草葉とケンカしちゃった!

 気を取り直して、お侍様からのもっと堂々と野菜を売れと言われて人が怖いのだが空元気で前を向き精一杯声を出す。


「いらっしゃいませ~」

「いらっしゃいませ~」


 その時であった。


 「きゅうり一かご、カブ二かごくださいな」


 お客さんであった。お姉さん二人組であった。

 朱ノ助は、前を向く。その時であった。

 お姉さんたちの胸が目に飛びこんで来る。着物の上からのふくらみ。着物の艶っぽい柄と胸の膨らみに目のやりどころが困る。


 それでも前を向くが、顔がひきつり、そして鼻が伸びて来る。ああ、本当に鼻の下って伸びるんだ。ってこの時に初めて鼻の下が伸びるってことを経験した。


 それからはもうだめだった。


 いろいろと考えてしまって、お姉さんたちの姿すら見てはいけないような気になる。

「君たち二人で野菜売ってるの?」

「はい」


 草葉は黙っているので、朱ノ助が答える。相変わらずお姉さんたちの姿を見えないようにしながら横を向いてしゃべる。お姉さんたちは胸元から巾着を取り出し、お金を用意する。

「じゃあ、お兄さん、きゅうり一かご、かぶ二かごね」

 草葉が足を踏んで来るが気にならない。

 あわててきゅうりとカブを袋の中に入れてお姉さんたちに手渡しをする。


「ありがとね」


 そういってお姉さんは両手で袋を受け取ってくれる。お姉さんの手が自分の手に触れる。

 かあっと胸のあたりが熱くなる。それからしばらくお姉さんと会話をしたが、頭が真っ白になってしまって何も言葉が出ない。


 お姉さんたちは、

「また来るね」


 と言って手を振って帰って行った。朱ノ助はずっと後姿を眺めていた。去っていく姿も色っぽい。耳のあたりに激痛が走った。

 草葉が朱ノ助の耳を思い切り引っ張っていた。

「この変態。変態。変態。そんなにいいならさっきのお姉さんたちと遊んで来たら。うちの敷居は二度とまたがせないけど」

 朱ノ助は真面目な顔にまた平常心に戻そうとしたが、顔の表情を直そうとすればするほど鼻の下が伸びる。

 草葉に思い切り足を踏まれる。


「いてえ」


 草葉はきっとこっちをにらむと、

「勝手にしろ!」

 店の売り場を放り出して走って行ってしまった。


「ここの場所どこかわかってんのか」


 ずんずんと草葉は走っていく。あわてて追いかける。

 草葉は人通りが多いのにも関わらずずんずんと走って行ってしまう。


「待てってば」


 その時、どんと何かにぶつかる。

「どこに目をつけてんだい。気をつけな」

 中年のおばさんがこっちをにらんでいる。朱ノ助はすみませんと謝り、また駆けだす。

 

 いない。見失った。

 さあっと体が冷える。

 どうしよう。

 ともかく見つけなきゃ。

 でも、でも、でも。

 

 頭が真っ白になる。草葉が悪いやつにたぶらかされたらどうしよとか、パニックになって橋から落ちたりしないかなとかさっき置いて来た野菜どうしよとか動けなくなってしまう。

 それでも何とか体を動かし、さっきの呉服屋に行く。


 番頭さんがにっこり顔で出迎えてくれる。

 朱ノ助は頭がパニックになってしまい、言葉が出てこない。やっとのことで、

「草葉が、草葉が!」

 しばらくして若旦那もやってきて野菜売り場の様子を見に行く。


「一体どうしたんだ」

 朱ノ助は口をぱくぱくしている。すぐさま水が与えられる。一息に飲む。

「草葉と喧嘩しちゃって、草葉がどっかに走っていなくなっちゃった!」

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