第42話 ソフィスティケイテッド保険屋

 皆さん、保険の営業マンというと、どんな姿をイメージされるだろうか。恐らくスーツに革靴、ビジネスバッグ辺りだろう。


 私には父の代からお付き合いがある保険屋さんがいる。先代の最初の契約から数えると四十年になるかも知れない。彼はちょっと他の外交員とは異なる。兎に角お洒落だ。垢抜けている。歳は六十代前半だろうか。勿論そうは見えない。


 彼はいつも颯爽と現れる。ある時は英国の小型高級車。またある時は白い軽のオープンカー。毎回、車が違う。そして服装もチェックのパンツにアイボリーのジャケットかと思うと、次にはMA-1だったりする。


 服と車はコーディネートされている。だが、意識してやっているように見えない。全く嫌みがないのだ。恐らく考えて合わせてはいない。彼にとって服選びは身に染みついた生活の一部と見える。


 口調も優しく穏やかだ。育ちが良いのだろう。内側から滲み出てくるセンスの良さには脱帽するばかりである。


 そして、ここが肝心なのだが。腕が立つ。


 損害保険を例に取ろう。相手が百パーセント悪く、こちらに過失がない自動車事故の場合、双方の保険会社はすることが無いので動かない。唯一の責任者であるドライバーが逃げれば終わりだ。そのような場合でも、彼は動く。手法は分からないが相手の保険会社から担当を引っ張り出し、被害者と共に交渉のテーブルに着かせてくれる。


 私は幾度となく、そのようなシーンを見ている。有能、極まりない。


 その上、彼は保険を勧めない。


 数年前、極近所の家が全焼した。直ぐに再建されたのは火災保険のおかげだろう、と、話が出た。そこで我が家の火災保険を見直すと、家の規模に対して保障が少ない様な気がした。電話をかける。


「あの、火災保険を増額したいんですが」

「支払いが増えますよ、それに考え方にもよります」

「どういうことですか」

「もし何かあった時に建て直すなら平屋でも良い、と思えば今の額で充分です」

「なるほど」


 契約したいと言った客を説得して思い留まらせてしまった。お客様第一を徹底している。その姿勢が新しい顧客、新しい契約を呼ぶのだろう。


 仕事が出来る上にお洒落で人当たりがいい。まるで、わたせせいぞうのイラストが具現化し、歩いているようだ。


 実は明日、保険の契約内容に関して電話をかけねばならない。


「あけましておめでとうございます」


 と、言ったら、なんと返ってくるだろうか。少し楽しみだ。

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