えると、今度は月英のもとに群がった。

「ねぇ月英さん。私にも選んで!」

「私も!」

「オレも!」

「はいはい。食事が終ったら選んであげますよ」

 得意げな月英の回答に女性陣は皆大喜びだ。

 食事中、龍二と達子は皆の猛烈な質問攻めに合い、ろくに食事にありつくことができなかった。

「あ゛ー疲れた~」

「私も~」

 質問攻めが終わり皆が去った後、二人は机の上にぐったり突っ伏した。心なしか口から魂のようなものが出てきている気がした。そしてそのまま熟睡してしまった。

「───おや、どこにもいないと思ったら」

 熟睡している二人をたまたま散策していた安徳が発見した。心地よい寝顔に安徳の顔は自然と緩んだ。

「全く、こんな所で寝て・・・・・・・・・」

 愚痴を溢しながらも、彼らが風邪を引かないようそこら辺にあった毛布を二人に掛けてやった。

「やれやれ」

 呆れて、ため息をついて安徳はそこを後にした。

(仲がよろしくなったようで)

 どういうわけか、二人は手を握って寝ていたという。












 劉備兄妹が日課となっている巡回を終えて、団子などを食いながら戻ると門兵と誰かが口論しているのが聞こえてきた。

「何しに来た! 帰れっ!」

「まさか国を奪いに来たか!?」

「何度言わせる。劉玄徳に会わせろっ! それだけだ」

 現場に駆け付けるやいなや、張飛が吠えた。

「テメェ、呂布!」

 斬ってかかろうとする張飛を関羽が後ろから羽交い絞めにして取り押さえた。

「おい、放せ姉貴っ!」

「落ち着きなさい」

 じたばた暴れる張飛に関羽は首に強烈な手刀を喰らわせ、黙らせた。

「奉先殿。一体何用か?」

 流石の劉備も警戒の色を強めて対峙する。

「安心しろ。別にお前らを殺りに来たわけではない」

 見ろと言わんばかりに呂布は両手をあげる。得物である大方天戟は持っていなかった。

「俺は、今日使者として来たのだ」

「使者?」

「おう。玄徳、我が主の書だ」

 そう告げて、懐に入れていた物を投げて寄越した。受け取った劉備はその場で一読した。

「・・・・・・承知したとお伝えください」

 読み終えた劉備はそれを綺麗に折り畳みながら呂布に告げた。

「では三日後に迎えに来る」

 それだけ言って呂布は去った。

「兄上。今のは・・・・・・・・・」

 劉備は畳んだ書状を関羽に手渡した。読んでいる途中で関羽の双眸が大きく見開いた。












 午後、呼び出された龍二と達子───来る前に着替えてきた───それに泰平、明美は劉備から三日後に正門前に得物を持って集まってくれと言われた。よく分からなかったが、主人の命だから了承して下がった。その際「何故安徳がいない」と龍二がぼやいたが、それでも大して気にならなかった。










 のんびりと庭を眺めていた少年は、後ろに人の気配を感じた。それも、よく知ってる、懐かしい者達のものだったので、自然と笑みを浮かべていた。

左馬介さまのすけ近江守おうみのかみ。久しぶりだな」

 少年は振り向かずに後ろの二人に言った。

「大樹。お久しゅうございます」

 公家風の男、近江守と呼ばれた者が柔らかい言い方で一礼した。

「何年ぶりかな」

 振り向いた少年が二人に問うた。公家の男と武士の男。二人共、家柄も良くかつて少年の手足となって働いていた忠臣であった。

「五六百年くらいじゃないですか?」

 苦笑いしながら武家風の男、左馬介が答える。つられて二人も笑い出す。

「もう、そんなに経つか」

「はい。時が経つのは早ようございますからな」

「そうだな。人の一生は儚いものだからな」

「悲しいことを言いなさる」

 ふふんと少年は笑う。

「───因果だな」

「何が、ですか?」

「俺達のことさ。三人共、かつて俺の家臣だった和泉守いずみのかみ近衛少将このえしょうじょうの子孫の所にいるじゃないか」

「あぁ、言われればそうですね」

 ふふっと少年が笑った。

「少し、散歩するか? 昔話でもしながらさ」

「殿から誘ってくれるとは・・・・・・明日は雨ですか?」

 馬鹿者、と少年が左馬介を小突いた。

「ほな、行きまひょか」

 近江が、暢気な口調で二人を誘った。

「その後、昔話でもしながら一杯やらないか?」

 猪口を持って口に運ぶ仕草をしながら少年が言う。

「いいですな」

 左馬介が笑んだ。











 三日後。

 龍二らは正門前に集まっていた。各々自分の武器を持って誰かを待っているようだ。

「全員揃ってるな?」

 野太い声に反応して振り向くと、そこには駿馬赤兎に跨る呂布がいた。

「ほぅ、迎えはお主であったか奉先」

 青龍が言うと、呂布は鼻で笑った。四人が驚いているのを尻目に呂布と青龍ら『四聖』は暫く話し込んでいた。

『奴らは古くからの知り合いさ』

 後でこっそり紅龍が龍二に教えてくれた。

「それで、あの自称仙人だか神を気取る大馬鹿者は何をしておる?」

「いつもと変わらん。〝色々な時代の奴らに迷惑かけまくって〟るよ」











 どこに行くのか分からないまま、龍二達は呂布の後について綿竹の密林を突き進んでいく。道中、龍二が試しに訊いてみたのだが「来れば分かる」の一点張りでそれ以上答えてくれなかった。

「ここだ」

 目的地は、綿竹の密林の中にあった不自然に開けた場所だった。そこにこれまた不自然に堅牢に見える造りの立派な城が建っていた。

「・・・・・・・・・」

「ツッコんだら負けですね分かります」

「白龍。それ言ってる時点で負けだろ?」

「そうよねぇ・・・・・・ってあたし達も、もう負けてるような───」

「何をぶつくさ言っている。早く来い」

 呂布に急かされて四人は城に入った。

 その際、門にいた守兵らしき者がニヤけて壁に寄りかかっていたのが気になったが、そのまま通りすぎていった。

 広場のような所に案内された一行は、壇上にある大きな椅子に腰かけている男を見るや大声で叫んだ。

「あぁ! テメェあん時の!!」

 白髪の眼を閉じている男───自分達をここへ連れてきた張本人が、今自分達の眼の前に堂々と座っている。

「待っていたよ」

 そんな彼らの心情を知ってか知らずか男───白朱は親しい友のような口調で話しかけてきた。

「テメェ、よくももがが」

「はいはい。今あの人に文句言ったってしょうがないでしょうよ」

 泰平が今にも殴りかかろうとする龍二を羽交いじめにし、その間に明美が説得を試みる。しかし、人の話も聞かずもがいて抵抗する龍二に嫌気がさしたのか、それとも諦めの悪さが見苦しいと思ったのか、はてまた子供っぽいのがバカらしく思えたのか、達子は彼の鳩尾に渾身の右を喰らわせ強制的に黙らせた。

「ば、バイオレンスなやり方だね・・・・・・・・・」

 これには白朱の顔が引きついた。

「いつものことなんで」

 しれっと間髪いれず平然と返すあたり、彼らにとってこれは本当に日常的なことであるらしい。

「と、とにかく。つもる話は後日するから、今日は部屋でゆっくり休んでくれ。『四聖』に麒麟、彼らを客間に案内してあげて」

「分かった。

───龍二、こっちじゃ」

 声をかけてやるも、強制沈黙された龍二からは何の返事も帰ってこない。他の者達は先に行くよう促し他の仕方なく青龍は彼が気がつくまで待つ事にした。

 三十分後、ようやく眼覚めた龍二は二階の端の部屋に案内された。

「ここじゃ」

 この時代には完璧に不釣りあいな現代風のドアを開けると、部屋の中には既に先客がいた。

「よっ、また会ったな龍二」

「あ、兄貴!? 何で!?」

 夢に出てきた実兄龍一が眼の前に現れたのは、龍二の眼を丸くさせるほど驚かせた。

「そう、驚くなよ。 前にも一度会って───何してるんだ、お前?」

 龍二は龍一に近づくとあらゆる所をペタペタと触りまくっては手の感触を確認していた。

「いや、幽霊とか式神の類いじゃないかなーと確認を───」

 龍二が言い切る前に、龍一の右ストレートが龍二の頬に見事命中し、一番奥の壁まで吹っ飛ばされた。

「次同じことやったら明日の朝日は拝めないと思え?」

「ウィ・・・・・・・・・」

 壁は放射状に窪み、ヒビが入っていた。土煙が上がっているその中に龍二は天井を見上げ眼を回していた。

「青龍、いる?」

「ここにおるわ」

 手近な椅子に腰掛けながら青龍が手をあげた。

「手荒い歓迎じゃな」

「いやいや、今のは100%アイツが悪いだろ」

「ふん。まぁよいがの」

 苦笑しながら青龍は立ち上がり、龍一の肩を叩く。

「お主らには苦労を掛けるのぅ」

「慣れっこだよ。

───正確に言うと、もうスッゲェ諦めた」

「・・・・・・後で奴にはドぎつい灸を据えといてやるよ。そいつで我慢してくれや」

「・・・・・・できればそれに聖龍達を混ぜてやってくれ。多分結構溜まってると思うから」

「構わん。今回は徹底的に搾ってくれるわ」

「そうしてやってくれ」

「して、用があるのではないか?」

「そうだった。そこでぶっ倒れてる愚弟が起きたら、俺の部屋に来るよう言ってくれ」

「相分かった。あれが起きたら伝えよう」

 頼むよと念を押してから龍一は部屋を後にした。













「んで、話ってなんよ」

 その日の夜、青龍を案内に龍二は兄の部屋を訪れた。

「お前の夢の中でちょろっと話したろ? その件についてだよ」

 言われて龍二は、あぁ、と頷いたのを確認した龍一はいくつかの質問を弟に試みる。

「『龍』についてはある程度は知ってるな」

 龍二は頷く。

「『五大龍』はどうだ?」

 少し傾げた後、首を横に振る。

 『五大龍』というのは、趙雲の子孫───進藤家の人間に宿る『龍』の中で特に能力が抜きん出た五匹の龍の総称である。宿龍のおさ龍王の〝娘〟天龍を筆頭に、次点に謎の多い伏龍、三に聖龍、四に黄龍、そして、五に『狂龍』の二つ名を持つ紅龍である。

「何で紅龍が? つか、俺には何が宿っているんだ?」

「・・・・・・あのクソ親父、何も教えてねぇのかよ」

 龍一は憤った。うんと弟は頷く。

「青龍から聞いたんだけどさ、それって、しかるべき時に初めて話すんだろ? 多分その前に俺がこっちに来たから・・・・・・」

「・・・・・・あぁ、成程。分かった。説明する」

 龍一は納得して解説を始めた。

「まず、紅龍は確かに『呪われた龍』だとか『狂気の龍』とか言われているが、それ抜きで考えっと五大龍になれるだけの能力が充分あるんだよ。

───んで、簡単に言うとその紅龍をお前は宿しているんだよ」

 龍二は酷く驚いた。聞いた話では、紅龍は人の魂を喰らうとか。ただし、それは紅龍が宿主を認めないときに限ると聞いている。

「っつことは、俺は認められたのか?」

「───まあ、そういうこった」

 紅龍に認められたのは嬉しいが、色々と言われているだけあって、少々複雑な気分だった。

 しかし、彼は洛陽の折に紅龍と話したことを覚えていなかった。

「しっかしやるじゃねぇか。あの紅龍に認められるとはな」

 誉められた。どうやら紅龍に認められるのは相当凄いらしい。

「んで、こっからが本題なんだが」

 じゃあ今までのくだりは何だったんだ、と龍二は心の中でツッコミを入れた。

「お前は〝二龍を持つ者〟なんだよ」

「・・・・・・何じゃそりゃ? よう分からん。」

「簡単さ。『伏龍』を宿している奴は皆そう言われてんだよ」

「? 伏龍って、あの、よく分からん伝承上の龍の事だろ? 何で?」

「お前も聞いただろうが、伏龍はとてつもない力の持ち主だが、滅多に目覚めることがないらしい。理由はハッキリ言って不明。それが関係しているかどうかは分からんが、ともかく伏龍を宿した者は、もう一匹別の龍を宿している。それが、お前の場合紅龍だったわけだ。

───ただ一度、言い伝えでは春秋戦国時代に趙瑶蹣ちょうようまんって奴の時に伏龍が覚醒したと言われているが、記録には残ってないんだ」

「確かじゃないのか?」

「何せ伏龍に関する記述が少ないもんでな。俺もよくは知らん。まぁ、二つ名が『時が来るのを待つ龍』だから、な」

 それとは別に伏龍とは『天に昇る時を待つ龍』という意味がある。

「なあ兄貴。龍ってどうやって分かるんだ?」

「生まれた時にその時の当主が〝特殊な方法で〟見るんだよ。害の無い龍ならそのままだが、呪龍だったり邪龍とかだったらそいつを消してどこぞに養子に出すらしい」

「その話だと、紅龍も消されるんじゃないか?」

「確かにそうなんだが、さっきも言った通り、紅龍は五大龍の一匹で宿主の力を見る。こればっかりは宿主が成長してからじゃないと分からないんだ。だから、むやみに消すことができないんだよ」

「補足するとな」

 すると、龍一の横からひょっこりと彼の龍である聖龍が現れて話し出した。

「そもそも我らの力には種類があるのでござる」

 何故武士語というツッコミを飲み込んで龍二は聞き入る。

「我ら『五大龍』筆頭の天龍と次点の伏龍は〝万能の力〟、それがしと黄龍は〝全てを浄化する炎〟と言う具合にな。そして、紅龍は〝全てを焼き尽くす業炎〟」

「ふむふむ」

「その言葉の通り、あの者の炎はこの世のありとあらゆるものを焼き尽くすのでござる。つまり」

 彼の主がその気になれば世界を征することだって世界全土を焦土と化すことだって可能と言うわけである。とはいえ、それは『龍』という人外の力を持っている進藤家の人間全員に当てはまることだが。

 その力に眼が眩んだ一部の者が本気でそんなことを考えるらしい。それを紅龍は嫌い、精神を乗っ取り宿主を滅ぼすのだという。

「龍にも色々あるんだな」

 そう言った。

「ところで、俺達の世界ではその力を使ったことはないのか?」

 龍二は素朴な疑問をぶつけてみる。

「バンバン使っていたらしいぞ。けど、使ってみて分かっていると思うが、この力は普通の人間には理解の範疇を越える。だから歴代の権力者達が抹殺したそうだ」

 龍一は自身の手のひらに淡く光る炎を出しながら説明する。抹殺とは公の記録に残さなかったことだと告げた。残せば後に一族に降り注ぐ厄災は計り知れない。

「今だったら、精々身体能力強化位だな。やったとしても」

 龍一が言い終わった時を見計らって、聖龍が口を挟む。

「先程言い忘れたのだがな、某達は炎の他に、自然の力か特殊能力を持っているのでござるよ」

「ふ、ん?」

 龍二は分かったような分からないような曖昧な返事をする。

「某達は、その名にちなんだ能力を持っておるのでごさる。某は『聖』、つまり光に関係する技が使える。水に関する名を持つ龍は水系、雷に関する名を持つ龍は雷系、といった具合にの。加えて『五大龍』になると特殊な力を持つのでござる」

「・・・・・・てぇと、炎関係の龍はどうなんだ?」

「身体能力の強化、治癒等の力を持っているでござる。そなたに宿る紅龍は身体能力の強化でござる。ちなみに某は治癒でござる」

 五大龍の特殊能力は、五大龍になってからランダムで決まるらしい。

「そして、我が家に代々仕えている青龍は分かっていると思うが蒼く澄み渡る炎───蒼炎だ」

 一族の人間は、己の龍の他に青龍の蒼炎を使いこなせると父から耳にタコができるほど聞かされていたから、どうしても聞かずにはいられなかった。

「兄貴も使えるんだろ?」

「まあな」

 龍一は立ち上がり背伸びした。

「さぁて、そろそろ寝っかな~」

 龍一は大きな欠伸をする。

 じゃあと龍二は部屋を後にしようとする。

「そうそう言い忘れてた。明日起きたら地下の道場に来てくれ」

「?」







 翌朝、龍二は昨日の兄の言葉に従い、青龍を案内に地下の道場に向かっていた。

「青龍ぅ・・・・・・まだぁ?」

 かれこれ三十分は歩いたろうか、龍二はまだ階段を下っている。何段下って来たのだろう、龍二の額に汗がにじんでいる。

「もう少しじゃ」

「それさっきも言ってたじゃんかよぉ~」

 てか地下ってどんだけ深いんだよドチクショウなどと愚痴りながら、それから更に二十分くらい経ってからようやく道場に着いた。龍二は尻をついてヘバッていた。

「情けないのぅ。戦場での体力はどこへ言ったのじゃ?」

「・・・・・・うるせー」

 呆れた物言いに龍二はカチンときたが、何分ヘバッていたので、反論するほどの気力を持ち合わせていなかった。

「───青龍。何故に鉄扉?」

「わしに聞くな。ここを作ったあの男に聞いてくれ」

 暫くして体力が戻ると、龍二は扉を開けた。

 だだっ広い道場の中には胴着姿の兄ともう一人、見知らぬ男がいた。

 侍烏帽子さむらいえぼしのようなものを被り、服は昔の武士が着ている大紋───とあるテレビ番組で紹介されていた───姿で腰には太刀を佩いている三十代位の男は、彼の方を向くとにっこり微笑んだ。

「やぁ、龍二君」

 龍二は男の顔を見ながら首を傾げていた。

(あれ? 菊さんに似てる? 気のせいかな?)

 後、俺この人に自己紹介したっけ?

「龍二。まずは彼と勝負してくれ」

「えっ・・・・・・うん」

 考えるのを一旦止めて、龍爪を構えた。それを見て男も抜刀する。

「行くよ。龍二君」

 男から斬り込んできた。それを龍爪で受ける。

「さあ~て。ちょっくら遊びに行くか」

 龍一は太刀・左安貞さのやすさだを持って道場を出た。











 泰平・達子・明美の三人は廊下を歩いていた。先刻、青龍が部屋を訪れ「道場に来い」と言ってきたので、その通りに今道場に向かっている。

 長い時間階段を下り、これまた長い回廊を歩いている三人の歩が一斉に止まった。どこからか殺気を感じるからだ。

 初めて感じる殺気に、 三人の髪の毛などが逆立った。

「ヤス、上っ!」

 泰平が上を向くと、胴着姿の仮面の男がまさに泰平を両断せんと刀を振り下ろしてくるではないか。すかさず剣を抜きそれを受け止める。

 その一撃はとても重かった。

「何すんのよ!」

 明美が剣を横薙ぎに払うも、まるで分かっていたかのようにあっさりと避けられた。

 仮面の男が着地しようとしている場所を予測して、達子が先回りして待ち構えていた。

「もらった!」

 しかし、彼女の予想は外れ、仮面の男は着地する前に空中で跳んだ。

「エッ!?」

「んなバカな!?」

 狼狽している三人をよそに仮面の男は達子のわずか後ろに着地する。達子は慌てて間合いをとる。

「───まぁ、ちったぁやるようになったな」

 仮面の男が呟く。当の三人は謎の男に対して同時攻撃を仕掛ける。が攻撃は男にかすりもせず、力点をずらされていなされた。それは一瞬の早業であった。

 今度は男の猛攻を受けた。的確に急所を突く一撃を、泰平達は何とか防ぐのが精一杯であった。

「ま、こんなもんか」

 余裕の体で自分達に評価を下す男に、泰平が懐に飛込んで捨て身の一撃を放つ。

「甘いっ!」

 男は一喝すると、玄上を高々と宙に打ち上げ、無手の泰平を蹴り飛ばした。

 達子と明美が続けと言わんばかりにその瞬間一斉に斬りかかるも

「遅いっ!」

 同じように一喝され、これまた各々の武器を宙に打ち上げられた。二人はそのまま地面に叩きつけられた。

「つ、強い・・・・・・・・・」

 あまりの強さに三人共愕然とした。何とか男の攻撃範囲から逃れようとするが、強力な一撃を喰らってしまった為、身体が言うことを聞かない。

 突然、仮面の男が高らかに笑い出した。三人はあまりのことに訝かる。

「三年前より大分成長したじゃないか、お前ら」

 聞き覚えのある男の声に、三人は首を傾げる。どこかで会ったような・・・・・・・・・?

「ま、俺に言わせりゃまだまだだがな」

───三年前?

「おいおい。まだ思い出せないのかよ」

 男はおもむろに仮面を外した。

「俺だ俺」

 男の顔を見て三人は驚きの声をあげる。

一兄いちにいぃ!?」

 三年前に死んだ男が、今三人の眼の前にいる。どういうわけだろうか。頭をフル回転させて考えるも、無駄だった。

 そんな仰天的出来事があったので、三人は身体の痛みなどをすっかり忘れて勢いよく立ち上がった。

「えっ、何で!? どうなってんの!?」

「一兄ぃ、生きてんの!?」

「落ち着けお前ら。俺の話は後でいくらでもしてやるよ。今はこっちに来な」

 言われるまま三人は龍一の側に寄る。

「聖龍。頼むわ」

『御意』

 頭上に一匹の光輝く龍が現れて彼らを背に乗せるや、一気に下に降りていった。

「もうちょいゆっくり降りてくれよ。こいつら初めてなんだからよ」

『急ぐのでござろう? 我慢せよ』

 どことなく胡散臭い武者風の口調を話す龍の背の上で、三人は龍一を凝視し続けた。












 道場に到着した三人の眼には、龍二が青年と戦っている姿が入った。

「何なの、あの人」

「互角・・・・・・いや、男の方が上か」

 龍二の実力は重々承知している。剣道も槍道も全国一・二の実力の持ち主だ。だが、相手の男は、武器こそ違えど龍二と互角に渡り合っている。いやむしろ、龍二が押されているように見えた。

「ほらほら、防御ばかりじゃなくて攻めてきなよ」

 男の方はとても余裕な表情をしているが、龍二の方は汗だくになっており、息遣いも荒かった。

「分かっとるわ、んな事ぐらい!」

 その後、龍二の龍爪が宙を舞った。

「うが――! また負けた――――――っっっっっっ!!!」

「いい線いってたけどね」

「うおおおおお悔しいいいいいっ!」

 龍二が心底悔しそうに地団駄を踏んで、仰向けに倒れた。

 龍一達の気配に気づいたのか、男が顔を向けてきた。

「龍一君、連れてきたかい?」

 男は笑みを作って龍一に話しかけてきた。

「はい」

 龍一は彼らを中に入れる。

「お前達には暫くここで特訓を行ってもらう」

「特訓?」

 泰平が聞き返す。

「そうだ。個々の技量向上と四聖の技を完璧に使いこなせるようにな。

───正確には、自分一人で彼らの力を使えるようになるように」

「どゆこと?」

「今のお前らの技は、四聖が近くにいないと使えないだろ? だから、アイツらなしに自分の意思で彼らの力を使えるようにするのさ。加えて、お前らの個々の実力アップだな。術は四聖で実力は俺とこの人で担当することになってるから」

「まあ、そうゆうことじゃ」

 青龍ら四聖が現れた。

「お主らの一族は代々そうやってわしらの技を会得していったのじゃ」

「あっ、だからあいつがいないのか。納得!」

「あぁ、成程!」

 龍二らは手をポンと叩いた。

「安徳は、白朱にここで治療を受けた後で、奴直々に鍛えたからな。来る必要がないのじゃよ」

 青龍の説明に四人はうんうんと頷く。

「さて。お主ら、今からお主らにわしらの力を分け与える。来てくれ」

 青龍が四人を道場の真ん中に誘った。

「すいません。わざわざ来ていただいて」

 それを見てから、龍一は男の側に寄るやそう言った。

「気にするなよ、龍一君」

 男はにこやかに答える。

「どうだい? 扱いやすいかい、左安貞は」

「えぇ。あの時貴方から授かってから大事に使わせてもらっています。なかなかの使い勝手のよさで気に入りましたよ」

「ははは。それはなりよりだったよ。

───あの時、君が突然空から落ちてきた時は驚いたよ。全く、白朱さんも場所を考えてほしいものだね」

「あの時は、青龍か聖龍がいなければあの時点で私は死んでましたよ。つか、それは愚問というものですよあの人には」

 龍一が苦笑いで答える。そうだねと男が言う。

「しかし、本当にありがとうございます、〝義輝〟さん」

 礼を述べる龍一に男──〝義輝〟はそう畏まることはないと言う。

「私達は共に戦った仲ではないか。そういったことは無しだって言ったじゃないか」

「おっと、これは失礼。俺としたことが」

 龍一は照れ笑いした。

「でも、政さんと為さん、怒ってるでしょ? 勝手に抜けてこっちに来てしまったのだから」

龍一がクスクス笑うと、〝義輝〟もつられて笑った。

「いつものことだ、気にするな」









「政~。殿、おったか~?」

 何かを探す仕草をしながら、為憲が政義に聞く。

「どっこにもいねぇぞ」

 政義が返す。

 二人は先程から自分達の主人を探している。昨日、その主人がここの町を見てみたいと言うから今日城の門前で待っていたのだが、一向に来る気配がないのでこうして探す羽目になってしまったのだ。

「今日町見たい言うたんは殿やのに、どこ行ったんや」

「また例のブラつきじゃねぇの? たく、全っ然変わんねえな」

 愚痴を言いつつも、二人は懸命に探している。

「はぁ・・・・・・。殿どこ行ったんや~・・・・・・・・・?」









「そんなこと言ってると、與一郎よいちろうさんに叱られますよ?」

「おいおいおい。いない奴とはいえ、與一は勘弁してくれよ。アイツは苦手なんだ」

「ふふ。冗談ですよ冗談。それより───」

「安心しなよ。〝仕事〟はこなすよ」

 それに、と〝義輝〟は続ける。

「私の臣下の子孫達だ。腕が鳴るよ」

 そうですねと龍一は返す。

 遠くから青龍が「こっちに来てくれ」と呼んだので二人は笑顔で向かった。










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