第36話 薬局の聖徳太子
調剤してもらうため薬局へ行った。
私の前にいた客が呼ばれ、薬の説明が始まる。その時、後方でドアが開いた。何人か入ってきた内の二人はそのまま窓口へ向かう。予め処方箋を渡していて、籠に入れられたものを受け取るだけのようだ。当然、一通り対応が行われる。
この店のカウンターが想定している接客相手は一人に見える。レジは一つしかないしスペースもそうだ。そこへ三人、横に並んだ。対する側には薬剤師が三人。合計六人の台詞が飛び交う。内容をしっかり伝えなくてはならないのだろう。他に負けじと全員の声が大きくなる。
そういえば聖徳太子は大人数が一斉に発した言葉を全部、聞き取り理解したというな。よし、試してみよう。
「うがががが」
「ごごごごご」
駄目だ。分からない。所々、単語は把握できる。しかし話の内容は全く入ってこない。聞こえているのに聞こえないのである。
ふと周りを見た。待っている人々は全然、気にしていないようだ。再び前方に耳をやる。
観念した。
「他人の不調を関知出来ず、幸せ」
聖徳太子になれない私は独り納得し、聴線を足下に落とす。
「七紙野さんっ、七紙野さん! 大丈夫ですか?!」
驚き目を上げると、聴覚を忘却した私を揺する白衣があった。
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