第十二話 その理由

「あ~。起きた起きた」

 安徳が眼を開けると、そこには顔を覗き込むように自分を見ている孫尚香と趙香がいた。

「あぁ、趙香さんに姐さん。どうしたんですか?」

 起き上がって尋ねた。

 安徳は尚香のことを『姐さん』と呼ぶ。彼女が昔いた姉に似ているからそう呼ぶらしいが、当の本人はいたく気に入っているらしく、彼にそう呼ばれる度にニコニコ笑っていた。

「ヒマそうに見えますが」

 彼が言うと尚香はうんうんと頷いた。

「だって白龍君と遊びたかったのに、出かけてるっていうし玄ちゃんは雲ちゃん達と町行っててさ、やることないんだも~ん。んで香ちゃんとブラついてたら寝てる封ちゃん見っけたから来たの」

 まくし立てるように一気に言った。

(龍二も苦労してますね)

「あ、あの・・・・・・お邪魔でしたか?」

 横から申し訳なさそうに聞く趙香に対して安徳は首を振った。

「いえ、私もヒマでしたから」

 そこに、高蘭が四人の護衛将隊を引き連れてやってきた。

「ここにいましたか」

 高蘭がため息をついて言った。

「どうしたんですか皆さん? 武器を持って」

 安徳が聞いている横で、尚香が「高ちゃ~ん」と高蘭にベタついている。

 高蘭は右手で尚香を押し退けつつ彼にある頼み事を言う。

「彼らを鍛えてくれないかな。私がしてもいいのですが、これから寄る所がありまして・・・・・・と、いいますか総隊長が・・・・・・・・・」

 ようは自分はこれから用事で出かけるからその間彼らの訓練をお願いできないかということらしい。

 更に、高蘭の話からして本来それをやるはずの総隊長劉超がそれを放棄した───彼に丸投げしたらしい。

(面倒ですね・・・・・・・・・)

 最初はそう思ったが、ふとある考えが浮かんだ。

 悪魔の考えである。

(・・・・・・これはちょうどいいヒマ潰しになりますねぇ。ちょうどいい『実験材料』を欲していたんですよね。それに色々と握っておきたいですからね)

 この時、劉封らの背中を悪寒が走った。そして、とてつもなく極上最上級の嫌な予感が頭をよぎったという。

(嫌な予感・・・・・・・・・)

 不敵な笑みを浮かべながら即答する。

「えぇ、いいですよ」

 ちらりと安徳は劉封らを見た。瞬間、彼らは死を覚悟した。勿論、精神的な意味で。

 安徳は尚香達の方に振り向くと、やわらかい口調で尋ねた。

「姐さんはどうします?」

「ふっふっふー。もっちろん参加するわよー」

 ビシィッと人差し指を安徳の顔の前に突きつけた。

「私を女だと思ってなめないでよぉ。封ちゃんなんてケチョンケチョンにしてやるんだからぁ」

 尚香は腕をブンブン回しながら言い放った。

「貴方は、どうします趙香さん。見ていきますか? それとも───」

「あ、あの・・・・・・私も参加して、いいですか? その・・・・・・自分の身を守る為に武器の扱いを覚えたいので・・・・・・」

 俯きながら、趙香ははっきりと主張した。

(へぇー・・・・・・・・・)

 安徳は意外な気持ちだった。この人がこうも自身の主張をするとは思ってもみなかった。彼女がそう言うからにはそれなりの覚悟というか思いがあるのだろう。

 分かりましたと安徳は頷いた。

「さて、誰からでも構いませんよ」

 起き上がった安徳は、二刀を抜き、戦闘体勢をとった。
















 その日の夜、龍二らは大広間に呼ばれた。そこには龍一と共に白朱が座って待っていた。

 彼が自己紹介をしようとしたところ龍二が殴りかかろうとしたので、達子が鉄拳制裁を執行して強制的に黙らせ、その辺に捨てた。

「君達をここへ呼んだワケを話そうと思ってね」

 自己紹介を済ませた白朱は気楽にそう言った。

「当ったり前よ。もしそのこと話さないでくっだらないことを今ここでくっちゃべりやがったらアンタにも制裁を加えてその顔が青痣で腫れるくらいボッコボコにしてやるわ」

 バキバキという音が聞こえそうな感じに拳の骨を鳴らす達子に白朱は身震いする。

 咳ばらいして気を取り直した白朱は早速話し始めた。

「私が君達を呼んだワケというのは、ある男を討ってもらいたいからなんだ」

「ある男?」

「誰よ、そのある男って」

「仲穎───董卓さ」

「また何でよ。貴方、私達をここへ連れてきた時の・・・・・・魔法を持ってるんでしょ? それくらい、ちょろいんじゃないの?」

「確かにそうなんだが、事はそう単純かつ簡単じゃぁないんだよ」

 横槍を入れるように龍一が口を挟んだ。

「この人と董卓は俺達がこっちの世界に来る前に一度戦っているんだ。その時は引き分けに終わったんだけど、その代わり白朱さんは〝光〟と魔力を奪われてしまったんだ。多少の魔力は残っているが、アイツに対抗できる力はあまりないんだよ」

「あのぉ、話が全く見えないんですけど・・・・・・・・・?」

 困惑した明美が口を挟む。スマンと龍一が詫びる。

「そっから先は白朱さんにバトンを渡すとしよう」

 タッチと言わんばかりに龍一は白朱の肩に触れる。

「───アレは私の弟子でね」

 白朱は語り始めた。異世界のことなので、曖昧な返事しか出来ない。

「始めは、どこにでもいるようないたって普通の子だった。彼をこの國の発展に寄与する人物に育てようとした。だが、いつの頃からか、邪の道に興味を持ち、そして堕ちてしまったんだ。

 そしてあの日・・・・・・我々は対峙した。結果は龍一君の言った通り、私は眼と大半の力を奪われてしまった。

 アレは、今や闇に取り憑かれた哀れな男だ。師として、始末をつけなければならない。だが、先にも言った通り、私にはアレに勝る力はない。そこで、私は君達に白羽の矢を立てた。私が創りし『四聖』を継ぐ者として」

「・・・・・・大体の理由は分かりましたが、一つ。我々は元の世界に帰れるのですか?」

「それなら心配いらない。その程度の力なら残っているからね」

「分かりました。ついでに、何故死んだ筈の一兄ぃ───龍一さんがここにいるのですか?」

 泰平の問いに答えたのは当の本人だった。

「それは俺から話そう。簡単に言うとだな、お前らを呼んだ後で、この人どうも心配になったらしくてな。わざわざ黄泉の国まで来てお前らを助けてくれって言われて黄泉がえったってわけだ。

 ───それはそうと、アイツは死んじゃぁいないよな?」

 龍一は片隅でノびて眼を回している龍二を差して言った。

「平気ですよ。しっかり『手加減』しておきましたから」

 達子は妙に『手加減』を強調して手をヒラヒラしていた。

(ホントかなぁ? 後で見といてやるか)

 小さい頃から彼らのことをよく知ってるので、余計に不安になってしまった。

「ねぇ一兄ぃ、ところでさ、この人誰?」

 明美が同席していた武士風の男を指差す。龍一がギクリとする。

 龍一としては彼の正体はなるべく隠しておきたかった。知れば知ったで後々激しく面倒なことになるのは眼に見えていた。

 しかし、ここで龍一にとって予想外のことが発生した。

「私は龍一君の友人で源義輝と言うんだ。ヨロシクね」

 龍一の顔がぐぅわんと勢いよく振り向く。

(ちょぉっ、義輝さん!)

 小声で慌てる彼に対して義輝は平気だと眼で告げる。

(バレないよ。私は君達の世界ではあまり知られていないからね)

(いやいやいやそういう問題じゃ・・・・・・・・・)

 三人はあわてふためいている龍一を見て首を傾げるのであった。











 夜の一室で趙雲は一人酒をかっ食らっていた。

「なんだ子龍。お前がヤケ酒とは珍しいじゃないか」

 たまたま近くを通りかかった馬超、字は孟起が分かるほど、机の上には酒の入れ物が置いてあった。

「孟起殿ぉ。聞いてくださいよぉ~」

 既に趙雲は頬を赤くしてベロンベロンに酔っていた。こうなった趙雲は色々面倒くさいのを馬超はよく知っていたので、彼は趙雲を刺激しないように隣に座った。

「で、一体どうしたんだよ」

「あのですねぇ、趙香の奴がぁ、私のトコに来るなりぃ、『槍の使い方教えろ』ってぇ、言ってきたんですよぉ。ワケ聞いたらぁ『護身』だってぇ言うわけですよぉ。どう思いますぅ?」

 ぐでんぐでんになってるなと思いつつ、馬超は真面目に答える。

「いやどう思うったって、別に護身程度なら教えてやってもいいんじゃないか?」

 趙雲は涙眼で訴えた。

「ダメです! アイツは、家でおとなしくしてないと駄目なんです。あんな可愛い奴が戦場で戦っちゃ・・・・・・・・・」

(こいつ妹に過保護すぎるんじゃないか?)

 まぁ、兄としては可愛い妹が血みどろな戦場に行くことをよしとしないのは分かるが、身を護る術くらいは教えてもいい馬超は考えているが、この男は妹が愛しくて仕方ないらしい。

「だいたいアイツは・・・・・・んぐ、戦いの・・・・・・むにゅにゅ・・・・・・何たるかを・・・・・・・・・」

「───おーい、子龍ーっ、寝るなー」

 突っ伏した趙雲を何度も揺すって起こそうとするが、趙雲は既に夢の世界に旅立った後である。

「あ゛ー・・・・・・ったくよぉ・・・・・・・・・」

 馬超は趙雲に近場にあった毛布をかけてやり、彼が飲み残した酒に手をつけた。

「俺はお前のお守りじゃねぇんだぞ」

 そう愚痴りながら、暫く彼は趙雲に代わり酒をかっ喰らっていた。











「・・・・・・ろ。・・・・・・きろ。起きろ、我が主よ」

 男の、自分を呼ぶ声に龍二は眼を覚ました。

「いだだだ。あんにゃろう、思いっ切りぶん殴りやがって・・・・・・ん?」

 痛む頭を押さえつつ、起き上がった龍二がきょとんとする。

「やっと起きたか、新たなる我が主」

「・・・・・・アンタ、誰?」

 瞼を擦る彼の眼の前には、赤い服を着た、紅い髪に紅い眼の男がいた。彼の右眼は、龍二と同じ傷がついているように見える。

 男は顎に手をやった後でポンと手を叩いた。

「そうだった。この姿で会うのは初めてだったな」

 声で気がついてもらいたいがなと呟くが、まぁいいと龍二を見据えた。

「我が名は紅龍という」

 男は告げる。

「・・・・・・アンタが紅龍?」

「そうだ。お前らが『狂龍』と呼んでいるのが俺だ」

 そんな紅龍を龍二はじぃーっと見ていた。

「へぇー」

「リアクションが薄いな」

 普通俺の名を聞いたら驚きの一つでも見せるのだがと紅龍は続ける。

「うーん・・・・・・言い伝えに聞くような奴に見えないし、悪い奴じゃなさそうだし。取り敢えずアンタは信頼できる奴と判断した。そんだけ」

 それを聞いた紅龍はクスリと笑う。気にする龍二に何でもないと彼は小声で呟く。

(面白い男だ。これはなかなか楽しめそうだな)

 そんな龍二はまだ紅龍のことを凝視していたので、何だと訊いてみると、大したことじゃないけどと前置きしておいて

「いや、なぁんで紅龍の右眼に傷があんのかなぁって」

「何だ、知らないのか? まあ、知ってる奴の方が少ないか。

 ───俺達はな、宿主と一心同体な存在なんだよ。宿主が傷つけば俺達も傷つくし、宿主が死ねば俺達も死ぬ。正確には、次の宿主に宿るまで眠っていると言った方がいいか。とまあ、俺達とお前ら趙家の人間はそんな関係なんだ」

「・・・・・・へぇ~、そうなんだ・・・・・・ってか、お前も青龍みたいに俺の意識の中に来れるんだな」

「まあな。普段は滅多にやらないんだ。色々力使うからな。それに、今までの事はお前を通して全部見てきたから大体のことは把握している」

「・・・・・・こうして見ると、改めて俺はお前に認められたのが不思議に感じるな」

「お前は今までの奴とは違うものを持っていそうだからな。興味が湧いた」

 紅龍は淡泊に告げる。

 そうそうと紅龍は

「お前の剣術に槍術はムラがありすぎるから、たまに出てきて稽古をつけてやる。今のままじゃ危なっかしくて見てられん」

 と断言するように提案した。思い当たる節があるのか龍二は頼むと頷いた。

 龍二は立ち上がり手を差し出した。

「何はともあれ、これからもよろしく頼むよ、〝相棒〟」

 紅龍は一瞬呆気に取られた表情になるが、ククと笑うと

「当然だ」

 と差し出されたその手を強く握った。

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