第3話 研究者としての予測
僕たちは、簡易のマスクと手袋をしたまま話し合った。
「そうか! これは研究資料じゃない、日常生活の物だから、元々たくさん雑菌が付いていたはずだ。それがきれいな保存状態を保っているということは、元々細心の注意を払って書くようなことをしなきゃならない。指に付着したもの、せき込んだ時に付いたものなんかがたくさんあるはずなのに、それを極限まで少なくしている。個人的なものなのに、無菌室のような所で書くというのもおかしな話だ」
「本当に後世に残すために書いた日記なんだろうな。例えばその時の生活状況とかが如実に表れて、後世の人間がわかるようにかな」
「だとすれば、複数の人間に依頼したはずだ。だがそう言う話はなかったぞ。文学賞もあっただろうから、残すとすれば彼らにまず第一に頼むはずだろうに」
「最重要機密保管庫が他の星に移動したって噂がありますよね、何だかばたばたした引っ越しだったって・・・」
「うーん・・・」
すると年配者の一人が、もう一度日記を手に取り、調べ始め
「変な形、表表紙と裏表紙に厚みがありすぎるような気がする」
「お! さすがに推理小説好きは違うね。でも昔の本はそういう作りになっていたものも多いだろう? 最近また紙の本を作り出して売れているそうじゃないか」
「うーん」
と彼は探偵のように何度も本を見ながら急に
「あれ? 」
と声をあげた。
「どうしたんだい? 」
「音が鳴った、紙の音が、とても小さくだけど」
彼はページをめくっていたわけではなかったので、みんなが注目した。その中で彼はその本を「振り」始めた。はじめは小さな音しかしなかったがだんだんと音が大きくなり
「カサカサッツ」と動きと同時に音が鳴り始めた。
「やっぱりおかしいと思ったんだ! この中に何か入っているぞ! 」
「そうか、重なった状態だったし、同じ紙だからわからなかったのか」
「詳しくこの本だけ調べてみよう! 」
にわかに部屋は活気づき、予想通りその本の表紙の隙間には紙が挟まっていた。
「どうする? 」
「どうするも何も調べてくれって言われているんだから良いだろう? なるべく紙を破らないようにすれば」
しかしそのことを我々は後悔しなければならなかった。切れば一瞬だったが、一万年前の糊を剥がすのには、やはり数時間を待つことになった。
昼食を済ませた後、良い具合に溶けた糊はぺりぺりと小気味良くはがれ、検査した通り、二つに折りたたまれた紙が出てきた。ここで一番の古株の男性がそれをゆっくりと取りだし、その流れのまま開いた。おしくらまんじゅうをするように彼の周りに集まり、その手紙をみんなで覗き込むと、都合の良いことに共通言語で書かれており、ここにいるものはすべて即理解することもできた。
そしてそれはまさに手紙だった。書き出しはこう
親愛なる君へ
ノーベル賞受賞本当におめでとう。
「親友からの手紙をなんで隠す必要があったんだろう? 」
口々にみんなそんなことを言った。不思議なことに、この賛辞の文章と次の文までには広く間が空いていた。
そしてその次の一文で、みんな誰もが自分の目を疑った。
君は今度のノーベル賞受賞を「口止め料だ」と言ったけれど、そんなことは決してない。
余白は、我々の考える時間を作った。
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