第6話 交代


「とにかく・・・読んでみようか」

「でも、これ機密でしょう? 」

「総司令部の友人が言っていたんだけれど、今度地球時代の機密文書を大々的に公表するらしいんだ。もしかしたらこれもその一環かもしれない」

「それだったらいいかな」


 皆の意見だったので、僕は続きを読まざるを得なかった。


「落書き島の事を一切聞かなかった・・・・君も僕には話したがらなかった。君にとってのあの島は・・・・」


「おいおい、大丈夫か、顔が青いぞ」

「そうですか・・・・」

「先輩、結構感受性が強いから」

「結構とは何だよ」

と返しては見たけれど、体が重くなる感じが全く取れなかった。人が叫びながら海に沈んでいく様まで想像してしまって、子供も大人も犬も猫も、映画でも見ているようにその惨劇が見えてしまった。




「読むのを代わりましょうか? 」



とあの無口な若い男の子が僕に言った。彼は冷静で、心を乱した僕に優しく言ってくれたのだ。


「どうもありがとう、俺はもう無理みたい、頼むよ」


「ハイ、わかりました」


彼は何事もなかったかのように、手紙に向かった。でもそれは興味半分であるとか、怖いもの見たさであるとかという雰囲気ではなく、どこかすっとした、この事実に真正面から向き合うような強さが感じられた。


「そう言えば言っていたよな、君の地球時代の祖先にノーベル賞受賞者がいるって、まさか・・・」


「うん、彼の子孫であると聞かされて育ったよ。DNAを調べたってもう血のつながりを見つけ出す方が難しいだろうけれど」


「じゃあこの事を知っていたのか? 」


「いや、それは全く知らなかった。伝わってもいなかった」


若い二人が話しているのを僕たちは聞いていた。彼が子孫であると知ってこの箱がここに来たのか、それともただの偶然なのかわかりはしない。だがどちらにせよ運命に近いものではあった。


彼は息を整え、読み始めた。




「でも、親しいからこそ、他の人のように君にあの「落書き島」の事を一切聞かなかった。君も僕には話したがらなかった。それは君があの島でかなり「嫌な事」を見聞きしたためだと思った。

よく言っていたよね「この世界は楽園だ」って。その思いが君の研究につながり、その成果を生んだ。

君が受賞のスピーチで「小さなおもちゃを交換した友が、妻よりも長い間私を支えてくれた」と言ってくれた時、僕はすぐにあの時のことが浮かんだ。島の飛行場で初めて出会った日。お互いの小さな手も、少し暖かかったおもちゃも、触れた指先も、まるで昨日の事の様に思えた。

 

ムー計画はもしかしたら歴史の闇に消されてしまうかもしれない。

でもそれがたとえ長い歴史のほんのわずかな時間でも存在したことは事実で、君やこの島出身者が協力して、巨大ハリケーンの前に全員脱出できたことは、最大級の功績以外何物でもない。しかしこのことですら多くの人からやがて忘れられ、消されていく事実かもしれない。

 だから僕が君に何かをしてあげられるとすれば、あの時の、あの幼い記憶を、できるだけ事実そのままに残すことではないかと思う。

それが何よりもあの島が存在した証拠となりえるのではと考えるんだ。君が作った一万年以上は残るであろうという紙とペンで書くつもりにしている。今は草稿を執筆中だ、落ち着いたら君の元に送るつもりにしている。


 僕はその時のことはとてもよく覚えている、誰が何を言って、両親が、母親がどんな表情であったかということを。あのとき僕の感じたことが「大人びている」と思うかもしれない。でもそれも本当に真実で、そこは君と似たもの同士だったと思ってほしい。


 あの時の事を書きながら、本当に今は君との楽しい思い出に浸っているよ、ありがとう。



 手紙は終わった。


「ふうー」と僕は大きなため息をついた。

「良かったですね先輩、取り越し苦労で」

「ハハハハハ」


「じゃあ、書いたものはどこにあるんだ? 」


誰かの声がした。


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