第七話 前哨戦 汜水関の戦い
もし、龍二達の世界と同じ時間だとしたら、連合軍が敵本拠地洛陽の支関・汜水関へ進軍したこの日は、西暦191年(初平2年)の冬である。
ここには、董卓軍随一の猛将華雄が与かっていると報告を受けている。
「先陣孫堅。参るっ!」
孫堅軍は電光石化のごとく攻めまくり、汜水関へ近づいていった。
「知ってますか? 虎牢関と汜水関は全く一緒の場所にあったそうですよ?」
「へぇー・・・・・・・・・」
などという雑学をここに来る前に博学の安徳から聞いたが、戦争となった今ではどうでもいいことだ。
劉備・曹操・袁紹は敵を蹴散らしつつその一方で袁術軍の動向に眼を向けていた。彼らは、事前に万一のことがあると想定していたので、配下の一部に次第を告げ、万一が起き次第、孫堅軍の援護へ向かうよう指令しておいた。
その頃、龍二らは群がる雑兵達を討ちまくっていた。
「おらおら。死にたい奴はかかってこいやっ!」
龍二が咆哮し、『龍爪』で敵を薙ぎ倒しす。
「破っ」
泰平が陰陽術でもって敵を吹き飛ばす。
「退きなさいっ」
達子が斬る。
「貴方がた如き、私の敵ではありませんよ」
安徳が嘲笑いながら敵を大地の土に変えていく。
『よっしゃーっ!俺らも働くでー』
為憲・政義が式神武士団を率いて四人の援護をする。
「よーし。ボクらも負けてられないぞー」
彼らの働きに触発されて、公孫サンは部下を鼓舞して眼下の敵にブチ当たっていった。
そんな彼女に、古くから公孫氏に仕えている一族の若者が忠告する。
「・・・・・・えー、 殿。一応、念の為口をすっぱくして言っておきますけど、貴方が死んだら意味無いですからね? そこんとこ、勿論、当然分かってますよね?」
「え~? もっちろん、そんなの分かってるよぉ、
公孫サンはかなり呑気に腹心の魯鮑を誘う。魯鮑はやれやれとため息をつく。
(そこが心配だから今まで口すーっぱくして注意したんだけどなぁ。てか、ぜーったい分かってないよなぁ、あの様子じゃ・・・・・・はぁー・・・・・・・・・ )
魯鮑は再度大きくため息をつき、馬の耳に念仏状態であろう意気揚々な女主君に付き従う他なかった。
孫堅は破竹の勢いで汜水関前を制圧し、袁術に兵糧を届けるよう手配した。
しかし暫くしても日数が経っても袁術から兵糧が届くことはなかった。
「公覆、伯符。分かっておるな?」
待陣四日。孫堅が密かに呼んだ老忠臣黄蓋と息子孫策に強い眼差しで見る。
「承知しておりますよ。殿」
老臣がゆっくりと頷いたが、孫策は黙ったまま煮えきらない表情を浮かべる。
孫堅は、あの男は必ず裏切るとみている。兵糧を送ってこないところから、それは揺るがないものとなった。そうなれば自軍は全滅必死である。そもそも空腹状態の軍がまともに戦えるはずがないのだから。劉備や曹操らからわずかばかりの兵糧を分けてもらってこれまで何とか耐えてきたがそろそろ限界である。
しかも眼前にはあの汜水関が自分達を拒むように聳え立っている。
「その前に何とか汜水関を落とさねばならん。如何にすれば ───」
孫堅が思案しようとしたその時、突如後方から兵士達の絶叫が聞こえてきた。何事か、と周囲の者に叫ぶ。
「袁術軍、我が軍に攻撃を仕掛けてきましたっ!」
そこに傷を負った雑兵が彼らのところへ来て事の次第を絶叫し果てた。
「くそっ!」
怖れていたことが現実となってしまった。袁術軍の奇襲攻撃に孫堅軍は混乱状態に陥り、加えて兵糧を袁術によって抑えられている為、空腹状態の兵士では太刀打ちできるわけもない。今ここで華雄に出てきてもららわれてはひとたまりもない。
だがしかし、案の定敵の混乱状態を知るや華雄は自身、槍を持ち
「今だ。全軍突撃せよっ! 孫堅軍を踏み潰せっ!」
と全軍に号令し、自身は先頭にたち孫堅軍を攻撃し始めた。これには、流石の孫堅も手の施しようがなかった。
「伯符っ。本初殿のもとへこの事を告げてこい! 公覆は俺と来い!」
孫堅は死を覚悟し、黄蓋ら古参の将軍を率いて逃げ惑う自軍兵士を一人でも多く救う為に華雄軍に特攻を仕掛け、一方で長男孫策に援軍を求めるよう戦線を離脱させた。その孫策は、竹馬の友である周瑜を連れ袁紹のもとへ急いだ。途中、孫策は周瑜に劉備のもとに行くよう告げた。
龍二らは、自分達の前方から黒煙が上っているのに気がついた。そこには孫堅が制圧したという汜水関があるはずだ。
「おい、あれって」
龍二がその方を差した。達子らは彼がてっきり黒煙を差していると思ったが、違った。
龍二が差していたのは、黒煙が上っている方からやって来る騎馬武者であった。
ボロボロになってしまった赤い服の女武者は、彼らを見つけるや
「君達は劉玄徳殿の隊の者か!?」
と騎乗から問うてきた。そうだ、と答えると
「我が軍が袁術と猛将華雄の挟撃により全滅の窮地にある! 是非助けていただきたい!」
女武者は一息に捲し立てた。
それを聞いた龍二達は先に公孫サンに聞いていたことを思い出し、承知した意を告げると、周囲の敵を退け敵の馬を引ったくって孫堅のもとへ急行した。
向かう際、安徳は女武者に名前を尋ねた。
「周瑜、字は公瑾」
女武者はそう答えた。
「孟徳。あれを見て!」
夏侯惇に言われ、その方向に眼を向けると、黒煙が上っている。事態を把握した曹操はちぃ、と舌打ちした。
「元譲、文遠! 急ぎ文台を助けてこいっ!!」
「分かったわ」
「行こう、元譲殿」
夏侯惇と張遼は手際よく兵を率いて現地へ急いだ。
同様の知らせが周瑜によって劉備・袁紹に知らせられ、即座に劉備は龍二達とは別に関羽・張飛を、袁紹は彼の双璧である顔良・文醜を手筈通り向かわせた。加えて袁紹は田豊・紀霊を袁術の背後に向かわせ、劉備は万一に備えて趙雲にいつでも行ける準備をするよう伝令を出した。
「孫堅さん。助太刀に来たぜっ!」
孫堅は窮地を救われた。少年達が自分を守るように眼の前に現れたのに続いて、劉備や曹操からの援軍が雪崩れ込むように華雄軍の横腹を突いてくれたお陰で全滅することがなかった。
「華雄! 私が相手だ!」
「劉備の双壁の一人関雲長か。おもしろいっ」
武勇に名高い強敵に出会った華雄は勇んで彼女と一騎討ちを始めた。一合一合偃月刀と槍を交える度に火花が散るほど、彼女達の戦いは激しさを増していった。
張飛・夏侯惇らはそれぞれ分散して敵の排除にかかった。
「二人共。そっちは頼んだよ」
「合点承知之助だぜ!」
龍二達も二手に分かれ、龍二・達子が華雄軍、安徳・泰平が袁術軍に担当することにした。
「炎破槍」
「朱炎刃」
『四聖』に教わったやり方で技を繰り出して敵を退けながら、孫堅の危機を回避した。
「お前らの相手はこの趙白龍がしてやる! どっからでもかかってきやがれ!」
と龍二は大声で敵を挑発した。
『猪武者だけには、なるなよ』
『タッちゃん。彼の制御お願いね』
「分かってるわ。いつものことだもん、任せて」
彼らの左右を、それぞれの武器から顕現した青龍と朱雀がしっかりと固めていた。
朱雀は出てきた当初は紅髪で、青龍同様かなり目立ったが達子や龍二にたしなめられ、仕方なくやや茶かかった黒髪に色を変えた。それでも、炎を使うという現実離れの力で、十分目立ってしまっているのだが。
青き鎧の炎を操るの少年と、同じく
「君達は確か玄徳のところの・・・・・・いや、助かったよ」
孫堅は彼らに礼を述べる。
「よいよい。わしらはお主を助けるよう
「月英さん。孫堅さんのこと、お願いします」
「任せて」
「劉封。孫堅さんトコの将兵の救出に行くぞ」
孫堅のことを月英と龍二の副将・
駆けつけるや、二人は持ち前の槍術・剣術を惜し気もなく披露し見事黄蓋らを救出することができた。そのついでに孫堅軍の兵士達を助けることにして彼らを送り届けると再び戦場中に消えていった。
その頃、夏侯惇や張遼と合流した安徳と泰平も龍二達と同じくらい活躍したことで、裏切った袁術軍を退けることに成功した。彼らは袁術軍の主力や将軍達を大半討ち倒し、討ち取った首級は数知れなかった。安徳・泰平は専ら逃げ惑う孫堅軍将兵の救出を〝仕事〟としていたので、今回はそれほど討ち取らなかった。将兵達は為憲・政義率いる武士団に守られ無事に戦線を離脱した。
戦場から退却を始めた袁術軍残党の追撃を夏侯惇らに任せて、二人は一旦報告の為劉備軍陣営に戻ることにした。
袁術軍敗走の知らせが響き渡ると、孫堅軍や救出軍は士気が上がり、逆に華雄軍は途端に窮地にたたされることになった。今の〝反乱軍〟を抑える力はこの軍にはない。早々に退却しこの事を主君に伝える必要があった。その為、華雄の中に焦りが生まれ、一撃一撃が雑になり始めた。
その、一瞬のスキを、武人関羽は見逃さなかった。
「しまっ───」
得物である青龍偃月刀の一撃で華雄の槍を弾くと続く二撃で彼の首を胴から斬り離した。
「敵将華雄。関雲長が討ち取った!」
討ち取った華雄の首を偃月刀の切っ先に突き刺し、高々と見せつける。猛将華雄の戦死は汜水関を守る董卓軍の戦意を完全に喪失させた。
これを見ていたもう一人の関将である李傕は、汜水関防衛の意義はもうないと残軍をまとめ、洛陽へ撤退した。
孫堅軍の被害が激しいので、連合軍は追撃することをしなかった。が、彼の軍に甚大な損失を与えた裏切り者袁術へは顔良・張遼・孔融・張飛らを差し向けた
連合軍は孫堅軍の傷が癒える間、周囲の警戒をしつつ休息をし、また兵を募集したりして、彼らが完治した後、いよいよ敵本拠地・洛陽へ進軍することを決定した。
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