第60話 十円の呪縛霊

 タイトルは間違いではない。呪縛霊という言葉は今でっち上げたものである。


 秋頃のことだ。私はクルマでの帰宅途中、喉が渇いたのでクルマを降り、カーコーティングを行っている店の横にあった自動販売機で炭酸飲料を買おうとした。


 財布からコインを取り狭い穴に挿入する。


 いきなり横道に逸れるがあの形状は頂けない。非常に使い難い。機械のメーカーも理解したのだろう。最近は傾斜したトレー上に落とすだけで小銭を収受する物も現れた。


 で、前述の通り、その感心出来ない仕組みに立ち向かおうとしている時、手から十円玉が零れた。


 ちゃりんちゃりん。


 有ろう事か自販機の台座として使われているコンクリートブロックの穴と隙間に消えた。


 当然、拾おうとする。


「あ」


 困ったことになった。其処は十円玉、未踏の地ではなかった。確実に私のものではない硬貨が挟まっている。取り敢えず指を伸ばす。皮膚を擦り何とか引き上げた数枚はどろどろだ。先人達が諦めるのも分かる。


「あ」


 更に私は自分が何枚を落としたのか把握していない。


「これくらいだろう」


 無理矢理、自身を納得させてペットボトル一本を入手し、その場を後にした。


 約一時間後、リビングで寛ごうとした。だが、どうも気になる。もしかしたら「人の分」迄、拾得したんじゃないか。虚ろな記憶からペットボトルに費やした金額を思い出す。残金を確認する。


「うーん、多いような気もするし、合ってるような気もするし、少ないような気もする」


 迷路に入り込んだ。もう逃れられない。万が一、他人様の十円玉を持ち帰っていれば拾得物横領である。それに見ただけで放置したお金も彼処には残っている。


 私は悩むのを良しとしなかった。ガレージからクルマを引き出し先ほどのコーティング屋を目指す。着いた。


「あのぉー、客じゃないんですけど」

「は」


 まぁ当然の反応だろう。


「あの自動販売機、こちらのですか?」

「そうですが、何か」


 クレームと判断したのか店員さんの顔が曇る。


「さっきXXXを買おうとして彼処にお金を落としたので拾ったんですが、どうも持っていた分より多いみたいなんで、お渡ししておきます」

「あぁ、それはどうも、わざわざ」


 私は懐にあった全ての十円玉を差し出した。


「それから、未だ何枚も落ちています」

「ありがとうございますー」


 やった、笑顔を勝ち取った。冷笑かも知れないが。そして手間と時間とガソリン代とクルマの消耗とを引き替えに、その後の自由をゲットー。


 たかが十円と侮るなかれ。たった一枚の銅貨でも人類の心を束縛可能なのだ。


 こうして人類史上、最も、か細い神経の持ち主は胸を撫で下ろし眠りに就いた。





P.S. 「灼眼の小刀」については


「灼眼」が有名作家さんオリジナルの造語であり権利的に問題があるかも知れない。


という貴重なご指摘を頂いたため、現在、運営に問い合わせ中です。問い合わせ結果によってはタイトル及びキャラクター俗称の変更、または作品全部の削除を行います。従って、暫くの間、次話の公開は中止いたします。

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