第11話 ホームベーカー

タイトルは誤りではない。

Home Baker、アマチュアパン焼き人である。


数年前、何の気紛れかホームベーカリーを入手した。

早速、付属のパンミックスに水を加え焼いてみる。

美味い。

止まらない。

えびせんではないが完食した。


あの店の食パンは絶品、焼き立ての為なら並んででも。

等と会話を楽しむ人々よ。

一度、ホームベーカリーを使ってみよ。

もう、その様な話は出ない。


で、予め調合された粉を購入するのは不経済だし面白くない。

レシピの研究が始まる。

情報を掻き集め、食材を買い漁り、ああでもない、こうでもない。


材料にも相性がある。

その組み合わせ、分量によって発酵具合、焼き上がりが随分、違う。

標準コースでは膨らまず詰まったボール状になってしまうもの。

逆に爆発し蓋を持ち上げてしまうもの。

天候、室温や湿度、水温にも左右され。

焼いては失敗を繰り返し、膨大なメモから調理書を創り上げた。

完成したレシピの数だけ、ここにストーリーを書けそうだから怖い。

調理書では各パンについての調合法のみならず。

発酵時間や焼成時間も詳細に指示されている。

それに基づき機械を手動でコントロールする。


こうして情熱を費やし自称職人になった頃、悟った。

無駄である。


スーパーに行けば菓子パンも食パンも数十円から売られている。

勿論、安価なパンに本物のバターは用いられない。

若しくは僅かしか使用されていない。

バターに限らず、その程度の成分であることは容易に想像出来る。

しかし製パン材は、そこに並ぶ天辺価格パンの何倍もの高額だ。

最高峰とされるカルピスバターに国産新小麦等、以ての外。

いや、それらが醸し出す極上の風味は今も脳裏に浮かぶ。

一斤五百円、もしかしたら千円のパンにも勝るだろう。

けれども割に合わない。

拘れば拘るほど割に合わない。

これなら天辺価格のパンで妥協した方が好判断だ。

不経済に始まり不経済に終わるとは。


そして手間と時間だ。

機械が捏ねてはくれるが発酵と焼きの時間は制御せねばならない。

粉と水を入れたらスイッチを押す。

出かけて帰ってくれば取り出して楽しむ。

或いは眠りにつけば朝は麦の香り共に。

それなら良い。

だが多種多様なパンを味わうには機械任せでは駄目なのだ。

生地作りから焼き上がりまで目が離せない。


その上、実はホームベーカリー自体、消耗品だ。

窯や羽根は交換用に売られているが本体も壊れる。

某タイマーではないが保証期間が稼働期間の目安だ。

三台目を調達したところで、そういうものだと思った。


もう無理だ。

いい加減、太ってきたしな。

炭水化物の試食は体重へと変化する。


それ以来、時間があり気が向いた時だけ焼くようになった。


出番が減ったパン焼き器だが、その仕事は変わらない。

我が家に広がる何とも言えない小麦とバターの芳しさ。

やはり本物は本物。


興味を持たれたならば経験されるのも悪くないだろう、程々に。

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